せかいめいさくどうわ「ラプラスのあくま」

 むかしむかし、小さな国の小さなおしろに王さまがすんでいました。

 王さまはとても心のやさしい人で、いつも国の人びとのことを思いやっていました。しかし、国は小さくてまずしく、となりの国のつよいへいたいたちにいつもおびやかされていました。


 ある夜、王さまのしんしつにあくまがあらわれました。

「よう、おれはラプラスのあくまだ」

「うわあ、あくまがあらわれたぞ。たすけてくれ」

 王さまはおどろいて、ベッドからとびおきて、おしろのなかをにげまわりました。

「ふふふ。おまえがどこににげるか、おれにはわかっているぞ」

 どういうわけか、王さまがひろいおしろのどこににげても、あくまは先まわりしています。とうとうへとへとになってすわりこんだ王さまに、あくまは話しかけました。

「王さま、おれにはみらいを知る力がある。この力をおまえにかしてやろう」

「なんだって」

「これからの七年は、国じゅうのはたけでたくさんの作物がとれる。だがつぎの七年は、ひどいききんがくる」

 その年の秋がくると、あくまの言ったようにとてもたくさんの小むぎがとれて、牛やぶたもよくそだちました。食べものがたくさんあるので、国じゅうの人がおなかいっぱいになるまでごはんをたべようとしました。しかし王さまは「食べものをたくわえなさい」というおふれを出して、おしろに食べものをあつめました。

 それから七年のち、ひどいききんがおとずれて、あちこちの国でたべるものがなくなりましたが、王さまのいる国だけは、それまでの七年のたくわえがあったので生きのこることができました。みんなは「王さまはすごい人だ」とほめたたえました。

 ききんがはじまって三年目の冬、食べ物をもとめてとなりの国がせめてきました。あわてる王さまに、あくまはいいました。

「まず北の川から百人のへいたいがくる。だが、これはおとりだ。すぐあとに南の山から千人のへいたいがくる。千人のへいたいは、この谷をとおる」

 王さまはそれを聞いて、谷の上に百人のへいたいをまちぶせさせ、たくさんの岩をおとしてとなりの国のへいたいをとじこめました。とじこめられたてきは、しかたなくこうさんしました。こうして王さまは国をまもりぬき、食べ物のなくなったとなりの国は、王さまにしたがうことをきめました。みんなはますます王さまをたたえました。


 月日がたち、王さまの国はたくさんの食べ物やたから物があふれる、ゆたかな国になりました。王さまは年をとって、かみやひげが白くなりはじめました。あとつぎの王子さまもそだって、美しいわかものになりました。

「ラプラスのあくまよ、明日はどんなことがあるのだろうか。」

 王さまがたずねると、あくまはこたえました。

「しょきかんのひとりが、国のひみつをこっそりととなりの国にもらそうとする」

「なんだって」

 王さまはあわててしょきかんをよびだしたずねました。

「おまえは国のひみつをもらそうとしただろう」

「とんでもないことでございます、王さま」

 しかし、しょきかんの家をしらべると、となりの国の王さまにむけた軍事機密のてがみがでてきました。王さまはいかり、しょきかんを外患誘致のつみで死けいにしました。

 それから王さまはあくまの言うことにしたがって、つぎつぎと人をとらえては、十字かにかけて処刑していきました。王さまの妹むこ、大臣、ナザレ人、ついには世継ぎの王子まで。都の人たちは王さまをおそれるようになりました。


 ある日、あくまは言いました。

「王さま、明日はおまえを殺そうと、一人のわかものがあらわれるぞ」

 それを聞くと王さまは、おしろに近づくわかものをすべてとらえるように命じました。

 つぎの日、王都からとおくはなれた山の中から、ひとりの牧人がやってきました。あれはてた王都をみて牧人はびっくりして、とおりかかったおじいさんに話しかけました。

「おじいさん。いったいこの都はどうしてしまったのですか。わたしが二年まえにきたときは、もっとにぎやかだったのに」

 おじいさんはふるえながらいいました。

「王さまが、ひとを殺しているのです」

 これを聞いた牧人は激怒し、必ずかの邪智暴虐の王を除かねばならぬと決意しました。

 牧人はナイフ一本をもって王宮に乗り込みましたが、すぐにまちかまえていたへいたいたちにつかまりました。

「牧人よ。この短剣で何をするつもりだったか。言え!」

 王さまが牧人を問い詰めると、

「王都を暴君から救うのだ。人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の忠誠をさえ疑って居られる」

 とこたえました。

「ふん、下賤の者めが。おまえのような政治もわからず笛を吹いて羊と遊んで暮らしてきた者に、わたしの心は永遠にわかるまい」

「なんだと。なぜそれをしっている」

「おまえのような者はどうせ、妹の結婚式があるから帰りたいと言い、三日ごまでに戻るからそれまで人質として石工の友人を預けるというつもりだろう。いいだろう、そのようにするがよい」

 こうして牧人はふるさとに帰りました。


 そのばん、王さまはあくまにたずねました。

「ラプラスのあくまよ。わたしはこの何十年も、おまえのいうとおりにやってきた。だがどういうことだ。はじめのうちはうまく行っていたが、今では国はこんなにもあれてしまった。おまえはわたしに力をかすと言ったではないか」

「ふふふ、おれはたしかに力をかすと言った。だが、この国をゆたかにするために力をかすと言ったわけではないぞ。おれはただ、みらいをおしえてやると言っただけだ」

「どういうことだ」

「すべてのことは、このせかいがはじまった時からきまっていたのさ。おれはただそれをおしえに来ただけだ。おれがおまえのもとにあらわれることも、はじめからきまっていたのさ」

「なんということだ。わたしが王子を殺すことも、はじめからきまっていたというのか」

「そうだ。おまえは三日ごにあの牧人をころし、ひとびとは王さまをおそれ、そしてますますこの国はあれていくだろう。おれにはすべてわかっているのだ」

「もうおまえの力などかりない。出ていけ!」

 王さまはさけびました。あくまはふふふとわらって、ゆっくりときえていきました。


 三日目の夕べになりました。もうすぐ日がしずみそうなのに、牧人はまだあらわれません。

「あくまよ。あの牧人はもどってくるのか?」

 と王さまがつぶやくと、そばにいたへいたいが、ふしぎそうに王さまを見ていいました。

「王さま、なにかおっしゃいましたか?」

「いや。なんでもないのだ」

 はたして、日がしずむほんのわずかの前に、牧人はもどってきました。

「まて、その人を殺してはならぬ。■■■がかえってきた。約そくのとおり、今かえってきた。殺されるのはこのわたしだ、■■■だ」※個人情報保護の観点から一部を伏字とさせて頂きます。

 といって十字架にかけよりました。

 へいたいが言いました。

「王さま、いかがいたしましょう。約そくではこの牧人を処刑するはずですが」

 王さまはしばらく考え、それから言いました。

「おまえたちの望みは叶ったぞ。おまえたちは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしも仲間にいれてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえたちの仲間の一人にしてほしい」

 ひとびとがよろこびました。やさしい王さまがかえってきたのだ、と。

「ばんざい。王さまばんざい」

 それを見て王さまは、ぽつりと

「ふん。どうせおまえは、これもはじめからきまっていたと言うのだろうな」

 とつぶやきました。へいたいがまたふしぎそうな顔で王さまを見ました。


(おわり)

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