2-PUNK! ~独立都市の魔導真空管銃使い~

春池 カイト

再起する奔走者~テラーフォックス事件~

第1話 いさましいちびの奔走者

 魔法は廃れたと言われている。

 確かに魔法使いはそれまでほど特別な存在と見なされなくなった。

 そのことに絶望したものもいた。

 よりいっそう自分の技量を高めようと努力したものもいた。

 ともかく、誰もが変わらなくてはいけなくなった。

 

 その原因は何か?

 魔法に代わるものが開発されたからだ。

 それは一種の技術体系であった。

 そして、その技術の粋といえるべきものが、今アレンの右手で鈍く光っている。

 ぼんやりとした、時折明るさが揺らぐそれは、たとえばろうそくの炎のように見えた。

 それが5つ。

 だが、ちらっと視線を走らせてその光を確認したアレンの頭の中を占めていたのは、そうした魔法や技術の移り変わりへの感慨などではなく……


――残数5ってことか……


 心許ないな、とアレンは今置かれている状況を確認し、火力不足を嘆いた。


――ロータスはいい銃なんだが、こればかりはしょうがないな


 最近の流行は、より発射数を増やす方向になっている。

 たとえば、ロータスと同じサークノード社製の最新型、アークメイジなどが典型だ。

 いささか扱いは複雑なのが面倒だが、それでも50連発となれば相手が犯罪組織の一団だったとしても十分な制圧力を発揮する。

 しかし……


――まさにその、アークメイジが相手とはね……


 しかも3人が揃って一丁ずつアークメイジを装備しているのだ。


――こいつは焼きが回ったな。ああ、降参しようかなあ……


 自分を何十回殺してもおつりが来るぐらいの火力を相手にしているのだ。そんな気分になったところで無理はないかもしれない。


――ただ降参しても殺されるだけだしなあ……ケツでも差し出せば見逃してくれねえかな


 これがむくつけき中年男なら気持ち悪いだけだが、年若く、顔かたちはそこそこ整ったアレンなら、もしかすると可能性はあるのかもしれない。

 それならばさぞかし女性にモテるだろうと考えがちだが、アレンは見た目の良さを帳消しにして有り余る欠点もある。

 まず、その目つきが鋭い、というか怖い。

 それに加えて、口を開けば下品で毒舌、減らず口ばかり飛び出てくる。アレンの本性が知れてしまうのに3分もかからない。

 そんなわけで、今まで良い仲になった女性もいなければ、一般人の知り合いでさえ少ない。近寄ってくるのは同じ業界の荒くれどもと一部の例外だけだ。それでも、元がどこかアウトローな気質を持つ旧市街ではそれなりにやっていけていた。

 業界、というのは賞金稼ぎの事だ。この町では一般に奔走者と呼ばれている。


「おうおう、威勢のいいこと言ってたわりにはおとなしいじゃねえか。ガキはママのスカートの中に隠れているのがお似合いだぜ」


 粗野な男の挑発。


「へっへっへ、ちげえねえや」

「情けねえやつだ」


 同じ方向から他の2人の声も聞こえる。


――言いたい放題言いやがって、てめえらこそアソコに玉埋め込んで粋がってるガキみてえなもんじゃねえか……


 だが、ここで挑発に乗って自分の居場所を晒すほどアレンは向こう見ずではない。

 これでも2年は旧市街で奔走者を張ってきたのだ。できる限りは冷静さを保つことはアレンも心がけていた。


「フゥー」


 いつの間にか乱れていた呼吸を、大きく息を吐き出すことで落ち着けると、アレンは気持ちを切り替えて状況の把握に努めた。

 確認するのは地の利、敵の戦力、そして自分の装備。

 今は夕暮れ、こんな戦闘を行うには町の中ということを考え合わせてもそぐわないが、旧市街は一部を除けば荒れ果てている。

 町の中心が東の新市街に移動して50年、残されたこの旧市街はもはや町としての体裁をなしていない。

 土や石で作られた建物は比較的原型があるが、木で作られた建物はひどいものだ。

 それでも新市街に移る金の無い奴らはいるもので、残された残骸を適当に利用して住処らしきものを作って住み着いている。だが、旧市街の大半は人の住まぬ廃墟と化している。

 今アレンが潜んでいるのも、そうした残骸の一つ。少しは原型をとどめている木造の建物の陰だ。

 あたりには乾燥した木片が散らばり、足下にも注意を払っていないと余計な物音を立ててしまう。

 時間的に海風が吹く頃合いなのだろう。それが砂埃を立て、朽ちた建物を揺らしていて、物音一つ無い静寂というほどではないが、それでも相手に余計な情報を与える可能性を考えると注意するに越したことはない。

 敵の戦力は3人。

 それがすべてアークメイジを装備しているというのは悪夢以外の何物でも無いが、事前にアレンが得た情報では、男たちはそれほど射撃が得手という訳ではないようだ。

 男たちの正体はこの旧市街にいくつかある犯罪組織、その中でも武闘派で知られている組織のチンピラだ……いや、だった。自分たちの所属する組織の武器庫から首尾良く武器を盗み出して姿をくらませたのだ。

 しばらくはおとなしくしていたのだが、そのうち馬車や商店の襲撃が相次ぎ、その中で犠牲者も出るようになった。やたらに強力な武器を持っているという情報から、犯罪組織が犯人の正体に気づき、賞金をかけたのだった。

 犯罪組織が? いや、犯罪組織だからこそ体面は気にするものだ。


――単なるトリガーハッピーどもらしいから、つけいるというならそのあたりか……


 事前に得た情報を反芻しながら、アレンはそういえば……と敵の関与した事件の一つに思い至った。


――強姦された犠牲者がいたな。やれやれ、どうも普通の女好きか、降参は無駄だな……まあ、俺がケツを掘られる心配はいらないようだがな……


 もっとも、降参が無駄なことは最初からはっきりしている。追い回して先に手出しをしたのはアレンの方だ。


――一人、せめて二人ならな……


 街から遠征して魔物や怪物を狩る、いわゆる冒険者と呼ばれる奔走者の亜種がいるが、彼らも通常はどんなに少なくても三人は群れて行動するのだそうだ。一人や二人ではどんなに手練れであっても隙を見せずに行動することは難しい。

 そんなことを考えながら、アレンはじっとしていたわけではない。

 敵もこちらを探している。そしてアレンも音を立てないように気をつけながら見つからないように移動している。

 何度か相手の一人の位置をつかむことはできたが、こっちが仕留める間に残りの二人に蜂の巣にされそうだったので手出しはしなかった。


「なんでえ、本当に逃げやがったのか?」

「口ほどにもねえな」


 そんなあざけりの言葉が聞こえてくるが、アレンはその内容に腹を立てている暇など無く、声の位置から相手の予測位置を修正し、さらに位置を変える。


――このままではジリ貧か……撤退も考えねえとな……もうすぐ日が暮れるし……いや!?


 アレンは長く伸びる建物の影を視界に治めながら、今思いついたことを一瞬で作戦に組み立てる。


――影、敵の技量、一度気をそらせるには……そうだ、アトラクタで……


 アレンは、まるで心臓がどきどき音を立てているような気分になった。いつの間にか潜めていた呼吸も再び荒くなっている。気づいて慌てて呼吸を静める。


――とすると、位置は……いけるか?


 アレンは今思いついた作戦を実行に移すことに決めた。

 

「そこか!?」


 チンピラの一人が大声を上げながら銃口を向ける。何かが動く気配がしたのだ。

 だが、そこには拳大の石が転がっているだけだった。


「左だ、投げたやつは左にいるぞ!」


 石の転がってきた方向から、傍らのもう一人が叫びながら自身もそちらの方向に向き、そして……

 ブウン

 それは光の玉に見えた。

 もちろん男たちにもそれは見慣れたものだった。

 彼らの持つアークメイジも、引き金を引けばそれをばらまくことができるのだ。

 純粋な精気素スファラの塊。

 当たればただでは済まない。

 それが、たった今警告を発した男の背中に直撃した。


「ぐふぉぉっ」


 男の背中に吸い込まれたそれは、外からは見えないが全身に浸透し、内臓の機能を麻痺させ、意識を刈り取る。

 全ての生物の体内に存在するはずの精気素だが、それはあくまで少量ずつ食事などから取り込んで、体になじませた状態であるから有用なのだ。

 外部から、全く体になじんでいない強力な精気素の塊をぶつけられれば、このように生物の体にはただの毒物でしかない。強度によっては即死することもあり得るのだ。

 古くは魔法使いたちによって呪文とともに用いられ、彼らの敵を屠ったスファラ・ストライクの魔法と同じものが今炸裂し、男は崩れ落ちる。


「後ろだと!?」

「畜生」


 残る二人が引き金に指をかけ、振り向きざまにアークメイジの一斉射を放つ。

 ブワンブワン……

 火薬式の銃に慣れている者がいたら、その間抜けな響きにどういう感想を言えばいいかわからないかもしれない。だが、その一発一発は確かに危険な威力を発揮する。

 二人併せて50発以上のスファラ球があたりのがれきや建物をうがっていく。

 生物に対しては毒物のような作用を発揮するスファラ球は、無生物に対しては単純な破壊をまき散らす。

 ろくに舗装もされていない旧市街の一角はひどく破壊され、あたりに粉じんをまき散らした。


「やったか……」


 さすがにこの状況で生きているとは思えなかった。アークメイジはその連射性が一番の特徴だが、一発の威力も大型の拳銃の見た目に恥じない強力なものだ。

 男たちはがれきに埋まっているアレンの姿を想像していた。

 だが……


「畜生、見えねえぞ!」


 巻き起こされた埃が収まって男たちの目に最初に飛び込んできたのはあたりの情景ではなく、真っ正面から差し込む日暮れ間近の夕日だった。これではあたりの様子を確認するどころではない。

 そこに……


「くほっ」


 差し込む夕日に混じって二人とも見えていなかったが、アレンの放ったスファラ球が右にいた男の足に命中する。しびれは全身に広がり、男は倒れ込む。最初の男の時と違って当たった位置が体の中心から遠いので意識はあるようだ。

 果たして、埃が収まった向こうには、夕日を背にしてアレンが銃を構えて立っていた。栗色の髪を無造作に伸ばしたのを、頭巾のような布で覆い、熱帯で浅黒くなった顔は埃まみれだったが、その眼光は鋭い。体はだぶだぶの灰色の上下に同色の外套で覆われ、まだどんな武器を隠し持っているかわからない。

 亜熱帯で気温の高いエリントバルの気候としてはいささか厚着に過ぎると思えるが、その姿はまさに、熟練の奔走者であった。

 そしてその右手にはまだ鈍く光るタマが装填された『ロータス』、信頼性の高さから長年のベストセラーであるサークノード製SP-HA55ハンドガンが油断なく銃口を向けていた。

 ただ、その姿は……いささか……


「てめえ……ぶっ殺すぞ……このチビっ!」


 残念ながら事実だった。当年とって16歳のアレンはその年齢の平均よりも背が低い。特に厚着をしていて横幅があるように見えるので、酒場で山の一族(ドワーフ)から「よお、ご同輩」と声をかけられることもしばしばだった。

 だが、それは酒場だから、相手が悪意が無いから許されるのであって……


「やかましい。大体てめえは今俺を見上げているじゃねえか。何でえ? 赤ちゃんごっこか? 匍匐前進の訓練中か? 目線合わせてから言いやがれ」


 地面に転がっている男に対して、アレンは言い返す。

 あと一人……は勘がいいのかすでに姿がなかった。ともかく、これで3人のうち2人を無力化したので、アレンは今まで息を潜めて行動していた鬱憤を晴らすがごとく、しびれて動けない男にたたみかける。


「それにな……俺の身長のことを言ったやつは知り合いなら拳一発、知らねえやつなら跳び蹴り一発、賞金首なら半殺しか全殺しって決めてるんだ。……どうやら全殺しがご希望のようだな」

「ひぃ、ま……待ってくれ」


 あたりを警戒しながらアレンは倒れている男に近づき、頭にロータスを突きつけながら脅す。男がおとなしくなったのを見て、アレンはアークメイジを拾って、服の中の隠し袋に収める。

 大型拳銃のずっしりした重みと、連射直後の銃身の熱を感じてアレンは顔をしかめるものの、分厚い布でできた肩掛け袋の中に無造作に放り込む。


「まあ、どうせ組織に引き渡したら全殺しだろうがな……」


 つぶやいた声は男に届かない程度の大きさだった。ここで自暴自棄になって暴れられても困るのだ。

 男がうなだれておとなしくしているのは、アレンが旧市街管理局から仕事を請け負った奔走者だと思い込んでいるのだろう。

 アレンのような奔走者が普段から仕事を請け負うのが管理局経由だということは間違いない。

 ただ、ほんの一部の奔走者は独自のつてがあって、それ以外、それこそ犯罪組織から直接依頼を受けることもある。

 この男たちにとって不幸だったのは、アレンがそのほんの一部の奔走者であったことと、犯罪組織といえども体面を気にする面があることに思い至らなかったことだ。

 旧市街はそれなりに野放しではあるけれど、あまりに目立てばさすがに軍警に目をつけられることになる。アークメイジの威力に任せて派手に事件を起こしていた男たちは犯罪組織にとっても早急に対処すべき問題となっていたのだ。

 それに、ことは対軍警の問題だけではない。組織内部の統制がゆるいと受け取られて、対立する組織になめられる事になりかねない。

 管理局経由だと、よっぽどのことがあっても死刑にはならない。

 それはこのエリントバルの方針で、殺すよりも奴隷として労働力とすることで利益を生み出すことを重視しているのだ。

 このあたりは、商人が中心となった成り立ちが影響しているのかもしれない。何をおいても利益第一という方針は、アレンも歪んでいると思うがどうしようもない。

 ともかく、そんなわけでアレンは男の誤解をあえて解くようなことはしなかった。こいつらを一人で連行するのはただでさえ小柄なアレンには大仕事だったし、暴れる男をおとなしくさせるためにさらにタマを費やすのは無駄だと思ったからだ。


――やれやれ、俺も結局利益第一ってことか……エリントバルになじんできたのかな


 そう自嘲しながらも、アレンはもう一人のアークメイジも回収し、ついでに二人を縛りあげて動けなくした。

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