彼岸の星へ帰れ

四十最後湖

序章

序章

「女神様が、無力化されました。御崩玉ごほうぎょくであります」

「……ええ、今、なんと?」

「女神様の、御崩玉であります」

「まさか……まさか。真か? まだ登玉とうぎょくから3年しか経っていないのに!?」

「嘘をついてどうなると言うのです」

「……いや、まさか……なんということだ……。次代の女神など影も形もないぞ!」

「分かっております。ですから、可及的速やかに手を打たなければなりません。都合の良いことに、今は種蒔きの季節。来月から女神養成所ヴィーナス・アカデミアに新学年の生徒達が入所してきます」

「その代から女神科を再開するというのか? それでも女神が誕生するのは3年後になってしまうではないか!」

「3年のカリキュラムを1年でやってもらいましょう」

「そんなことができるのか!?」

「できる、できないの次元で議論している場合でしょうか? やるしかないのです。可能な限り早く、次代の女神を登玉させなければなりません! この際、多少『未完の器』状態でも構いません、女神っぽく見えれば」

「突然、随分ハードルを下げたな……」

「何かおっしゃいましたか?」

「あ、いや別に」

「この私が直々に、養成所女神科の講師になるつもりです。その方が手っ取り早いですから」

「うむ……。頼んだぞ、最上もがみ


 後に「始鉱歴」と名づけられたその時代、月糸げっし圏の第九代今道きんどう女神・翠羊すいようが崩玉したのは、彼女の登玉から僅か3年後のことだった。

 女神が無力化され、崩玉する理由は、大抵が加齢による能力の低下であった。そうでなければ、よほどの禁忌の侵犯、つまり性交などによって女神の聖性が失われたことによるものである。女神・翠羊はまだ若く、健康であったから、彼女の失玉しつぎょくはつまり、そういうことだったのだろう。だがそれはこの物語の主題ではない。


 月糸・ヨグナガルド・ニューポート・涼車りょうしゃ・ダカンの5つの圏からなるこの世界の均衡が大きく崩れたのは、まさにこれが始まりだった。

 月糸圏の女神を支える玉宮の神官群は、混乱のなかで、必死に女神の崩玉を隠した。永遠に隠すつもりなどもちろん無く、ただ未曾有の事態にどうにか道筋をつけ、次代女神選定計画を立案するまでは、この混乱を他圏にはもちろん、自圏民にも知らせるわけにはいかぬと判断したのである。

だが自圏民はともかく、各圏の統治機構である玉宮ぎょくきゅうにその報が知れるのは速かった。ヨグナガルド、ニューポート、涼車、ダカン。すべての圏の女神が「今が月糸につけいる好機」と判断した。――そこから、全ては始まった。

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