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 そのことが、朝霧の運命を決定づける出来事だったと、思い知るのはさして先のことではなかったのだが、朝霧は未だにこの状況に心が追いつけずにいた。


 その日は、神和ぎの里に床を用意され、神和ぎたちと枕を並べて床に就いた。

 夜も更けていたことだったし、それはとても助かった。

 だが、次の日の朝になっても、朝霧はアユの里へ帰ることを許されなかった。


「朝霧、お前は精霊様に選ばれたのだよ」

 神主が告げた。

「次の満月の晩に神和ぎ為りの儀を執り行う。そこでお前は保澄様よりツゲを頂くのだよ」

 そして、朝霧は小さな住居に押し込められ、その日一日は断食をさせられた。その後も、里に帰らせてもらえないばかりか、数人がかりで河で身を清められたり、何やらよいにおいのする煙でいぶされてみたりと、朝霧から見れば散々な日が続いた。

 その中で、うれしかったのは山吹の消息を聞くことが出来たことだ。

 断食を終え、ひえの粥を神主様の前で啜っているときだった。朝霧が神和ぎの里にたどりついてから一日半が過ぎており、ちょうどおてんとうさまが真上に来ている刻限だった。

 部屋の前で「ただ今戻りました」と、男の声がした。

「おはいり」

 神主は、入室を許した。

 男は、部屋の入り口に吊るされた粗末な筵をまくり上げ部屋へと入ると、朝霧の隣に腰をおろした。神主に一礼する。

 その様子を見て、朝霧は椀を膳の上に戻したが、神主は「構わないからお食べ」と、しわがれた声で優しく朝霧に言った。

 腹の減っていた朝霧は、そろりと箸を口にくわえ、隣の神和ぎに一瞥をくれた。

「神和ぎ為りの儀、すべての集落に周知してまいりました」

 面を上げると、白装束に身を固めた神和ぎがそう言った。

「すべての?」

 朝霧は男の言葉に反応する。

「はい。全てです」

 男は、朝霧に顔を向けると、笑顔で答えた。

「アユの里には一番にまわってまいりましたよ」

 そう聞いて、朝霧は椀を膳に戻すと、目の前の男に掴みかかった。

「山吹は! 山吹は無事でしたか!?」

 男はのけぞり、朝霧の剣幕に神主は小さく笑っていた。

「落ち着きなされ、朝霧。おまえはもうわかっているかと思ったが……」

 笑うと、神主の細い眼が皺の中に埋没し、糸のようになる。

「神主様……」

 朝霧は男から手を放すと、おろおろと神主と白装束の神和ぎを交互に見た。

「お前さんと山吹は強い糸で結ばれておる。双子というのはそう言うものさね。山吹に何かがあるのに、お前さんが感じないわけがあるかい? 神和ぎに選ばれるほどのお前だよ」

 朝霧は神和ぎの言葉を聞きながらぱちぱちと瞬きをした。

「では、では……!」

 神和ぎの男は居住まいを整えると、笑顔で朝霧にうなずいてみせる。

「山吹殿にお会いいたしましたよ。朱の帝国、北の砦の守護、チェイン殿に助けていただいたそうです。私が神和ぎ為りの儀のふれに赴いた時、ちょうどチェイン殿もアユの里においででした」

 朝霧はいっしょうけんめい瞬きをしたが、瞳からあふれ出した涙を止めることは出来なかった。

「ははあ。そんなに泣いては、粥が塩辛くなってしまうよ」

 さあ、涙を拭いてお食べよと、神主は促した。

 ぽろぽろとうれし涙をこぼしながらかゆを食べる。

「北の砦の守護チェイン殿と、その兄イギョン殿が、神和ぎ為りの儀に参列したいと申しております」

 神主は男の報告を聞きながら、考え込むように腕を組んだ。


 黙ってかゆを食べながら、山吹を助けてくれた北の砦の守護とはどのような人なのだろうと、朝霧の好奇心がちらちらと動いた。





 そして、ついに神和ぎ為りの儀の当日がやってきたのだった。

 今回の神和ぎ為りの儀には、アユの里からは里長の朝霧の父と、後継ぎである朝霧の兄の真昼。そして、双子の妹の山吹もやってくるのだと言う。

 朝霧は先輩の神和ぎたちに衣装を整えられながらも、ドキドキと胸が高鳴っていた。

 自分では見ることが出来ないが、額には先程神主が赤土で描いた円に横一線の世界を現す図形があるはずだ。横の線はこの世界を、丸い円は世界を巡る魂を表すと言われている。

 そして、神和ぎの正装である、白い上衣に白い袴を身につけた。

 神和ぎの里のオグマ川に面した場所は、各集落の墓所となっている。そして、その先にある広場。広場には千龍の郷の者総出で建てた大人でも抱えることができないほどの太い柱の掘立柱の櫓がある。そこは祈りをささげる聖なる場所だ。その櫓の下に筵が敷かれ、その上に山吹は座った。隣には神主が座る。

 そうして、皆を迎える準備が整った頃に、まるで申し合わせていたかのように千龍の郷の各集落から、祝いの品を持った代表者たちが神和ぎの里へと到着し始めたのだった。

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