6日目:ハーメルンの杖憑き(葵&京也/一部改変※)

「葵と奈由ちゃんとでいるところにアルドとは災難だったね」


 京也は麦茶を片手に葵を労った。彼からしてみたら無駄足になってしまったわけだが、何事もなかったのもあってかさして気にはしていないらしい。

 クーラーを入れた京也の部屋で涼みながら、葵は疲れ切ったように四肢を投げ出している。壁にもたれかかった状態のまま、まったくだ、と葵は肩で息を吐き出した。


「どうせなら人為系みたくはっきり相性がありゃいいのにな、だったら対策も講じやすいのにさ。なんか先天的に優越があるみたいで癪だ。だいたい草が有利になる相手ってなんだよ」

「ポケモンとかのゲームを例にすれば、定石として水なんだろうけどね」


 冗談めかして京也が言う。それだったら楽なんだけどな、と葵はぼやいた。


「でも理術は違ぇだろ。あくまで対象は生身の人間だ。

 水に大して効果がばつぐんなわけでもなし、こっちから攻撃は与えられるけど向こうからの攻撃も容赦なく来るから、実際大差ないんじゃねぇの。

 なんだろうな、炎は基本不利だし、地相手だと生えてる部分ごと吹っ飛ばされたらそれまでだし、風と雷は水と同じく変わらないだろうし。

 ……そう考えると、益々属性によって差があるみたいで腹立つな。それを言うなら、直接ダメージが与えにくい水とか風とかも大概不便そうだけど」

「優越を計算しつくされたゲームの世界と違って何でもかんでも平等にってわけにはいかないんだろ、リアルの世界は」


 それに、と京也は自嘲気味に付け加える。


「この現代社会で戦いに使ってる僕らがイレギュラーなわけだしな」

「それ以外で何に使うのかと聞かれても、何もねぇけどな」


 そこで一瞬、二人は黙り込んだ。属性の優越に不満を唱えたところで、世間の常識から外れてしまっているのは彼らの方だった。

 それにぎりぎりのところでまだただの一般人たる彼らだが、きっと答えは出ない問いである以上、実際この疑問は不毛だった。


 葵は麦茶を飲み干してからぽつりと京也に尋ねる。


「なぁ雨森。アルドはなんでビーのとこにいるんだと思う?」

「僕よりお前のほうがチームCでの付き合いは長いだろ」

「けど、お前だって学校が一緒じゃねぇか」

「そうだけどさ。生徒会の活動まで一緒だけど」


 葵は目を見開いた。


「……相当近距離じゃねえかよそれ」

「まぁね。だけど分かるだろ、普段のあいつと理術を使ってる時のあいつとは違いすぎる」


 眉を寄せて京也は頬杖をつく。


「あいつもベリ子と同じだよ。その件に関して頑なに口を割らない。何を言おうと無駄だって点じゃベリ子と同レベルだ、普段やわなあいつからしたら考えられないくらいに。

 だから僕がよく知ってるのは澪継中央高校生徒会メンバーの『高神楽直彦(たかぐらなおひこ)』だ、チームCでビーの片腕になってるアルドじゃない」


 京也は少し投げやりな口調で言った。葵が知らないはずのアルドの本名を不意に口走ったことにすら気付いていないらしい。

 葵はしばらく黙り込んだ。彼もまたテーブルに肘をつき、考え込むように顔を埋める。


「アルドに何であそこを抜けたのか聞かれて、人に危害を加えてまで願いを叶えたくねぇって言ったんだよ。

 そしたら、それは今生きてる世界そのものを否定するのに他ならない、って言われた」

「仰々しいな。世界そのもの、……ね」


 遠くを見るような目つきで京也は視線を空に泳がせた。


「……むかつくな」


 言って京也は頬杖の手を替えた。


「分からないのがむかつくしこっちが無知だと思って訳分からないことほざかれるのがむかつくし知ったような口を叩かれるのがむかつくし僕らで考えたって答えがきっと出ないんだって分かりきってるのが相当うざくてむかつく、よりによってあっち側に僕の友人が二人も居てそっから抜け出る気配が全くないってのが心底むかつく。

 つまるところ僕はビーがむかつく」

「ものすごい勢いで同感するわ、それ」


 珍しく余裕なさげに苛立った京也の言葉に深く葵は頷いた。

 と、その時である。


 どくん、と胸騒ぎがした。


 思わず葵はがばりと身を起こした。

 何事かと自分でも分からないまま葵は目を見開く。無意識に胸に手をやるが、心臓の鼓動は高鳴るばかりだ。

 葵の反応に京也は驚いて顔を上げる。


「どうしたんだ」


 答えず、葵はゆっくり呼吸をしながら襲い来る感覚に神経を研ぎ澄ましていた。

 その尋常ではない胸騒ぎに困惑しながら、葵は自分に理由を問いかける。今の会話の流れで、著しい胸騒ぎがするような原因はなかったはずだ。しかし何故ここまで嫌な予感に支配されているのか、皆目見当がつかない。

 だがそこまで考えてから、もしや、という可能性が葵の脳裏を掠めた。


「まさか、……これが、共鳴」


 呟き、葵は京也の方を振り返る。


「雨森、外に行こう」

「どうしたんだ、そろそろみんなが来る時間だぞ」

「そのあいつらが危ないんだ」


 怪訝な目線を向ける京也に、葵は手短に説明した。


「多分、多分だがな。草間の周辺が危ない。そしてこの時間でそうだってことは、多分あいつら全員が危ねぇんだよ」


 葵の言う意味を理解出来ないまま。

 しかし京也は理由を聞かずに真顔で頷き立ち上がった。

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