ある男の嘆き

 今日は久々の休暇だ。

 天気は快晴。気温も快適。そんなわけで必然的に気分も上々。

 思わずヘイ! と意味も無く歌いたくなってしまうほどだ。いや、歌わねーけど。


 さてさて、今日は何しよっかなーと考えつつ城門から出たところで、突然見知らぬ黒髪の男が俺に近寄り、話しかけてきた。


「君、城から出てきたけど、城の関係者?」

「あぁ、まぁ。そうだけど」


「それじゃあ、アレク、という名前の人物を知っているか?」

「知っているも何も、アイツは俺の――」


「死ねええええぇぇぇぇ!」

「なぜに!?」


 いきなりふところから取り出したダガーを俺に向けて突き出してくる男。

 咄嗟に身体を横に反らしてそれを避ける俺。


 意味わからんのだけど!? 何なのこの人!? 頭いっちゃってる人!?


 アレクと関係ある人物っぽいけど、とりあえずこんな町中で応戦して剣を振り回すわけにもいかねーし、そもそも関わると面倒そうだし、ここは一先ひとまず逃げる!


「逃げるな待てええええぇぇ!」


 いや、刃物振り回しながら待てとか言われても待ちたくねーよ!? 目も血走ってるし!


 わけもわからないまま、俺は男から逃げるため城下町を疾走する羽目になった。







「ぜえ……ぜぇ……な、なかなか……は、速い、じゃないか……ぜぇ……ごぷぇっ!?」


 今、変な音出たけど大丈夫だろうかこの人……。口から得体の知れない卵を吐き出しそうな音だったぞ……。


 あれから逃げながらもこの男から何とか情報を引き出した俺。

 町中を疾走しつつ絶叫しながらの会話は、ちょっとどころかかなり恥ずかしかった。


 その恥ずかしかったやり取りを思い返し、必要な情報だけを集めて統合した結果――。


 どうやらこの男はアレクの兄らしい、という結論に至った。


 俺はアイツの同僚だけど何か? と(絶叫で)聞いたところ、男はようやく刃物を仕舞い追いかけるのをやめてくれたのだった。


「しかし……ぜぇぜぇ……す、すまなかったね……。てっきり『アイツは俺の女だぜ!』と……ぜぇ……君が言うものだと……ぜぇ……ばかり……」


 いつまで息切れしてんだよ。ちょっとうぜぇ。

 ていうか、息が整ってから喋ってくれませんかね……。


「いや、俺他に好きな子いるんで。それにあんなキリッとした男らしい奴はタイプじゃないし」

「あんなに可愛い子なのに、言うに事欠いて男らしいとは何だ!」


 可愛い? いやいや、男らしいよ?

 俺より見た目カッコイイし声もクール系だし、何より常識を逸脱した馬鹿力を持っているし。


「ちょっとその辺はきちんと指導しなければならないみたいだ。ということで今から俺がアレクの魅力についてたっぷりと教えてやる」

「へっ!? いや、それは――」


 全力でお断りします! と言いかけた俺だったが、それより早くアレクの兄は俺の腕を掴み、気付いたら俺は目の前のスイーツ臭溢れる喫茶店の中へと引き摺られていたのだった。


 どうやらこの兄も馬鹿力の持ち主らしいです……。






 何が悲しくて、せっかくの休日に男とお茶をせにゃならんのだ……。

 ていうかさっきから俺達に注がれる周囲の視線が痛い。凄く痛い。


 さっき俺を追いかけている時は殺人鬼顔負けの形相だったので気付かなかったのだが、アレクと同じ紅色の目を持つ兄は、やはりアレク同様のイケメンだ。

 歳は二十代前半か?


 そんなイケメンと向かい合って座る、長身の俺(顔はフツー)。 


 真っ昼間から女性向けのオシャレな喫茶店に、男二人組――。


 ちょっと目立つどころの話ではない。

 絶対に俺ら、変な勘違いされているよな……。


 皆さん、違います。俺はノンケです! こんな男に興味はありません! 俺は小っちゃい桃色の髪の子とにゃんにゃんチョメチョメしたいと常日頃から考えている、超健全思考な男です! と叫んで知らせたい気分だった。


 いや、恥ずかしいし余計注目されるだろうから言わねーけどさ……。


「それで、アレクのことなんだが……」


 アレクの兄は周りの視線を全く気にしていない様子で、運ばれてきた水を軽く飲んだ後、おもむろに口を開いた。


「可愛いよね」

「…………」


 たぶん、俺は今、その言葉に同意しないといけなかったのだろう。だが俺の脳が拒否した。

『可愛い』という単語はティアラだけに使用されるものである、と俺の脳内辞書に書いてあるものでして。


 何も反応を示さない俺を見て、アレクの兄の眉はみるみるうちに下がっていってしまう。

 そして次の瞬間机に突っ伏し、号泣してしまった。


「可愛かったんだよおおおおぉぉ!」


 やめて。他のお客さんがさらにこっちを凝視し始めちゃったからやめて。俺が泣かしたみたいじゃん!?


 隣の席のお姉さん達が「きっと別れ話よ」とヒソヒソと話している。


 ぐおおぉぉ!? 違うから! そんなんじゃないですからあッ!? 違う意味で俺も泣きたい!


にい様兄様、とたどたどしい口調とおぼつかない足取りで、俺の後ろを追いかけてきてくれていたというのに……」


 すんっ、と鼻をならしながら涙声で言うアレクの兄。


 いやいや、それ何年前の話? 三、四年前じゃすまないだろ!?


「だがある日突然、父様や一兄いちにい様のように、警備隊に入る、とか言い出して……」

「一兄様って、他にも兄弟いんの?」


「あぁ。俺達は五人兄妹なんだ。末っ子のアレクだけが女の子でね……。そりゃもう、兄弟みんなでアレクをでまくったものだよ」


 涙の残る目でどこか遠くを見つめながら、アレクの兄はポツリと呟いた。


 そうだったのか……。

 男四人の後の女の子じゃ、そりゃ溺愛するだろうなぁ。


「ちなみにあんたは何番目?」

「上から三番目の兄だ」


「あ、何かそんな感じ」

「どういう意味?」

「そのままでス」


 俺は視線を斜め上方向に逸らしながら答える。


 長男はしっかり者、次男は飄々ひょうひょうとした奴、三男は抜けてる奴、四男はちゃっかり者、というイメージが、俺の中で何となくできあがっていたからだ。


「ちなみに一兄は無口なしっかり者、二兄は飄々として掴みどころのない性格、四男は童顔だけどちゃっかり者、て感じかな」


 えっ!? 俺の脳内セリフそのままトレース!? 何これ怖い。この兄、人の心を読む能力でも持ってんの!?


 …………ん? ということは――。


「三男のあんたが兄弟の中で一番抜けている、と」

「誰が抜けているかあぁっ!? 俺は常に全力全開! 一生懸命なだけだ!」


 勢い良く椅子から立ち上がり抗議するアレクの兄。


 ……うん、やはり兄弟の中の間抜け役はこの人がになっているということだな。納得。


 それはともかく、いちいち目立つ言動しないで欲しいんだけど――。

 またしても周囲の視線が俺達に注がれている。

 もうヤだ。俺達は珍獣か。


「警備隊とかさ――。ごつい男がゴロゴロしてるような所にわざわざ行かせたくなかったのにさ……。それなのに父上も兄貴達も止めるどころか応援し始めちゃってさ……。終いには直に稽古までつけ始める始末……」


 アレクの兄は椅子に座り直した後、テーブルの上につつつ……と指を這わせていじけ始めた。


 ふーん……。アレクの家って警備隊一家だったのか。あの動きのキレの良さも納得だ。

 ていうかもう人間離れしてる感じだけど。


「特にアレクは一兄に憧れていたみたいでさー。気付いたら自分のことを『オレ』って呼ぶようになってたし。何か俺より槍の使い方上手くなってるしでさー……」


「あ、すんません。この『子羊のリゾット』一つください」


 アレクの兄がいじけている間に、店員を呼び止め料理を注文する俺。


 ちょっと昼食には早いけど、さっきから注文もせずにうるさく座り続けていたので、お店の人すんませんという意味を込めての注文だ。

 それに俺が周りの目に耐え切れなくなってきたので、食べて気を紛らわせたかったのだ。


 ……早くこの人から解放されたい。


「『大きくなったら兄様達のお嫁さんになる』って言ってくれたアレク、帰ってきてええぇぇ……」


 そこでアレクの兄は再度テーブルに突っ伏し、おいおいと泣き始めてしまった。またしても店内の視線がこちらに集まる。


 酒が入っているわけでもないのに何なのこのテンション……。

 もう、好きにしてくれ……。


 ある種のてい観を顔に滲ませながら、俺は注文した料理が早くこないかと待ち続けるのだった。







「いやー。話を聞いてもらって泣いたらちょっとスッキリしたよ。ありがとう」

「ソリャヨカッタデスネ」


 俺は無表情のまま、形だけの言葉をアレクの兄に向けて吐き出した。


 だってさ……。もう太陽が西に移動しちゃってんだよ!? ありえねーよ!?

 せっかくの俺の休日が……。


「っつーか今さら聞くのも何だけど、なぜ城の前にいたんだ?」

「可愛い妹が元気でやっているかと心配になったので様子を見に来たんだけど、城に入る前に門前払いされちゃいました。てへ♪」


 そこでアレクの兄はペロッと舌を出した。


 ……何か金髪侍女を咄嗟に思い浮かべてしまったぞ。この兄はあいつと同類ということか。


 それはともかく、門前払いされて途方に暮れて城門前をウロウロしていたところに、城から出てきた俺を見つけ、声をかけてきたわけということか。それってちょっとストーカー入ってません?

 ……いや。もう考えるのはやめよう。


「とにかくアレクは元気でやっているみたいだし、ひとまず安心したよ。どうかこれからもよろしくな」

「はぁ」


「あ。よろしくなって、別に付き合っても良いって意味じゃないからな!?」

「ワカッテマス」


 だから俺はティアラ一筋なのでそんな心配は無用だっての。


 そんな俺の心の声を知る間もなく、アレクの兄は片手を軽く上げると、雑踏の中へと消えていった。


 ……そういや、名前聞くの忘れてた。

 まぁいいか。どうせもう会わないだろうし。ていうかもう会いたくない……。


 沈みかけた夕日を背中に、俺はただ項垂うなだれるのだった。







 翌日――。

 いつものようにティアラの部屋に行った俺は、真っ先に無表情な同僚の隣に立ち、ある言葉をボソリと呟いてみた。


「……兄様」


 直後、アレクの眉がピクリと跳ね上がる。


 おぉ!? 反応したぞ!?

 何かちょっと面白くなってきたので、続けてポツリともう一声。


「大きくなったら兄様達のお嫁さんにいいぃぃッ!? ギブギブギブ! 痛いって! マジ痛いって! 骨折れるって!」


 無言のまま、いきなり俺の手首をあらぬ角度へと曲げるアレク。

 ティアラとタニヤは、いきなり目の前で始まった俺の拷問に目を点にするばかりだ。


「……三兄さんにいに会ったな?」


 ギリギリと手首を捻りながら、アレクはいつもの無表情で俺にそう聞いてくる。

 俺は痛さのあまり話す余裕もなくなっていたので、涙目のまま首を縦に振り続けた。


「三兄の言うことはその……。大げさなんだ。忘れろ」


 アレクは淡々とそう言うと、ようやく俺の手首から手を離す。


 おおぉぉ……。無事で良かった、良かったよぉ、俺の手首さん! アレクは充分手加減したんだろうが、マジで骨折れるかと思った……。


 涙目で手首を擦りながら、やはりこいつをおちょくるのはやめておこう、と俺は改めて心に誓ったのだった。

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