第38話 俺の彼女が二人になった②

「「あ……」」


 突然、二人のティアラが同時に声をあげた。


「どうした?」

「「そろそろ勉強しなくちゃ……」」


 またしても同時に同じことを呟いたあと、互いに顔を見合わせる。

 どうやら思考や行動パターンまで同じらしい。


 それにしてもこの二重音声は究極に癒されるな……と顔の筋肉を緩めている場合ではない。

 これでは行動を観察して見極める、ということができねーじゃん。


 うずくまった状態のまま、俺は何とか知恵を振り絞る。

 とりあえず一人ずつ話でもして探ってみるか?

 思いつく限りのことはやってみないとな。


 俺は床から立ち上がりつつ彼女の名を呼ぶ。


「ティアラ」

「「なぁに?」」


 二人のティアラが同時に俺に振り返った。


 ……うん、まぁ当然だよな。両方ティアラなんだし。


 でもどう分けて呼べばいいのかわからん。

 ティアラA、ティアラB、だと雑魚ザコ敵っぽい雰囲気になってしまうから何か嫌だし、何より本物に対して失礼すぎる。


「えっと……じゃあ本物のティアラ」

「「はい」」


 二人のティアラはまたしても同時に返事をすると、互いに顔を見合わせる。その顔はちょっとムッとしたものになっていた。


 うーん、咄嗟に思いついたにしては良い考えだと思ったんだけどダメか。

 でもそのちょっと怒った顔も可愛いな。


「このままではややこしすぎるから、とりあえずこっちの姫様に着替えてもらうことにするわ」


 タニヤはそう言うと一人のティアラの手を取り、寝室へと入って行ってしまった。

 確かに着ている服で呼び分けるしか、今のところ方法はないか……。


「何やら騒がしいな」


 二人が入って行った寝室に視線を送りながら、アレクが無表情のままポツリと呟いた。


 アレクの言うとおり寝室の中からは「やぁっ!?」やら「えぇ!?」やらとティアラの声が響いてくる。

 着替えているだけじゃないのか?

 タニヤの奴、一体ティアラに何をしているんだ?


 嫌な予感がじわりと俺の胸に広がった直後、寝室の扉が勢い良く開かれた。


「お待たせー!」


 やけにイキイキとした声と表情で、まずはタニヤが出てきた。


 ちょっと待て。何でそんなに肌がツヤツヤしてんだよお前!?

 この短時間で何があった。ていうか俺のティアラに何しやがった!?


 そうタニヤに詰め寄ろうとした時、寝室からそそっとティアラが顔をだけを出した。

 その顔は耳まで真っ赤だ。


 も、もしかして、タニヤにはずかしめられちゃったりしたのか!?

 おのれ金髪侍女め! と拳を握りしめたその時、ティアラはようやく寝室から出てくる。


 その彼女の全身が視界に入った瞬間、俺の心拍数は一気に上昇してしまった。


「タニヤ……」


 お前……ティアラに何て物を着せてんだよ……。

 超グッジョブじゃねーかこのヤロー! と俺は心の中で金髪侍女に惜しみない賛辞を送った。


 ティアラが着ていたのは、何とタニヤとお揃いの侍女用の服だったのだっ。


 見慣れた侍女用の服も、ティアラが着るだけで五割増し、いや、八割増しに可愛く見えてしまう不思議!


 むしろ金髪侍女なんていらんかったんや! と思わず言いかけてしまったが、言ってしまったら間違いなく俺の魂はこの世から切り離されてしまうだろうから、何とかググッと呑み込む。


 しかし侍女用の服か……。

 良いな。凄く良いものだな。

 これからその格好で俺に色々とご奉仕してくれるわけなんだな! 夢が広がりんぐ!


 ティアラは頬を朱に染めながら、恥ずかしそうにもじもじと指をいじり続けている。


 ……さっきの訂正。

 むしろ俺に色々とご奉仕させてクダサイッ! 欲しがりませんカツまでは!


 そんなちょっとイケナイことを考えている俺に向かって、アレクが若干呆れながら呟く。


「お前、すぐ顔に出るからわかりやすいな」

「いや、だって仕方ねーじゃん。可愛いんだもん」


「語尾を上げる『もん』はやめろ」

「マティウス君、姫様が可愛いのは私も同意だけど――いいの?」

「何が?」


 あれ、あれ、とタニヤは顎で俺の斜め後ろを差す。

 そちらに視線を移すと、着替えなかった方のティアラが床にうずくまり、指先で絨毯の毛をグリグリと弄くっていた。


「え、えーと、ティアラ?」


 俺の呼びかけにも応じず、ひたすら絨毯に丸を描き続ける着替えなかった方のティアラ。


 これはもしかして、いじけている……のか?


「もしもーし? ティアラさん? ティアラちゃん? ティアラたん?」

「呼び方がどんどん気持ち悪くなっているわよ、マティウス君」


 タニヤがジト目で俺に言ってくるが、今のは俺も無自覚だったのでほっといてほしい。


 恐る恐るティアラに近付いてみる。

 その彼女の涙でいっぱいになった目元が視界に入った瞬間、俺の心臓の動きが一気に加速した。


「わ、私だって、着替えたら、同じなのに……」


 うん。確かにそうだな……。同じだ。全く同じだ。


「それなのに、あんなに嬉しそうな顔を、しないでも……」


 スミマセンスミマセン!

 でも本気で可愛いんだし、そこは仕方がないというか――。


「私が……」


 ん? もしかして「私が本物なのに」と言おうとしているのか?

 こっちが本物のティアラなのか?


 俺はうずくまる彼女の視線に合わせるためにしゃがみ込んだ。

 しかしティアラは俺の方を見てくれない。


 ティアラは絨毯に丸を描き続けながら、少し涙で濡れた声でポツリと呟いた。


「私がマティウスの、彼女なのに……」


 俺の心の中に最大クラスの爆破魔法が発動&炸裂!

 何この究極の可愛さ!


 そしてそれ以上に嬉しい! すげー嬉しい!

 まさかティアラがこんなことを言ってくれるなんて!

 つまり俺にヤキモチを焼いていたと! 可愛すぎるだろおおぉぉッ!


 人目もはばからず、気付いたら俺は彼女の頭を自分の胸に沈めていた。


「ぴゃ!?」

「うん。ティアラは俺の可愛い彼女だよ」


 鳥の雛みたいな声を上げたティアラの頭を、俺はよしよしと撫でて慰める。

 こっちのティアラが本物な気がする。

 いや、この髪から漂ってくる甘い匂いは、間違いなくティアラだ。自分の直感を信じるぞ俺はっ。


 だが横から突き刺さる視線に、瞬時に俺の全身から冷や汗が滲み出る。


 この視線は間違いない、着替えたもう一人のティアラだ……。


 錆びた歯車を回すようにギギギ……と首を回すと、予想通り彼女は真っ直ぐとこちらを見据えていた。

 その光を映さない瞳を見た瞬間、ゾクゾクっと悪寒が背中を走り抜ける。


 あ、あれはもしかして、ちまたで噂のヤンデレ目というやつでは!?

 何てことだ。嫉妬でティアラがヤンデレに!?


 いや……。でもその光の無い目もクセになってしまいそうだな。

 あぁ、もっとその目で俺を見てくれ――って違う!

 危ない性癖に目覚めている場合じゃねぇ!


 先ほど胸の内に生まれたばかりの自信が揺らぐ。


 もし今俺が抱き締めているティアラが複製の方だった場合、本物のティアラの心は傷付いてしまっているわけで。

 でもこっちのティアラが本物だった場合、既に泣くほど傷付いちゃってるわけで……。


 うがああああっ!

 もうわけわかんねー! どうすりゃいいんだよ!?


「お楽しみのところ悪いけど、そろそろお客様との面会時間なんだけど……」

「えっ!?」


 タニヤの言葉に俺は慌ててティアラを解放する。

 そういえば面会があるってことをすっかり忘れてた……。


「どうするんだ? このまま二人共連れて行くわけにもいかねぇし……」

「時間がないから、こちらの着替えなかった方の姫様に行ってもらうというのはどうだろうか」


 その瞬間、侍女用の服のティアラが何か言いたげな顔になったが、すぐに俯いてしまった。

 アレクはそんなティアラの前まで歩み寄ると、頭を深く下げる。


「お客様との一連の会話は、帰ったらオレがきちんと伝えます。ですからここは、申し訳ございません姫様……」


「私が本物だから行かせてって言っても、無理だよね……」

「私が本物だから、私が行けば大丈夫だよ……」


 着替えなかった方のティアラが、侍女服のティアラにそう言った。


 このまま二人が言い争いを始めてしまうのも時間の問題か?

 そう懸念した俺だったが、侍女服のティアラは諦めたように小さく息を吐いただけだった。


「状況がややこしくなるだけだから、私が待つよ……。お客様をお待たせしてもいけないし……。あの、よろしくね、アレク」

「はい」


 アレクは侍女服のティアラに深く一礼した後、俺の方へと振り返り淡々と告げる。


「お前はここに残ってろ」

「え?」


「こちらの姫様の身に何かあったらいけないからな。その代わりこっちの姫様はオレに任せろ」


 そう言うとアレクは、着替えなかった方のティアラの肩に手を置く。

 確かにどちらが本物かわからない状態の今、そうするのが一番か。


「わかった。もし俺の不在を突っ込まれたら、適当に誤魔化しておいてくれ」

「言われるまでもない」


 アレクは口の端に小さな笑みを作ると、着替えなかった方のティアラと共に部屋を出て行った。

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