第37話 俺の彼女が二人になった①

「これは一体、どういうことだ……」


『それ』を目前に、俺はかすれた声を出すのが精一杯だった。


 いつものように、護衛の仕事でティアラの部屋に向かった俺。

 迎えてくれたのは愛しい彼女。そこまではいつも通り、何の問題もなかった。


 問題が発覚したのはその後だ。

 その問題とは……。


 部屋の中に、もう一人ティアラがいたのだ。


 顔も服装も、寸分たがわず全く同じ。

 双子でもここまでそっくりにはならないだろう。


 俺は最初、自分がまだ寝惚けているのだと思った。

 これは夢の延長、幻覚の一種だと。


 そう思いながら二人の頭に触れてみたところ、ちゃんと二人とも実体を伴ってそこに『いた』。

 つまり夢でも幻でもなかったわけだ。


 二人のティアラの前で呆然とする俺に、タニヤが横から申し訳なさそうな顔をしつつ話し掛けてきた。


「えーとね、マティウス君。これには海の底よりも深ーい理由ワケがあって……」

「要するにお前が元凶ということでいいんだな?」


「何よう。勝手に決めつけないでよ」


 頬をリスのように膨らませながらタニヤは俺に抗議する。


「いや、すまん。さすがに今回ばかりはお前のせいじゃなさそうだな」

「まぁ、厳密に言えば私のせいなんだけど」

「おいいいいぃぃっっ!?」


 合ってんじゃねーか! 謝って損した!


「今実家がとある薬を作っててね、その実験を依頼されちゃったの……。それで小物で試してみようとしたんだけど、そこでタイミング良く私のドジっ子属性が発動しちゃって。つまずいた瞬間あら大変、薬が誤って姫様にかかってしまったのよ」


「あら大変、じゃねーよ。お前はいつからそんな属性が付いたんだ? っつーか相変わらずお前の実家怪しすぎるだろ!?」

「仕方ないじゃない。うちだって経営を何とかしようと必死なんだから」


「で、具体的にはどういう薬だったんだ?」

「全く同じ物質を作り出してしまう増殖薬」

「それもう魔法の域じゃん」


 何それ怖い。こいつの実家が怖い。


「まぁその件については今は置いといて」


 置いてはいけないような……いや、やっぱり置いておこう。


「それでね、どっちが本物の姫様かわからなくなってしまったのだけど……」

「もしかしたらお前にはわかるかもしれないと思って、待っていたんだ」


 タニヤとアレクは交互に言い終えると、俺を期待の眼差しで見つめてくる。

 

 よし、そういうことなら俺に任せろ。ティアラのことを世界で一番愛しているこの俺にッ!


 俺は自信満々に、二人のティアラに一歩近付いた。


「マティウス……」

「私が、本物だよ」

「ち、違うよ。私だよ」


 二人とも琥珀色の瞳をウルウルとさせながら俺に訴えてくる。


 薄くてみずみずしい唇、控え目な胸、細くて白い足――。

 俺は上から下まで彼女らに視線を這わせ、しばらくの間二人のティアラを見比べ続けた。


 ………………。


 うん、わからん!


 だってどっちも可愛い。超可愛い!

 どちらかのティアラを選ぶなんて俺にはできないッ!


 ――じゃねーや。

 そういうことを決めるのではなく、本物がどちらか見極めるんだった。


 ふぅ、思わず目的を取り違えるところだった。


 しかし困ったな。頭から爪の先まで、冗談無しに二人とも見た目は完全に同じだぞ。


 いや、待てよ? もしかすると……。


「よし。それじゃあ俺が今からどっちが本物か確認する」

「お、マティウス君、何か方法を思い付いたのね?」


「あぁ、任せてくれ。実はティアラの左の太ももの内側にはほくろがむッ!?」


 二人のティアラが顔を真っ赤にしながら同時に俺の口を押さえてきた。

 小さくてぷにゅっとした手の感触が気持ち良い。何この幸せな状況。


 しかしこの反応を見るに、どちらにもほくろは存在しているらしい。

 ていうか全く同じ物質を作り出すとか言ってたし、そういう細かいところも再現しているのは当たり前か……。


「あれ? ちょっと待て。タニヤ、薬がティアラにかかったんだよな?」

「そうだけど、それがどうかした?」

「だったら放っておいたらそのうち元に戻るんじゃねーの?」


 以前のネコ化する薬の時も、確か勝手に元に戻ったはず。

 それなら今回もしばらく待っておけば元に戻りそうだし、問題なさそうな気もするのだが。


「マティウス君、ちょいとこちらへ」


 タニヤはおいでおいでと手招きをすると、部屋の隅の方へ俺を誘導する。

 アレクとティアラ×2は、そんな俺達にいぶかしげな視線を送ってきていた。


「何だよ? あいつの見ている前で堂々と内緒話すんな」

「仕方ないじゃない。あの時のネコ化薬のことは二人とも知らないんだし。それともばれてもいいの?」


 そういえばそうだった……。

 あの時は惚れ薬だと思ってお茶の中に入れたんだっけ。


 俺が惚れ薬を使って気を引こうとしていたなんて、そんなことティアラに知られたくない。

 俺に対する好感度が一気に下がってしまうことは確実だ。


 …………ん?

 確かあの時――。


「その顔、どうやら気付いたようね。そう、あの時私がお茶の中に入れた薬はほんの『一滴』。でもね、今回姫様にかかってしまった量は『ほぼ全部』なの」


 そう言いつつタニヤはエプロンのポケットから小瓶を取り出した。

 彼女の言葉通り、小瓶には透明な液体が底の方に僅かに残っているだけだった。


「それじゃあ自然放置だと何日もこのまま、という可能性があるわけか……」


「そういうこと。前のやつとは効果も全く違う物だけど、本質的にはそんなに変わらないと思うのよね」

「ふむ……」


「で、仮に長期間姫様が二人のままでも、本物の姫様がわかっていたら、複製の方を隠すなりなんなりして対処はできると思うの」

「なるほど。しかし肝心の本物がどっちかわからない、と」


「うん……。マティウス君でもわからなかった?」

「今のところ無理。見た目は完全に同じだからな。判断できん」


 こうなると、じっくりと二人の行動を観察して見極めるしかなさそうだが……。


 顎に手をやり悩む俺に、アレクがさらに胡乱うろんげな視線を送ってきていた。


「お前達、何をこそこそとしているんだ。怪しいぞ」


 アレクの言葉を受け、俺は慌ててタニヤの側から離れる。


 確かに、二人で顔を寄せ合って内緒話とか怪しすぎる。ティアラにこいつとの仲を誤解されてしまうような事態だけは、絶対に避けたい。


 しかし、時既に遅し――。

 ティアラ達は「実は二人はそういう仲だったんだね……」と声を洩らしつつ、悲痛な眼差しを俺に向けていたのだ。

 目にはちょっと涙も滲んでいる。


 最悪な事態発生! 大ピンチだ!


「ち、違う! 俺が愛しているのはティアラだけだし! っつーかこんなトラブルメーカーこっちから願い下げだ!」


「何よう、失礼ね。私だって噂されるなら、もっと良い男がいいわよ!」

「良い男じゃなくて悪かったな!?」


「お前ら、それ痴話喧嘩にしか見えんぞ」

「頼むから事態をややこしくするようなことを言わないでくれ!」


 タニヤとアレク、左右交互にツッコミを入れた後、俺は二人のティアラの前までツカツカと勢い良く歩み寄る。


 ティアラ達は俺のその勢いに驚いたのか、ビクリと肩を震わせ、互いに手を握り合った。


 ……何そのちょっと良い世界。


 このまま二人の禁断の世界を見てみたい気もするが、とりあえず今は我慢。


 俺は握り合っている二人の手を強引に引き剥がした後、右手にティアラの左手、左手にもう一人のティアラの右手を握る。

 ややこしいとか言うな。俺だってややこしい。


「何してるんだ」

「いや、これぞ本当の『両手に花』。なんつって」

「…………」


 しん、と静まる空気。

 冷ややかな目を向けてくるアレクとタニヤ。

 ポカンと口を開けたまま俺を見上げるティアラ×2。


 これは……完全にアウェーだ。

 ヤバイぞ俺。ちょっとお茶目な冗談を言って、強引に空気を変えようとしただけなのに!

 何とかしてこの状況からの打破を――。


 その時、ピキーンと俺の脳に電流が走る。


 な、何てことだ……。この状況……。

 俺は気付いてしまった。とんでもないことに気付いてしまったぞ。


 これはもしかしなくても、ティアラだけで夢の3――!?


「……すまない。お前らちょっと席を外してもらえねーか? そうだな、二時間くらい」

「え? どうしたのよいきなり」

「それは言えない」


 俺はさっきから無言のままの二人のティアラを伴って寝室へ――と行きかけたところで、アレクが跳躍からの回し蹴りを俺に放ってきた!

 何だよその重力を無視した動き!?


 ティアラ達の手を握っていた俺は成すすべもなく、その蹴りをまともに顔でくらってしまう。


 うぐおおおおぉぉ!? 痛い痛い!

 すっげーイタイんですけど! 頬の骨にヒビ入ったかも!


 思わず頬に手を当て、床にうずくまる俺。


「い、いきなり何しやがる!?」

「お前が年齢制限が必要になりそうな展開を繰り広げそうだったから、阻止した」


「いや、でもお前ら、この前俺に協力してくれるって言ったじゃん!?」


「状況を考えなさいよ。姫様はもうすぐ隣国のお客様と面会があるのよ。それまでに何とかしないと面倒な事態になりそうでしょ」


 正論すぎて何も言い返せない。くそっ、夢の3○が!?


 しかし本当に困ったな……。

 いくら見た目が同じとはいえ、どちらかが本物のティアラであることは間違いないのだが。

 区別する良い方法が全く思い浮かばないぞ。


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