3
「どうして、決闘だなんていい出したんだい」
けわしい顔の烏有に、蕪雑は首をかしげる。
「なんで怒ってんだよ」
「怒っているんじゃないよ。どうして決闘をするなんて言い出したのかを、聞いているんだ」
「十分、怒っているように見えるがな」
玄晶がニヤニヤと口を挟む。
「玄晶もどうして、蕪雑を止めなかったんだ」
「止める必要もないと、思ったからね」
「どうして――」
「まあ、落ち着いて。とりあえず座りなよ。お茶を運ばせよう」
玄晶が手を叩くと、さきほど茶菓を運んできた若い女が顔を出した。
「皆に茶を」
一礼をして、女が去る。
「彼女には、私たちの関係を説明してあるから、つくろう必要はない。ほら、座って」
渋々と烏有は従い、蕪雑は「やれやれ」とぼやきながら腰を下ろした。
「壁際でつったってるだけってのも、なかなかホネが折れるもんだな」
「どうした、剛袁。君も座ればいい」
「いえ……」
目を迷わせた剛袁が、蕪雑を伺う。
「うん? どうした」
「蕪雑兄ぃは、寧叡やその部下に、居場所を作ろうとなされておられるのでは、ありませんか」
「えっ」
烏有が目を丸くし、蕪雑を見る。蕪雑は「うーん」とうなりながら、こめかみを掻いた。
「そんな大層なモンじゃねぇよ。あのまんまだと話し合いは長引きそうだったからさ。突っ立っていなきゃいけねぇのも辛ぇし、玄晶がどうするつもりなのかは、さっぱりわかんなかったけど、寧叡とその部下が明江の警兵官になってくれりゃあ、助かるだろ」
「そうだね。そうなってくれると、ありがたい。彼はもともと、その職に就いていたんだろう? だったら、教育をする手間も省けるからね」
「彼は失脚をしたんだろう? それ相応の理由があるはずだし、上に媚びて下に
「そうかぁ?」
烏有の厳しい声に、のんきな蕪雑の声がかぶさる。
「俺ぁ、そうは思わねぇけどな」
「どうして」
「剛袁も見たことあんだろ? 寧叡がうろついてる姿」
「ええ」
「えらそうにしてたけどよぉ、それで乱暴をしたり、金とかよこせって言ったこたぁ、なかったよな」
「ありません」
「アイツはさ、えらそうにあちこちウロウロしてたけど、それだけなんだよな」
「十分、不快で迷惑な行為だよね。そんな人間に治安を取り締まれるとは思えないよ」
不機嫌を隠そうともせず、烏有はイスの背にもたれかかった。扉の外から声がかかり、女が茶菓を運んでくる。それらが卓に並べられ、女が去るまで、しばし会話は中断された。
烏有はイライラと焼菓子に手を伸ばし、口に入れる。玄晶は様子見をすると決めたらしく、涼しげな顔で茶を喫した。
「そりゃあ、えらそうにされて、すっげぇうっとうしいんだけどよぉ。悪さはしてねぇんだ」
「それは、さっき聞いたよ。見下して文句を言ってくるってだけでも、十分な悪さだと思うんだけどね」
蕪雑は弱った様子で言葉を探しつつ、茶杯に手を伸ばした。
「なんつうか、そんな悪い奴じゃねぇと思うんだよなぁ」
なあ、と蕪雑は立ったままの剛袁に同意を求めた。
「蕪雑兄ぃの言うように、威張りながら歩く、という行為を迷惑と見なさないのであれば、それ以外にこれといった乱暴などは働いておりませんが」
「だろう?」
「その、迷惑行為が悪いと言っているんだよ。そんなふうに、権力を笠に着るような人物は、明江の主旨にそぐわない」
「だぁから、そこなんだよな」
「はっきり言ってくれないか」
「なんつうか、うーん。なんつったら、いいのかなぁ」
蕪雑が剛袁に目顔で助けを求める。剛袁は深々と息を吐き、烏有の前の席に腰かけた。
「烏有。寧叡は失脚するまで、権力を笠に、誰かを見下すような態度や発言をしたことが、ないんですよ」
「それは、そんなことをする必要がなかったからだろう。ところが、失脚すればいままでのようには、いかなくなる。そこで過去の地位を自ら
「そう。……俺も、そう思うんです。というか、俺だけでなく、多くの人がそう受け取っています。蕪雑兄ぃも、そう思っていたんじゃないんですか」
「うん。まあなぁ」
「それが、さきほどの彼の態度を見て、考えが変わったんですね」
「うーん。寧叡を見てっつうより、連れてきた部下の様子が、はじめかもしんねぇな」
「どういうことだい?」
烏有が否定の態度をゆるめ、真意を求める顔になる。
「寧叡の連れてきた連中は、アイツの手勢だろ? アイツが失脚してから、どんぐらいだ。……ええと、俺が牢にぶち込まれるちょっと前だから、6年ほどか。そんでもよぉ、少なくねぇ人数が追従してるよな」
烏有はここに到着したばかりの、寧叡の部隊を思い出す。
「たしかに、そうだね。小隊ほどの人数がいた」
「そいつらの顔、覚えてるか」
「顔?」
「表情だよ。態度でもいい。無理やり連れてこられたって感じ、したか?」
「……よく、覚えていないな」
「そっか。忙しいもんな。ゆっくり見てなんて、いられねぇか」
そうじゃない、と烏有は唇を硬く結んだ。彼等を見ても、めんどうなことを運んできた集団としか思わず、どんな様子なのかを見ようともしていなかった。
玄晶は烏有の変化と蕪雑の態度を見比べて、笑みを深める。
「剛袁は見たか」
「いえ。見ることは見ましたが、様子を意識など、しておりません。我等をどうするつもりなのか、そればかりに意識が向いておりましたので」
「そっかそっか。そうだよな。そこ、心配だよな」
うんうんと蕪雑は納得し、焼菓子に手を伸ばした。
「アイツ等さぁ、交渉がうまくいくわけねぇって、そんな顔をしていたんだよな」
「それは、そうでしょう。彼等は態のいい厄介払いをされたんですから。それを本人たちも認識しているようだと、言いましたよね」
「言ったっけか」
「こちらが傭兵ばかりであるから、雇われる可能性があると考え、おとなしくしているんじゃないかと言ったはずだよ。やっきになっているのは、寧叡ひとりだけだとね」
「それなんだよな」
「え?」
「寧叡だって、わかってんだろう。こっちに雇われたほうが、楽だって」
「玄晶の申し出を断わったときに、彼自身が言っていただろう。自分よりも下だと見ていた相手の配下になりたくはないと」
「それもさぁ、なんかもっと、こう、条件をよくしようってぇ魂胆で、文句を言っているように見えたんだよな」
「しかし彼は、甲柄の方々を見返したいと言っていたじゃないか」
「それも本気ではあるんだろうけどよぉ……。なんつったらいいのかなぁ」
弱ったなぁと蕪雑がぼやく。玄晶が手を叩いて、自分に注目を集めた。
「蕪雑の言いたいことは、こうだろう。寧叡たちは、自分たちが甲柄から追い払われたと知っている。だからといって、
「それで、あんな態度だったと言いたいのか。しかし玄晶、彼は本気で、甲柄の人々を見返したいようだったけれど」
「それは本心だろうね。本心と計算を折り混ぜた、なかなかの交渉術だと思うよ。彼の失脚の理由は知らないが、武官のなかでも警兵官は、立場の難しい仕事だからね。かけひきができなければ、人を使う立場には立てない」
「寧叡の失脚の理由、探ってこようか」
いつの間に戻っていたのか、袁燕がヒョッコリと顔を出す。
「ああ。おかえり、袁燕。その必要はないよ。彼の過去に、興味はないからね。それよりも、蕪雑。君は彼が、部下のために嫌われ役を引き受けている、とでも考えているのではないかな」
袁燕を手招きながら、玄晶は問うた。袁燕は玄晶の隣に座ると、彼の焼菓子に手を伸ばし、ぱくついた。剛袁がたしなめるのを、玄晶は笑って制する。
「どうなんだろうな。そう言われりゃあ、ああそうかって思うけどよぉ。俺ぁ、なんつうか、居場所を作るために、ああしてるんだろうなって気になったんだよ」
「どうして?」
「自分が納得できる、理由を欲しがってんじゃねぇかなってさ。だったら、わかりやすい方法で、それをやりゃあいいと思ったんだよ」
「だから、決闘の申し込みかい」
「それなら、仕方ねぇって納得できんだろ。寧叡も、その部下もよぉ」
「蕪雑は頭ではなく、感覚で生きているのだな」
玄晶がちらりと烏有を見る。烏有は、ふいっとそっぽを向いた。
「それによ。部下ってなぁ、寧叡の部下なんだろ。よその頭目んとこに行かずに、アイツにくっついたまんま、ずっといたってことはよぉ、そういうことなんじゃねぇのかって、思うんだよな」
「そういうことって、どういうことだい」
烏有の声に苛立ちが乗っている。
「人がくっついていられる頭目だってことだよ」
屈託のない蕪雑の笑みに、烏有は尖った意識を投げ出すように息を吐き、立ち上がった。
「決まったことは、仕方がないね。蕪雑が無事に勝利してくれることを、祈るだけだよ」
「おう。まかせとけ」
立ち去りかけた烏有は、続いた蕪雑の言葉に足を止めた。
「ところで。決闘って、どうやってするんだ」
時間が止まる。ひとり事情を知らない袁燕だけが、普段どおりの顔で焼菓子をほおばっていた。
「ぷ……っはは! そうか、そうだな。決闘の作法なんて、知らなくて当然だ。わかった、大丈夫だ。準備は私がしておくから。蕪雑はただ、全力を尽くすことだけを考えていればいい」
玄晶は笑いながら、心配そうな剛袁に安堵をうながす笑みを向け、意地の悪い目で烏有を見た。
烏有は目つきを険しくし、苛立ちを扉にぶつけて立ち去った。
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