決闘


 招かれざる客が、木の香り漂う真新しい領主屋敷の応接室で、ふんぞりかえっている。その横の控えの間で、烏有うゆう蕪雑ぶざつ剛袁ごうえん袁燕えんえん玄晶げんしょうの5人は、顔を突き合わせていた。

「ありゃあ、間違いなく寧叡ねいえいだな」

 蕪雑が腕組みをしてうなる。

「どうして彼が、甲柄こうえからの使者なのでしょうか。かなり前に失脚し、それからは中途半端な地位であり続けているはずです。とてものこと、交渉の使者に立てるような人物ではないと思うのですが」

 剛袁が顔をしかめると、袁燕はよくわからないという顔をした。

「あいつ、いっつも俺っちたちのこと、平民ふぜいがとか、なんだとかって言って、バカにしてたくせに、兄さんが豪族の屋敷で働きはじめたとたん、俺っちら家族にだけは、急に仲間だとか言い出したんだ。そんなに偉い奴じゃないぞ」

「なるほどなるほど」

 クスクスと楽しげに、玄晶が応接室の扉へ目を向ける。

「なにが面白ぇんだ?」

 妙な顔をする蕪雑に、烏有が説明をした。

「玄晶は、甲柄と寧叡の思惑がわかったんですよ」

「烏有も、わかってんのか」

「剛袁も察しているんじゃないかな」

 烏有に水をむけられて、剛袁は嘆息した。

「おそらく甲柄の上層は、それほど我等を重要視してはいないのでしょう。しかし、中層、あるいは下層あたりが、しめしがつかないとでも、さわいだのではありませんか」

「そうだろうねぇ。逃げた罪人を引き渡せ、と言っているわりには、彼の手勢にやる気は見えない。というか、こちらの兵を見て、やる気が失せた、というところかな」

 玄晶は現状が愉快でならないらしい。人の悪い笑みを浮かべ続けている。

「兵って言っても、俺っちたちのは玄晶がとりあえず集めた傭兵だろう? 国がどうのとかいうのには、関係ないぞ」

「傭兵だからこそ、ですよ」

 烏有がめんどうくさそうに、息を吐いた。

「相手の手勢はこちらの兵が一時的に雇われた者だと知った。つまり、明江めいこうには明確な軍事力が備わっていないんです。ということは、これから募集をかけるだろうと、予測ができる。流れてきた農夫や工夫こうふなどを、広く受け入れている新興国だからこそ、それなりの技量や素性を持っている自分たちが、正規の警兵官けいへいかんとして雇われる可能性は高い、と考えたのだと思うよ」

「やる気になっているのは、応接室のイスの上で、ふんぞり返っている彼だけ、というわけだ。まったくかわいそうな人だよね。自分がどれほど滑稽で憐れな道化か、わかっていないのだから」

 ククク、と玄晶が喉を鳴らす。

「玄晶。どうするつもりなんだ」

「どうするもこうするも。このまま、応接室に閉じ込めておくわけにも、いかないからね。話し合いをして、納得をしてくれなければ、それなりの対応をするしかないだろう」

「それなりというと、買収か、甲柄の領主へ直接の交渉、というところでしょうか」

「剛袁。甲柄の領主は先を見越しているはずだよ。申し出は却下され、罪人は戻って来ない、とね。そういう取り決めをしておいたからな。もしも募集をかけて集まった人々が、仕事を終えても戻りたくないと言い出せば、そのまま貰い受けるとね。国を造ると言っても、民がいなければはじまらない。それを向こうは重々理解していたよ。そのために放棄される畑のことなどを考慮した謝礼を、先に支払ってもいる。安くはなかったけれど、穏便に進めたかったからね」

「それなのに、文句を言ってきたアイツ等が悪いってぇわけか。俺等が牢破りをした奴等だと知れたからだな。迷惑をかけて、すまねぇ」

 蕪雑が頭を下げる。玄晶は笑いを堪えながら、彼の肩に手を乗せた。

「実直な男だねぇ、蕪雑は。だからこそ烏有は、夢を託そうと考えついたのだろうが」

「玄晶。いつまでも状況を楽しんでいないで、どうにかしてくれないか」

「そうだな。いつまでもここで、話し合いをしていても仕方がないし。これは烏有や剛袁の勉強にもなる事案だからね。ふたりも一緒に、応接室へ来てもらうよ。もちろん、蕪雑もだ」

「俺っちは?」

「袁燕は、蕪雑のように、自分たちのせいで物騒な連中がやってきたんじゃないかと、気にしている者たちを、大丈夫だと安心させてきてほしい。私はそれを承知の上で、包み隠さず甲柄の領主と交渉をしたのだから、あれこれと難癖をつけられるいわれはないとね。証文もきちんととってあるから、追い出されるのは彼等のほうだよ。まあ、多少、手荒で物騒なことにはなるかもしれないが、そのときはそのときだ。いつも通りに過ごしておいてくれと、触れ回ってくれ」

「わかった」

「それじゃあ、行こうか」

 玄晶が先に立ち、応接室への扉に手をかけようとするのを、剛袁が制した。

「誰が最高権力者なのかを、ああいう男には示す必要がありますから。入室の順番にも、気を配っておくほうがいいでしょう」

 玄晶は感心し、眉を上げる。

「どういうことだ?」

 蕪雑の問いに、剛袁は強い目で確認をするように、それぞれの顔を見た。

「扉は、俺が開けます。俺たちの間に上下関係はなくとも、寧叡にはそれを感じさせなくてはなりません。ここを管理、運営している支配者がいると思わせておくほうが、話は進めやすくなりますから。そして、この場でその役ができるのは、からやってきた官僚の一族という肩書きを持つ、玄晶だけです」

「計画を持ちかけ、実行に移したのが誰であろうと、表向きの代表者は、玄晶ですからね。それがいいでしょう。あくまでも僕たちは、領主という地位を手に入れたい玄晶の呼びかけに応じた、という態度でいるのが得策だろうね」

 蕪雑が首をかしげる。

「けどよぉ。そんなら俺ぁ、どうやって玄晶と知り合ったってぇ突っ込まれたら、どうすりゃいいんだ」

「それは僕が、ツナギになったと言えばいいんだよ」

「ツナギ?」

「岐の楽士であった僕は、いずれ玄晶がどこかの領主となるために、各地の情報を集めてくるようにと命じられた。そして僕が、どこの府も人々があふれ、外に属村ぞくそんを作っていると報告をした。それならいっそ、自分の理想の府を作り、そこの領主になろうと玄晶は計画し、豪族となれそうな人材を求めた。そんなときに、罪ともいえない罪に問われて逃げ出した人々を、うまくまとめて集落を作っている蕪雑と僕が出会い、この男ならと玄晶に連絡をし、計画実行となった」

「えっ。そうだったのか」

「違うよ、蕪雑。そういうことにしておこうと、僕は言っているんだ。対外的には、それが一番、納得されやすいだろうからね。――楽士の夢を叶えるために、官僚として働いていた玄晶が力を貸している、なんて信じられるはずもないだろう」

「そうかぁ? 兄弟同然で育ったんだろ。だったら、そういうことだってアリなんじゃねぇのか」

「ああ、蕪雑」

 玄晶が好ましそうに目を細める。

「烏有が惚れ込む理由が、付き合うごとに身に沁みてくるね。そういう蕪雑だからこそ、剛袁も袁燕も、ほかの人々も惹かれて集まってくるんだろう。さあ、蕪雑。そういうことにしておいて、応接室に入ったら謙虚な姿勢で、私を立ててもらうよ」

「って言われてもよぉ。どうすりゃいいのか、わかんねぇよ」

 困り顔の蕪雑をなだめるように、烏有がやわらかく語りかける。

「玄晶の座る椅子の背後の壁ぎわに、黙って姿勢正しく立っていればいいだけだよ。口を挟まず、ただ、静かにね。わからなかったら、僕や剛袁の真似をしていればいいから」

 うへぇ、と蕪雑は唇をひん曲げた。

「そういうの、苦手なんだよなぁ」

「苦手でもなんでも、してもらわないとね。仲間を守るためだよ。さあ、3人とも。しっかりと私をうやまってくれよ」

 ウキウキとする玄晶に渋面になりつつも、剛袁は慣れた手つきで扉を開けた。

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