第44話

 メガネをかけてヘッドフォンを耳に当てると、すぐに波の音が聞こえてきましたの。


 しばらく待っていると、ディスプレイに『_Are you ready?』とタイピングされ、それをウィンクでクリック。


 IDやパス入力などという煩わしいものは引継ぎの最初だけで、二回目からは虹彩データで認証しているみたいですの。



「便利な世の中になったもんですわ」



 BEO2のような厳ついゴーグルもいらないですし、オシャレなメガネとヘッドフォンをパソコンに繋げるだけですぐにファンタジーゲーム世界に行けるんですもの。


 BEO無印のときはもっと大変で、専用の筐体とゴテゴテしたヘッドギア必須なんて時代だったみたいですが……あ、視界が虹色に輝き始めましたわ。ロード終了の合図ですの。


 橙色に煌く電子の海を泳いで神経接続チェックを終えたらすぐに開けた場所に出ましたわ。




「いつ見ても幻想的なログイン会場ですわねぇ。あ、今回はビルの屋上なんですのね……きれいな夜景ですの~っ」




 たくさんのスポットライトに照らされたこのライブステージのような場所は『ログイン会場』と呼ばれるものですわ。これからダイブする方たちでいっぱいですの!


 ここは面白いことに、毎回ランダムで景色が変わるという素敵仕様なんですの。たしか前回は水族館のライブステージでしたわね。




 ゲーム世界に入って神経接続チェックを完了するとこのログイン会場に集まることになっているのですが……あら? あの涙目になってウロウロしてるあの方、もしかしていおさんじゃありませんのっ!




「いおさーんっ、どうしたんですの?」


「う、歌雨さん~っ!! あ、ダメにゃっ……その、あの、あまり見ないで……」




 なんだか様子がおかしいですの。


 わたくしを見ては目を逸らしたり……なんですの?




「わたくしの体に何かついてますの?」




 そう胸やお腹を触って確認していますと、




「にゃあ……歌雨さんって色々と凄いですよね。私は、あの、このログイン会場とっても恥ずかしいなって」




 と、顔を赤くしながらわたくしの胸を凝視するいおさん。


 ははーん、なるほど。そういうことでしたのね。


 このログイン会場にはたくさんの人がいますの。さしづめ、みんなに自分の裸体を見られて恥ずかしいから、なるべく周りの人が減ってからダイブしようとしているのでしょう。


 ふふっ。恥ずかしがり屋さんないおさん、とっても可愛いですの!




 ……にしても、温泉のときはバスタオルガードが固かったのであまり見えませんでしたが。こうして見るとムチムチしていて中々エキゾチックな体をしてますわねぇ。


 ああ、わたくしもいおさんみたいに身長があれば少しは大人のレディっぽく見られますのに。




「あ、あの。歌雨さん……?」


「わたくしのよりもピンク色なんですのね……でもぷっくりしていて柔らかそうですの」


「にゃあ!? ど、どこ見てますにゃーっ!」




 あっ、あまりジロジロ見ているとまた泣いちゃいますわね(というかすでにウルウル目になっちゃっていますわ……)、なるべく見ないようにしませんと!




「もう約束の時間ですわよ。はやくダイブしちゃいましょう」


「……えっと、だってまだいっぱい人がいますし、そのぉ」


「みんな女の子たちばかりなんですのよ? 誰もわたくし達の裸体なんて見ていませんの」


「は、はうぅう~。でもでも、恥ずかしいにゃあ」




 桃色の髪をぶんぶんと振って座り込んでしまいましたの。


 うっ、甘い香りが振りまかれていますわ……どんな高級シャンプーを使っているのでしょう。わたくしの使ってるものとはレベルが違うような気がしますの。


 どこか高級感漂ういおさんなのに、どうしてちゃんとした美容院にいかないのでしょう。ほんと、雑にカットされた髪の毛だけが悔やまれますわ。




「ね、ねぇ。あのピンク色の髪の人ってさ……もしかして」


「え。だれだれ?」


「絶対そうだって」


「まっさかぁ……」




 あら。誰かがいおさんのことを指差しましたの。


 お知り合いさんでしょうか――って、わわっ!?




「い、行きましょう……歌雨さん」


「え、あ。はいですの」




 わたくしの手を引っ張ってライブステージへとすたすた向かういおさん。


 何故か逃げるように、と言いますか俯いたまま歩いていますの。


 チラッと顔を窺ってみたのですが……唇が震えていましたわ。 




「あ、ごめんなさい……。無理やり、その」


「いえいえ。大丈夫ですの、それよりも顔色が青いですわよ」




 よく見れば体も震えていますわ。わたくし、本当に心配ですの……。




「体調が悪いのなら、無理にダイブしなくても大丈夫ですの。わたくしからみやかに言ってまた後日ということにしますわっ」




 ギュッと手を握って言うわたくしに、




「う、歌雨さん、歌雨さんっ……にゃあぁんっ」




 ぼろぼろ泣きながら抱きつかれましたの。


 一体なにがなんだか……でも、よしよしと撫でますの。




「大丈夫、大丈夫ですわ。不安があるのならなんでも気兼ねなくわたくしに話してくださいまし。みやかの言葉を借りますが、わたくし達はたった五人だけの仲間なんですのよ? もっとたくさんいおさんのこと知りたいですわ」


「ううっ、ごめんなさい……今は、でも……ありがとうございますにゃって」


「いいんですの、言いたい時が来るまでわたくし待っていますわ」




 優しく頭をポンポンすると、いおさんがそっと離れましたわ。


 うっ、わ……。


 わたくし思わず見とれてしまいましたの。




「わ、私、とっても幸せだにゃって。歌雨さんともっと仲良くなれたら、嬉しいです」




 潤んだ瞳、少し息を切らしたのでしょうか、はぁはぁという小刻みな呼吸音。じんわりと汗で張り付いた髪の毛、上気した頬。


 なんて、なんて色っぽくて美しい方なのでしょう! これですわ! わたくしに足りない大人の色気というものをいおさんに感じますのっ、わたくし感じますの!!




「えっと、歌雨……さん?」


「はっ!? ええ、ああ。そうですわね……ていうか、すでにわたくし達仲良しだと思いますわ。ギルティメイズに潜って遊べばみんなとももっと仲良くなれると思いますのっ」




 そうシドロモドロになりながらわたくしが言いますと、ホッと安心したように胸に手を当てて、




「にゃにゃっ、嬉しいにゃあ! う、歌雨さんが学校で人気だっていうのも……なんとなく解っちゃったり。いいなぁ、流山女学院かぁ」


「え? なんか言いまして?」


「にゃ、にゃんでもないですっ!」




 とりあえず、もうダイブしないとみやかが怒っちゃいますの。




「さあ、行きますわよっ。いざ、ギルティメイズ攻略!」


「……はいですにゃっ!」




 ライブステージの中央に立つと、下を見ましたの。


 マーブル模様に輝く泉。この中に飛び込めば首都リバランカに転送されますわ。




「この泉にダイブする瞬間がこれまた気持ち良いんですの!」


「えへへ。ちょっとくすぐったい感じがしますよね……でも私も気持ちよくて大好きだにゃって」




 すっかり泣き止んで楽しそうに笑ういおさんの手を、ギュッと握って、




「えいっ!」




 二人で一緒に飛び込みましたの。


 そのときですわ。




 ☆リトルハート達成ボーナス デュアルソング習得――!


 《二人の絆値がリトルハートを満たした為、デバッファープリンセス×ヒーラープリンセスの新しい歌が解放されました》




 いきなりスキル……いえ、ニューソング習得のウィンドウが視界に出てきましたの。


 それはいおさんも同じらしく、二人で顔を見合わせちゃいましたの。


 不思議に思っているのも一瞬、すぐにわたくし達の体に下着、そして制服が装備されるとリバランカの噴水広場前まで転送されましたわ。

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