第30話
「怒りを静めろって……! こんなの、ど、どうすればいいのですのっ」
轟音を立ててなぎ払われる金色の斧。
とっさに、ビートアックスを構えたのですが、
「きゃああっ!!」
ぐっ……弾かれてしまいましたの。
なんて重い攻撃――たった一撃でわたくしのHPが半分以上も持っていかれてしまいましたわ。
ガードは間に合ったハズですのに!
「ブフフフッ! ワガハイハ無敵ダッ! 同胞タチノウラミガ、集マッテキテオル」
斧を地面に突き刺し、盾を掲げるミノタウロスキング。
一体なにをしているんですの……と片膝をついたまま見上げていましたら、赤いモヤのようなものがミノキングの周りに集まってきましたわ。
それらが巨大な銀盾の中央へと吸い込まれ――
「ママ、ミノキングの力が膨れ上がっていくですぅ! 多分、
「シャノン、あなた敵モンスターのレベルとかステータスを見れるんですの?」
「えっと。それが、はっきりとは分からないんですぅ……おおよその予想が出来るだけなのですぅ。そ、そんなことよりも斧を装備し直さないとマズイですよぅ」
「言われなくてもさっきからやってますの……」
ですが、さっきのガードで両手が痺れて思うように引き寄せられませんわ。
ふふっ、レベル40ですか。わたくしのレベルが14……さすがにまずいですわね。
――BEO2でもそうでしたが、いくら
こうなったら、外に出て逃げるしか他ありませんわ!
と。すぐ背後にある入口へと向かったのですが、そこにあるべきはずの光はなく、真っ暗に閉ざされていました。
「ど、どうして入口が消えていますの!?」
痺れている手を無理やり動かして入口だったハズの岩壁を触ってみたのですが、うんともすんとも言いませんわ。
「ダメですぅ、MROだとダンジョン内ではエリアボスに会った場合逃げられない仕様になっているですぅ!」
「なっ!? ウェアウルフのときは逃げろって書いてありましたからてっきりボスでも逃げられるものだと……」
「それはそういうクエストの達成条件だから特別なんですぅ。基本的には逃げられないですよぅ! だから、シャノンは焦ってるんですぅ!」
今にも泣きそうな顔でわたくしの周りを飛びまわるシャノン。
なんてことですの……道具屋で
う、迂闊でしたわ。ま、まさかこんなことに――
「ぐがっ!!?」
「ブフフッ、チョコマカ、ニゲルナ小娘ッ!」
きょ、巨大な手で掴まれてしまいましたの――く、苦しい……ですわ!!
視界にノイズが走り、見る見るうちに体力ゲージが減っていきますの。
アックスを引き寄せようにも、全身を握られて……。
「が……は……ッ!」
「ワガハイハ、キングナノダ……ブフッ! ナメルナヨォ?」
痛い、痛いですの!
肩と腕がみしみしと音を立てますの……。
神経接続のせいか分かりませんが、BEO2とは比べ物にならないほどの凄まじい痛みを感じますわ……。
「い、いっそ、ひと思いに倒して欲しいですの……」
こんなに苦しいのなら、と。
口から泡を吹きつつ、やっとのことで言えたセリフに、ミノタウロスキングはニヤリと口角を上げて、
「ソノ顔、ソノ声、ソノ目……ブフフッ、楽シイ! 楽シイゾ! ワガハイヲ、モット楽シマセロ、小娘ッ!」
「きゃっ!?」
急に制服のケープ部分を指でつままれたかと思うと、ベロンと舌で全身を舐められてしまいましたの。
何度もわたくしの体をぺろぺろと嘗め回すミノタウロスキング……一体なんのつもりですの!?
「く、くさいっ! 気持ち悪いですわっ、やめてくださいまし!」
「ブフフッ! 元気二ナッタナ!」
……えっ!?
そういえばヒットポイントが回復しているようですの。
もしかしてミノタウロスの舌にはヒール効果が――いえ、それよりも!
「なんでわたくしを回復し……ぐ、あっ!!」
ケープをつまんだままわたくしを壁に叩きつけてきやがりますの。
楽しそうにブヒブヒ鼻を鳴らしながら何度も、何度も。まるで人形を弄ぶかのような……。
――ああ、なるほど。そういうことですのね。
わたくしを回復しては、倒さないようにちくちくダメージを与えて、恨みとやらを晴らすミノタウロスキング。
こいつ、とんだクズですわ。
「……クソッたれが。反吐が出ますわね」
ギリッ、と。
何度も叩きつけられながらわたくしが悔しさと、苦しさと、痛みと、怒りの混じったぐちゃぐちゃの感情で唇を噛んだ……そのとき。
『
な、なんですのこの声……!?
いきなり頭の中に聞こえてきたボイスチェンジャーを使ったような聞き取りにくい声に戸惑っていますと、
『ここには貴女を縛る枷たちは居ないのよ。妖精しかいないのだから存分に力を使えばいいのに――そうでしょう、フィフス・キング?』
意味が分かりませんが、黙っているつもりもありませんわ。
試しに心の中で語りかけるようにしてみますの。
『フィフス・キングって、わたくしはキングでもウェザー・キングですのよ? それに貴女は一体誰なんですの?』
『……私はオールド・エンド、かしらね』
『オ、オールドエンド?』
変な名前ですわね……それともわたくしのウェザーキングみたいな異名なのでしょうか。
『自分のこともロクに知らないクセに、私を知ろうとしないで欲しいものね。貴女はBEO2の
『ぐっ……でも、みやかに負けて以来、わたくしはログインしていませんのよ……とっくに1位から落ちているはず……うぐっ!』
『そうね
『わ、わたくしが、5鯖最強……? きゃあっ!?』
痛みで話に集中出来ませんわ……またヒットポイントが3割まで減ってしまいましたの。
ケープが外れ、地面へと落下したわたくしに近寄るミノキング。
……のんきに話している場合じゃありませんわね。
「マ、ママをいじめないでですぅ!」
「シャノン!?」
目の前に両手を広げて飛び出したシャノン。
ぼろぼろ涙をこぼしながら、わたくしを庇うそのちっちゃな背中――
「ブフフッ!! ドケッ! クソザコメッ!!」
「ひいっ! ど、どかねーですよぅ……!」
ビクッと、シャノンが身を震わせた瞬間。
わたくしの、
わたくしの。
……俺の目の前が橙色の光と共に弾けた。
「――シャノン、に、逃げろ」
「え? ママ、眼が光って……」
「いいから、いいから……とっとと逃げろォ!!」
「は、はいですぅ~!!」
ノイズを走らせながら世界がオレンジ色に歪んでいく。
俺の視界の右上に『残り77秒』との表示が現れ、それと同時に眼が熱くなっていくのを感じた。
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