第22話

「えっとえっと、ミラーコンパクトのパーティタブを開くですぅ」

「開きましたわ!」

「そこの『歌姫』をぽちっとタッチするですよぅ?」


 言われたままタッチしてみますの。

 わたくしの名前の『ピース』の文字色が『後方』の黒からピンク色に変わりましたわ。

 あとは……えっと。そ、それだけなんですの……?


「ママのゲージの横に三段階のハートがあるですぅ。小さいハートはリトルハート、中くらいのハートはキューティハート、一番大きいハートの三段階目はまだ未解放のはずですぅ」

「そういえばありましたわね……。わたくし達、三人とも小さいハートが点滅している状態になっていますわ」

「ですですぅ。敵に攻撃を当てたりとか、敵の攻撃を避けたり。他にも色々アクションを起こすと溜まる、ハート型のゲージですぅ。隊列の『歌姫』以外はその大きさによって強いエクストラEXスキルが使えるですぅ」


 ふよふよとわたくしの周りを飛びまわりながら饒舌に説明する妖精さん。

 ゼッちゃんさんの言ったとおり、MROの知識が半端ねーですの。

 

 とりあえず、妖精さんの説明によるとわたくし達は今『二つ目のキューティハート』まではゲージが溜まるようですの。

 ゲージの段階によってEXスキルが使えるみたいですが、わたくし達はまだまだ低レベルなので何も覚えていない状態。

 ただ、パーティ隊列『歌姫』にすると『一つ目のリトルハート』さえ溜まっていればプリンセスモードになれるみたいですわ。


 ハートのゲージが溜まるまでは『歌スキル』で簡単な妨害や強化が出来るみたいですが、『歌姫』だと全ステータスが半減してしまったり、被ダメージが三倍まで跳ね上がったりするとかなんとか……。

 普段は前方か後方にしてゲージを溜めたほうが無難ですわね。


「ありがとうございますの、妖精さん。大体わかりましたわ。ゲージは一個溜まってますわね……。プリンセスモードに変身――とにかく、やってみるしかねーですの!」


 変身のやり方については一通り教えてもらいましたの。

 ふんすっ! と、わたくしが鼻息荒くして改めて前を向いたとき、


「ななよ、あんたさっきから何をブツブツ言って……やぁあん! なにその子、超可愛いじゃんっ!!」


 大はしゃぎで妖精さんを抱きしめて頬ずりし始めるみやか。「や、やめるですぅ~」と涙目の妖精さんをひょいっと取り返して、わたくしはさっきの説明を軽くお二人にしましたの。

 最初はポカンとしていたむいとみやかでしたが、ワンチャンスあるかもしれないと最後には頷いて武器を構えましたわ。


「よしっ、『後方』から『前方』へ隊列チェンジ! あいつのヘイト敵からの注目度はあたしが稼ぐわ」

「わかった。むいはななよちゃんの変身をバニッシングで守るね!」


 それまでニタニタとわたくし達を見下ろしていたウェアウルフがいよいよ動き出そうとしたとき。

 わたくしは右手を掲げて、


「リッスン! さぁ、よくお聴きくださいまし……。リトルプリンセスモード! ミュージック……スタート!」


 右手人差し指にはめた指輪へとキスをしましたの。

 次の瞬間、インペリアルトパーズの中央に『地』の文字が現れたかと思いますと、軽快なミュージックとともにわたくしの周りにきらきら輝く音符やらお花やらが出てきましたわ。


 こ、ここまでは順調ですわね。

 一つ息をはいて、くるりとステップを踏みながら一回転。そして、おへそに右手をかざして、


「変身……ですのっ!!」


 暖かいオレンジ色のスポットライトがわたくしを包みましたわ。一瞬のうちに裸へとむかれ、大地から飛び出した無数の触手植物がわたくしに絡みつきましたの。

 ひえぇえん、くすぐったいですわ~っ! ……が、がまん、がまん!

 やがてその触手が光と一緒に弾けた頃にはコスチューム姿へと着替え終えていましたわ。


「ママ、素敵素敵! とっても大成功なんですぅ!」

「ありがとうございますの……それにしても、なんとも破廉恥な格好ですわね」


 オレンジ色を基調とした、やけにスースーするふりふりなドレスに顔を赤くしておりましたが、


「危ないっ! 『バニッシング・フラット』……! ななよちゃん、大丈夫!?」

「え、ええ!」


 目の前で虹色の光が炸裂しましたの。きっと何らかのウルフの攻撃をバニ無効化ってくださったんですのね。

 ――恥ずかしがってる場合じゃありませんわね!


「みやか、むい! 今から歌でデバフ弱体化ソングをかけますの。相手が弱まりましたら、妖精さんが教えてくれるみたいですわ! そのとき一斉反撃ですのっ!」

「ななよちゃん……うん、わかった。任せて!!」

「了解! ななよ、あんたに賭けるわよっ」


 お二人が同時に頷き、ウェアウルフへと走り出しましたの。

 歌を妨害されたら終わり……ステータス補正も最低、被ダメも3倍。攻撃が当たったら一撃でわたくしは倒れてしまうでしょう。

 でも――わたくしはむいとみやかを信じますわ!


 視界の端に映る【SP消費10:拘束の歌-ヨルムンガンド-】をウィンクで選択。

 目を閉じ、メロディに体を委ねましたの。


 音に合わせてステップを踏むたび、すらすらと歌が口から出てきましたわ。

 楽しげな曲調なのに、歌詞はどこか寂しそう。不思議なものですわね……一回も聴いたことありませんのに、どこか懐かしくもありますの。

 

「ウェアウルフの動きが止まりやがったですぅ! ママ、次は防御低下の歌ですぅ!」

「……わかりましたわ」


 歌に集中してますから、敵がどのようになっているかイマイチ分かりませんの。

 片目を開けたわたくしは、【SP消費10:氷帝の歌-ニヴルヘイム-】を選択して、ダンスを始めました。

 悲しげな歌に、思わず涙を流しそうになってしまいましたわ! この感覚――どう表現したらいいものでしょう。

 とにかく、状況がどうなってるか分かりませんが、全力で歌うだけですの!


「なに、この歌……。ウ、ウェアウルフの防御ステータス値が180から-5800!? 二ヴルは上手く歌ってもステータスゼロまでが限界のはずなのに……マイナスまで下がるなんてどうなってるわけよ!?」

「この声……ゼッちゃんさん?」


 思わずパッと目を開けたのですが……な、なんですのこれ!!

 ウェアウルフが大きな氷像になっていましたの。ヘンテコなポーズで凍っている狼男さん。

 こ、これわたくしの歌によるものですわよね……。


「凄い凄い! 限界値、最低のマイナス9999まで下がっちまったですよぅ? 攻撃、ガツンとやってやるですぅ!」


 唖然としていたお二人の周りをくるくる回る妖精さんに、


「わ、わかったわ! 行くわよ、むいっ!」

「……うん!」


 みやかの火蜂靴による蹴りとむいの一太刀で、あっけなくウルフの体力バーがゼロになってしまいましたわ。

 通常攻撃であの膨大なHPが一気にゼロ――いくらなんでもチート過ぎな気がするような……。

 と思っていましたら、変身の時間切れなのでしょうか、私の格好が元に戻っちゃいましたの。


「ふわぁあ。な、なんなのでしょう、この高揚感……。これが歌って踊る新感覚VRMMO、《Music Rainbow Online》なんですのね!」


 今のわたくし、とんでもなくおマヌケな顔してそうですわ。

 だって、まさかこんなに夢中になれるとは思ってもみなかったんですもの!

 それに――歌って踊るのってこんなにも楽しいものだったのですね……ああっ、MROとっても最高ですのっ!


 ★ No.3 緊急クエスト【暴走のウェアウルフから逃れろ!】――クリア!

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