第20話

 やにわにみやかへと振り下ろされる狼の尻尾。


「尻尾が鎖にィ!?」

 

 PTパーティ隊列『後方』のステータス補正のおかげか、すんでのところで回避したみやかが驚愕の声をあげましたの。


「こりゃまた、チュートリアルボスあるまじき迫力ねぇ……って、わわわっ」


 本当に鎖と化しているのでしょう、曲線を描くような軌道で追撃の手を緩めないウェアウルフ。

 まさか連続で攻撃されるとは思ってもいなかったようですの(大抵序盤のボスは攻撃したあと大きな隙がありますわ)、やはり最大まで強化されているようですわね。

 そんな不意打ちを、


「みやかちゃんっ!! 間に合って、『バニッシング・フラット』……!」


 鎖が当たる直前、ロングソードで弾くむい。独特の小気味良い音とともに、『弾き成功』を示す虹色に輝く光のエフェクトが剣先から飛び出しましたの。

 『バニッシング・フラット』……盾役専用特殊防御スキル。おそらくこのMROではヴァルキリーナイトが盾役でしょうから、むいだけが使えるはずですわ。


 でも……バニフラはタイミングを見極めるのが超絶困難な玄人向けスキル。

 相手の攻撃を受けるたった一瞬の間にスキルを発動すればその攻撃を無効化出来るのですが、失敗すれば被ダメージは2倍まで跳ね上がってしまいますの。


「あんな攻撃を初見でバニったの……!? むい、あんた本当に商売専門だったワケ!?」

「えっへへ。ダメもとでもやってみるもんだね……。それより、みやかちゃん、ビースト・パージお願い!」


 その言葉にニヤリと笑ったみやかは、火蜂に向かって、


「言われなくったって! 『ビースト・パージ装着』よ、火蜂ちゃん!」


 みやかの命令を受けた途端、火蜂が機械音を立てて即座に分解されていきましたの!

 あれよあれよという間に五つの形へとバラバラになった火蜂。

 二つは二丁の黒い銃。もう二つは一足の黒い靴へと、そして最後の一つは――琥珀色の一対の羽でしたわ。


 それらが青い炎を纏いながら次々にみやかへと『装着』されていきました……まさか、火蜂にこんな仕組みがあったなんて!


「はっはーん! 前作のときより、ちったあ楽しませてくれそうじゃない。でも、このみやか様にかかればお茶の子さいさいってなもんよっ!」


 羽を動かして急浮上、そして加速するみやかは、


「ぶんぶんぶぅん、蜂が飛ぶっ! ガンスリスキル発動――『チェインショット』!」


 二丁の銃――アサルトライフルのようなものから連続で青い炎がほとばしりましたの。

 それらはウェアウルフの四肢に当たったのですが……あら? ゲージを見るに、ダメージは受けていないみたいですの。

 代わりに青い円みたいなものが現れましたわ。


「マーキング四つだけか……まあ、それでも一瞬でしょうね」


 巨大狼の周りを飛びまわって攻撃を避けていたみやかはそれだけ言うと、突然羽を休めて、


「……終わったわ」


 敵に背を向けて立ち止まっちゃいましたの。


「みやか! まだ体力ゲージは八割以上も残ってますのよっ」


 わたくしの声と同時に、ウェアウルフの尻尾がみやかに振り下ろされましたわ!

 言わんこっちゃねーですの……と。息を呑んだとき、


「大丈夫。みやかちゃんの『チェインショット』は、時間差の束縛攻撃なんだよ」


 わたくしを守るように前に出たむいは、何故か複雑そうな顔で、


「ななよちゃん、全部防げるか分らないかも……」

「え……?」


 どういうことですの? とハテナマークを浮かべたとき。


「……3、2、1。『チェイン』発動」


 みやかが呟いたと同時に、ウェアウルフの腕、足に描かれた円から青い炎が飛び出しましたの。

 それはまるで鎖のように四肢にまとわりつきましたわ。

 動きを拘束された巨大狼を見るでもなく、


「無様ね。1000匹吸ってその程度ぉ? ……ビーガン蜂銃モード変更。『ベガ』から『アルタイル』へ」


 両手でクルクルと、銃を振り回していたかと思ったら、二つの銃が合体して一つの巨大な銃へと姿を変えましたの。

 もしかしてショットガン……というものでしょうか?


「パッシブのトリプル取得した甲斐があったわね。さあ、楽にしてあげるわ……!!」


 空に向かって何発も撃ち込むみやか。

 なんでそんな何もないところへ……あらら? 弾が空中で静止していますの。


「来るよ、ななよちゃん!」

「ええ!?」


 わたくしを庇いながら雷のロングソードを振り上げたむい。

 なんのことか分からずにいますと、それは起こりましたの。

 突如として空を埋め尽くした無数の弾がどこかへ消えたかと思うと、ウェアウルフに『マーキング』された円から次々に飛び出しましたの!


「ひえぇええ……ですわ」


 あっという間に、それこそ蜂の巣状態となったウェアウルフはその巨体を地に伏しました……の。

 大きな口からコロンコロンと転がってくる鳥カゴを呆然と見るしかありませんでしたわ。


「なあに、そんなにびびっちゃって。あたしの銃はあんた達には当たらないわよ?」

「……あ、そっか。味方には攻撃判定なかったんだっけ。えへへ、バニッシングする気まんまんだったよぅ」

「ふうん。5鯖、第2位のこのあたしの銃をバニるだって~? 言ってくれるじゃあん。なんならPvPで試してみてもいいのよ?」

「あーん! 意地悪なこと言わないでよ~みやかちゃんっ!」


 このお二人……むいもみやかも。なんですの、この娘たち。プレイヤースキルがここまであっただなんて。

 ぞくぞくっとウェザー・キングだった頃を思い出しましたの。二人と戦ってみたい……そんな感情がふつふつと沸きあがったとき。


「うんにゅう~。ママぁ……どこぉ?」


 目の前の鳥カゴから可愛らしい声が聞こえましたわ。きっと妖精さんなのでしょう。

 みやかとむいにも聞こえて……いないようですわね。お二人とも楽しそうにスキルについてお話したり、ドロップアイテムを拾ったりしてますわ。

 もう! クエストは妖精さんを助けることなんですのよ!


 とりあえず、わたくしは鳥カゴに近づいて声をかけてみましたの。


「えっと。あなたが妖精さんですの?」

「……にゅ?」


 鍵はかかってないようですわ。

 パカッと開けると、キラキラとした光を羽から振りまきながら、白いワンピース姿の妖精さんが飛び出してきましたの。

 透き通るようなウォーターブルーのふわっとした長い髪の毛、優しそうなピンク色の瞳の中には小さなお花が咲いておりました。


「まーま?」


 わたくしの顔を珍しそうに覗きこむ妖精さん。

 こ、これは……!!


「おいで?」


 思わず手を差し出してみると、ちょこんと座ったり、わたくしの指をもぐもぐ甘噛みしたり、よちよち綱渡りを始めたり……コホン。


「とってもとっても可愛らしいですわーっ!!!」


 たまらず、ぎゅーっと抱きしめてしまいましたの!


「いひゃいいひゃい……っ」

「あ、ごめんなさい! えっと、あなたお名前なんて言うんですの?」

「……ですの?」

「ですの? じゃなくてですね。なんっつったらいいですかね……。ううむ、どうすりゃいいんですぅ」

「デスゥデスゥ!」

「デスデスって言うんですか? んな名前あるわけねーですの……」

「ネーデスゥ!」


 キャッキャと、はしゃいでいらっしゃいますが……困りましたわ。言葉がいまいち伝わってないようですの。

 この場合、お名前はわたくしがつけるべきなのでしょうか……。

 とりあえずはクエストクリアしたのでこの子を連れて戻りましょうか。

 そう、ミラコンを確認したのですが――


「あら、まだクリアになってない……?」


 その時。妖精さんがわたくしの周りをくるりと飛んで、


「ママ、ママぁ! ウェアウルフが再起動するですぅ! あぶねーですよぅ?」


 可愛らしく首を傾げた妖精さん。

 おそるおそる視界の上部を見やると……ウェアウルフの名前が『暴走のウェアウルフ』に変わって、体力が最大値まで回復しましたの!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る