第9話

「ふぁああ、ひっろーい! すっごーい! きっれーい!」


 感嘆の声をあげてキョロキョロと第2位の部屋を見渡すむい。

 確かに凄いのですわ……。高そうなドレッサー、天蓋付きベッド、キラキラと部屋を照らすシャンデリア。

 なんともはや。お嬢様を通り越してこれではお姫様みたいですわ。


「あ、あんまり人の部屋ジロジロ見ないでよね……。お茶持ってきてあげるから、二人とも大人しく座って待ってなさい」

「はーい! ありがとーっ」

「まぁ。ありがとうございますわ」


 ぽふっとソファに腰掛けてニコニコ笑顔を向けるわたくし達。


「べ、別にいちいちお礼言わなくていいわよ……。なんだか調子狂うわねぇ、あんた達って」


 うふふっ、第2位ってば照れてますの。

 高飛車な言葉遣いばかりするのでついつい忘れてしまいがちですが、さすがお嬢様学校のナガジョに通ってるだけありますの。

 根っ子はやっぱりお嬢様なんですのね。

 でも……。


「BEOに関する本ばかりですわ。こういうところを見るとやっぱり第2位って感じですの」


 巨大なテレビの両脇に本棚がたくさんあるのですが、その中には所狭しとBEO関連の本が並んでいました。

 ええと、なになに……。『BEO2冬の大型パッチ対応版ダイヤグラム掲載!対人完全必勝法!』『あの人に勝ちたいあなたへ。BEO2クラス相性考察。解説ディスクつき』

 その他にも対人戦に関する本でギッシリですわ。


「ど、努力家なんですのね、第2位って……」


 何度もクラスを変えてわたくしに挑んできた第2位。

 色々ありましたわねぇ……。

 彼女との戦いをボーっと振り返っていますと、


「ねぇねぇ。歌雨ちゃん、さっきから第2位第2位って何のこと?」

「何のことって……。あの方、『ミヤカ』と言えば5鯖のランキング2位の有名人さんですわよ」

「えーっ!? そ、そうだったの!? 私、5鯖だったのに全然知らなかったよぅ……」


 おかしいですわねぇ。

 知ってるものとばかり思っていましたの。

 他のサーバーならともかく、5鯖で遊んでいる方々ならばキングと並んで誰もが知っているハズ。

 不動の第1位と不屈の第2位なんですもの……って、そうですわ!


「むいに聞きたいことがありましたわ! 貴女、ランキング何位ですの? MROのβテストの手紙には『上位ランカー百位の方たちだけに送っています』って書いてありましたのっ」


 鼻息を荒くして隣のむいに詰め寄るわたくしに、


「うーん。あんまりランキングとか見てなかったからなぁ。敵さん倒したり採取したりアイテム集めたり売ったりするのが楽しくて、そういうのあんまり興味なかったっていうか……最後はちょっとPvPとかいうゲームモードで遊んだ気がするけど。えへへ、ランキングはわかんないや。ごめんねっ」


 ちょっとPvPを遊んだだけでランカー百位以内……?

 そんなことありえるハズが――


「噂なんだけどさー、百位以外でもゲームマスターに認められた人は招待状が送られたみたいよ。選ばれる理由は分ってないケドね」


 いつの間にかわたくし達の横に立っていた第2位からケーキと紅茶を受け取りつつ、


「わ、ありがとうございますの。でも、噂レベルなんでしょう?」


 と訊ねるわたくしに、


「噂レベルだけどあたしは信じるわ。大体、五つのサーバーからランキング百位以内だけ集めますじゃあ、たったの五百人じゃん。しかも女性プレイヤーだけなら多くても二百人くらい。そんな少ない人数で大型VRMMO……実質BEO3のβテストなんて出来るハズないし、」


 お茶を配り終えた彼女は対面のソファにゆっくりと腰掛けてこう言いましたの。


「それに実際に三人くらいランキング外でも貰った人を知ってるからね」

「三人? それって、私とあとだぁれ?」


 「ありがとー、お茶いただきますね」と続けて紅茶をすするむいに倣って、わたくしも紅茶をすすっていると、


「ほら、隣にいるじゃん。歌雨さんよ」

「!?」


 思わず吹き出しそうになりましたわ。


「なによ、そんな驚いた顔して? だってあんたも少し嗜んだ程度って言ってたじゃん」

「そ、そ、そうでしたわ! なるほど、だからランキング外のわたくしの家にも招待状が届いたんですのねっ」


 あぶねーあぶねーですの……。

 冷や汗だらだら流しながらケーキを頂くわたくしに「やったー! むいと歌雨ちゃんってばすっごいラッキーだねっ! 運命感じちゃったっ」と、またもや抱きついてくるむい。


 って、ちょっと待ってくださいまし。

 今、むいってば自分のことを名前で呼びましたの。

 小学校卒業日のとき、これから中学生になるんだからお嬢様らしくしましょうってにこと三人で決めましたのに……。


「ねぇねぇ、ミヤカ様このケーキおいしーね! むい、これ好きーっ」

「ふふん。トーゼンでしょ。それはパパのお友達のケーキ屋さんから……って、あんたねぇ。ほっぺにクリームついてるわよ」

「きゃははっ、くすぐったいよぅ」

「ジッとしてなさいよ、もう!」


 第2位にゴシゴシと拭いてもらい、笑顔ではしゃぐむい。

 なんなのでしょうこの気持ち……まるでBEO2にのめり込む前に見た光景のような――

 わたくしと、むい。そしてにことこんな日々を送っていたはずなのに。


「あれ? 歌雨ちゃんどうしたの?」


 心配気にわたくしの顔を覗き込んでくるむいに、


「……前の喋り方に戻ってますわよ、むい」

「あっ! ご、ごめんなさい……です」


 しまったと言わんばかりに口を両手で塞ぎましたの。

 その仕草に思わず笑ってしまいましたわ。


「いえ、やっぱりその方がむいらしくて良いですわ」

「歌雨ちゃん……」

「だから、わたくしのこともあの頃のように呼んでくださらない?」


 その途端、むいの顔がパァっと花咲きましたの。


「うんっ、うん……っ! ななよちゃん!」

「ふふ。久しぶりですわね」

「ほんと、ななよちゃんて呼べるの久しぶりだね! えへへ、なんだか懐かしいなあ」

「わたくしもですわ……」


 きっと完璧なお嬢様という変な噂が一人歩きしたせいで、むいに変な遠慮が生まれてしまったのですわ。

 それに、そのときわたくしもBEO2に夢中になってお二人のことが見えなくなっていた――だからギクシャクしてしまったと思いますの。

 本当に嬉しそうな笑顔でわたくしを見るむいの手をそっと握って、


「ねぇ、むい……。こ、これからもわたくしと仲良くしてくださると、その、あの……う、嬉しいですのっ」

「あったり前だよっ! むい達はずっと、ず~っと仲良しだもんね!」


 ギュッと手を握り返されましたの。


「……ありがとうございますわ」


 なんだか照れくさいですわね。と、頬を赤くしながらむいの笑顔を見つめていると、


「あーのーさー。人の家で勝手にイチャイチャするのやめて欲しいんだケドっ」


 ぶすっとした表情で第2位が睨んでおりましたわ。

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