ネッ禁法時代:東京試炸例(トーキョー・バースト・プロトタイプ)#トバプロ

吾奏伸(あそうしん)

プロローグ { 東京都; }

(零)

某所




 真夜中は暗いものだと相場は決まっているというのに、辺り一面を覆い尽くす光芒に両の瞳を灼かれている。それが夢のようで、だから運転手は自分と、自分が運転席に座るこのバスが、超常的な力に操られているのだと思い知った。

 ハンドルを強く握りしめ、歯を食いしばり、フットブレーキの踏み応えが戻ることをここ数十秒ほど念じ続けている。一方で神々しい明るさを目の当たりにして、悲痛な思いが何処かへ通じたとも感じている。だから、高速道路の料金所まで残り百メートルを切ったところで目尻に涙が溢れ始めた。その粒が光を弾いてきらきらとするから、運転手はなおさら平静を保てない。

 時速八十七キロからまったく減速できずにいる。断末魔の車体を料金所の空いたレーンへ導こうとして、ハンドルを左右に切った。だが先行する車が減速を始めているから、かわしつつ走らなければ料金所の突破は叶わない。結局レーンとレーンの狭間を走ることを余儀なくされて、だから運転手は真正面に料金所の支柱を見据えていた。もう一度ハンドルを右に、あるいは左に切りたい。レーンへ戻るためには。しかし追突は免れないので、一か八かでサイドブレーキを引くべきだとも思う。

 その両方を実践した結果。

 大きな車体は不安定になり、望むべき挙動を何一つ実現しないまま、およそ時速八十キロで料金所の支柱に食らいついた。

 それでも運転手は瞳を閉じなかった。

 閉じられなかった。

 周囲は昼間のようにあかるく、しかも夜間の長距離運転で瞳孔は開き気味だったから、その網膜は、視神経の末梢は、あらん限りの光を享受していた。

 衝撃で粉砕されたガラスの破片が瞳孔を突き破り、網膜に到達するまで運転手の視覚野は暗転を許されない。

 真夜中は暗いものだと、相場は決まっているというのに。







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