▶②
君を自由にできるのは宇宙で俺だけだ。そう確信して俺は次の季節が巡る前に決着をつけることにした。
この世界が存在する理由。それは照神が神で居続けるため。札幌神社が移設されて北海道神宮となるために廃れ果てた神社とは認識されなかった廃屋は区画整備のために取り壊された。極一部のわずか数名の住民は壊さないよう声を上げたがあまりに無力だった。
信仰を得るために俺にありったけの幸福を与えて照神は神としての地位を何とか維持した。あの世界で起きた事件はすべて照が仕組んだこと。学校の中で起こった奇妙な教室も飛び降り自殺未遂も学園ラブストーリーも先輩の誘拐も神の世界から来たという鎧武者もすべては俺のため。俺に謎を与えてわくわくさせて満足させるため。俺に恋人を与えて満足させるため。俺がこの世界からいなくならないようにこの世界で最大限の満足を与えた。そのためなら神はなんでもやった。現実世界から他の無関係な人間を神隠しすることに躊躇いも躊躇もなかった。
おかしいと思ったのは先輩が拉致されたとき。ここまで立て続けに俺に関連しての事件が起こるのはおかしい。俺が見た目は子供頭脳は大人と称する少年のように事件を吸い寄せる能力があればあればまだ分かるが、現実世界では見向きもされないような寂しい少年だったのでそれはない。
そこで俺は要望を一つ出した。時間を進めて季節を取り入れてほしいと。すると照神は全力でそれを行った。世界を作り変えることは難しい作業であろうに一発承諾で実行した。もちろん俺に対する謎の提供も迷い込んだ少年と神の軍勢を押し寄せることで続行した。俺が色内先輩を現実世界に返そうとしたことは予想外だったらしいが、何らかの手を打ったらしく彼女は戻ってきてしまい、戦闘作戦のスパイスとなって俺の恋人となった。
神が唯一甘く見て見落としていた点は人の間ということもこのとき気づいた。だから俺は今回の作戦を実行に起こした。少しでも間違えればすべてがふいになり消滅してしまう可能性がある危険な作戦を。
この世界がなくなり、先輩が元の世界に還るためには俺が先輩を必要としなくなり、尚且つ神が神であることを辞めることだ。
前者は自力でできそうだが後者は骨が折れる。やめろと言って辞めるぐらいならばこんなことにはなっていない。だから代案を提示する。
あの小さな神様は神様であることに執拗に執着していたけどそれは形だけであって真意ではない。神の真の心意は存在証明だ。神として生まれてきたから神として生きる他に存在を証明して認めてもらう方法を知らなかっただけだ。ならば俺が人として生きることを、生きていても、ここにいても良いんだという存在を与えてあげればいい。
俺が新世界の神になって終わらせる。
なにも難しいことじゃない。俺が照の代わりに神になってこの世界の支配者になる。そしてこの世界をなかったことにする。それだけだ。
俺は照と心を交わす内に同時に特殊な能力を交わせることに気付いたのでこの計画を実行した。それは先日の戦いの最中のことなのだが、自慢じゃないけど剣なんて握ったこともないし振るったことなんて尚更なかった。
それなのにあの戦いをどう乗り切ったか。俺も白石も先輩も。もちろん神の力だ。正体不明の力は正体不明の方法で俺たちに流れ込んできた。皆に同じように行っていたかどうかは分からないが、俺には心を通わせている時―つまり心を読まれていた時と同じだとすぐに理解した。俺が推測するに照は俺に執着しすぎた。俺にのめり込み過ぎたのだ。結果として隙が生まれて俺は神の力の一部を手に入れてしまった、という事の顛末・起承転結である。
俺の有差別計画殺人の殺害方法はもちろんこの力を惜しみなく使用した。時を止めて限定解除してナイフを刺す。それだけだからアリバイも簡単に作れた。最後までばれずに上手くできた。
世界をなかったことにすると言ったが、この世界に連れ込まれた人間には
唯一、俺が失敗するとしたら未練が原因になるだろう。俺が先輩に対しての感情を抑えられなければ、俺はきっと暴走して失敗する。それは理屈で言うほど簡単なことじゃない。感情で始まったことを理屈で終わらせようとするのだから。
もしも。
もしも俺に思い出一欠片ポケットに忍ばせられれば、それでさよならできるか。
できるのだろうか。
▶▶▶
そんなに悲しそうな顔をしないで欲しかった。いくら最後だからと言ってそれは無理な相談だって、分かってはいてもさ。瞼を閉じる前の景色は絶景よりも醜形よりも日常がいいだろう?
「恒は、恒はもう人じゃないの...?」
俺はきれいな手を、小さな命を零れて落ちないように拭った。
「そうです。俺はすでに人じゃない。ここに来てから、先輩に会った時から。俺は人じゃなかった」
人の世界にいない人間など人間とは呼べない。天国の人間を、地獄に送られた人間を、現世に生きる人間と同じだと果たして呼べるのだろうか。良くも悪くも成仏したのだから、仏になったのではないだろうか。少なくとも僕らが人間と呼んでいる人間ではないだろう。だから僕らも帰らなくてはいけない。ここでは人間として生きてい行けない。まだ死んだわけじゃないのだから、もう少し小さな生き物の端くれとして、絶望を楽しもう。
先輩には俺がどう映ってるのか、少し気になった。精一杯の笑顔を向けているつもりだけどどうだろう。目とか赤くないだろうか。顔とかぐしゃぐしゃに潰れていないだろうか。汚い涙が見えたりしていないだろうか。
「恒は神になって何をするの? どうするつもりなの? ねぇ、ねえ!」
「終わらせます。この偽物の世界を終わらせます。そして、帰ります。俺たちがいた世界に帰ります。大丈夫、またどこかで会えますよ。少なくともここは僕たちの居るべき場所じゃない。だから、帰りましょう」
絞り出した声は霞んでいた。
「一緒に、一緒に帰れるんだよね」
「はい」
俺はまた先輩に嘘をついた。
ここまでだ。ここまでが俺の物語。現実を忌み嫌うことしかできないどうしようもない俺に贈られるべき物語はここまでだ。
だからそっとキスをした。
神の始まりは少し甘い味だった。お道化たナイフはどうにも俺には似合わなくて泣いた。お別れだ。
そうだな。最後に感想ぐらい述べておくよ。
俺はさっき、偽物になった本物の最後が一番きれいだと思ったんだ。
▶▶▶
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