改変ヰオン


 ――あなたへの改変を記憶しますか?


 無機質な口調、よく通る声音で投げかけられた問い。けれども、意味がみ込めなかった。

 あなたって、改変って、記憶って――――積み上がっていく疑問に答えを探していく。


 ――あなたへの改変を記憶しますか?


 再び繰り返される問い。目を閉じても、声は消えていかない。目をあけても、何も見えはしない。自らの状況を思い返す余裕すら与えてくれる気はないようだ。

「他に選択肢が?」

 あるはずない。そう思えてしまう確信がどこかにあった。いや、絶望がここにあった。

 ――あなたへの改変を破棄できるわよ?

 今までと打って変わって親しみのこもった声が返ってきた。瞬間、何もなかった視界に雪原が広がって赤い花が咲いた。違う。白く透き通った肌の中で唇の薄紅が微笑んでいるのだ。

 その時になって声が女のものだと思い出す。あるいは思い込む。

「破棄しても大丈夫?」

 改変=変える、というのは進むことであり、戻れなくなることだ。怖かった。置き忘れるようにして何かを失ってしまうのが。

 ――そうねぇ、あなたの望みが叶わなくなるわ、永遠に。いくら切望しても絶望しても。

 淡く赤い花へと白い指を押し当てる仕草を見せてから、女は告げた。この女は白いのに黒いのだ。黒いのか? いや、そんなことはどうでもいい。

 今ここには絶望しかなくて、改変あっちには希望があるみたいだ。

「記憶すれば、望みが叶う?」

 確認したかったというよりかは、約束が欲しかった。

 ――さぁ、ね? あなた次第かな……いえ、あなただけじゃダメかも?

 女は首をカクッと傾けた。さらさらと白銀の糸雨しうが雪原に降り注ぐ。

 やがて途切れが沈黙となった頃、雪原の中央にそびえる山や赤い花へとまとわりついた雨を払いのけながら、女はおもむろに首を戻した。そして、大きく一度うなずいてから言葉をつぐ。

 ――うん、だけどね、きっと叶えられると思うわ。そう思っているから力を貸すのよ。とにかくね、あなたはあなたでしかなくて、あなたしかいない。それを――あぁ、もう時間かな。

 山一つの雪原には淡く赤い花が咲き誇り、琥珀アンバーの星が二つ、白き夜を照らしてまたたいている。


 ――あなたへの改変を記憶しますか?


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