たのしい傭兵団  ~傭兵は世界最低の職業だ!~

上宮将徳

第一章 たのしい傭兵団にいらっしゃい

第一話 転落への決断

 


 王都ヴェルルクスの広場で俺は人を待っていた。


 広い噴水の縁に腰かけ、ぼんやりと人形劇を眺めて時間を潰す。


 演目はどうやら『医聖ミラルトス』、それは特に珍しくはない、過去にあった事実をもとにした巷間に良く知られた話だ。



 『今から百年ほどの昔、大陸にはひとつの災厄があった』


『昨日まで元気だった者が何の前触れもなく高熱を発し、それが数日ののちにひっそりと眠るように息を引き取る、「悪魔に魅入られる」と呼ばれた病である。


 治療法のないこの悪魔は富貴の区別なく子供だけに取り憑き、その時代の大いなる恐怖だった。


 とある国に仕える宮廷医師ガーミンの弟子であったミラルトスは将来を嘱望される身であったが、それゆえに仕事熱心で何日も家に帰らないことが多かった。ある時、彼の息子が『悪魔に魅入られて』しまうが、そのときも彼はそれを知らず、家に帰ることのないまま死なせてしまった。


 彼は医師であるにも関わらず自らの子を診ることも看取ることもなかったことを妻から責められ、離縁されてしまう。彼は家族を一時に失った悲しみを糧にその才能のすべてをこの『悪魔』退治の研究に打ち込み、それまで解熱薬としてだけ使われていたある潅木の根を改良しついに念願の治療薬を完成させる。


 彼自身は自らの不幸を繰り返さぬようこれを広く世の中に知らしめようとするが、製法を横取りして大儲けをたくらむ師匠ガーミンによって命を狙われる。国外への逃亡をはかるミラルトスであったが、ガーミンとそれに結託する貴族たちの手の者によって暗殺されてしまう。


 しかしそれは自らを囮にしたミラルトス一世一代の大芝居であり、その時すでに信頼できる者の手によって治療薬の製法は国外に持ち出され、広く公表されていた。彼の命を賭けた献身により人類はその恐怖から解放されたのだ』


 というのが医聖ミラルトスのお話だ。


 待ち人は遅い。


 遠く離れた場所からであったが人形劇を最後まで見てしまった。金も払わずに。しかも人形の動きやら語りやらが上手だった分申し訳なさもひとしおだ。


 だがこのお話はあくまで作り事だ。


 なぜ俺がそんなことを知っているのかといえば、このお話に出てくるガーミンが実在の人物で、俺の通う王立大学院アカデミーの大先輩だからである。


 今さらそんな大昔の先輩の名誉を回復しても仕方がないが、そもそも『悪魔退治の治療薬』を発明したのはガーミンその人であったらしい。王立大学院アカデミーの図書館にその製造過程から完成までの資料が本人の手記とともに残されている。ミラルトスは単にその研究を盗んだ報復として殺されたというのがどうやらその真相のようで、またその動機も不明で金銭欲、名誉欲、純粋に多くの患者を救いたいという義侠心、いずれともわからない。そもそも妻子がいたということすら記述にはない。


 ただ結果としてその経緯のお蔭で『悪魔退治の治療薬』は秘伝でもなんでもなくなったのは事実で、以後『悪魔』はこの大陸からほとんど一掃された。所詮は他人事なので俺個人としてはミラルトスが医聖として称えられていることに特に不満はない。


 しかしそれによって訪れたのは急激な人口増加とそれに伴う慢性的な食料不足である。


 乳幼児の死亡率の高さによってゆるやかに抑えられていた人口の増加は、その箍が外れた途端に大きく急上昇することになった。急激な社会構造の変化に、生産手段も、社会資本も、雇用情勢も、それを支えるには至っていない。


 これはあくまで王立大学院アカデミーの分析で、この状況を俯瞰で捉えられる人物はまだ限られている。多くの国々でいまだ構造的な問題の把握ができていない以上、そこに住まう人々はそれぞれがおのれの目の前の貧困や飢餓、流民の増加と治安の悪化、そして戦争に対症療法的に対応するしかないのだ。 


『悪魔の時代』の次に来たのは『傭兵の時代』なのだろう。




「お待たせしました」


 人形劇の舞台が捌けて別の興行師が演奏を始めた頃、ようやく待ち人が来た、正確には待ち人そのものではなくそのお供だ。


「お前、あいかわらずちっこいな」


 そう言いながらぐりぐりと頭を撫でる。

 女性ではあるが気安い相手でもある。会うのは二年ぶりぐらいになるだろうか。知りあって十年近くになるからギリギリ幼馴染と言えなくもない。


 イルミナ・ルッシュ。俺の伯父が率いる山猫傭兵団の一員である。そろそろ二十歳になろうかという年齢だがとてもそうは見えない、顔のつくりは悪くないが相変わらず化粧気もなく、服装も男物なので少年のように見える。だがこのなりにも関わらず傭兵としてはなかなか優秀である。


「ウィラード様もお変わりないようで」


 イルミナは頭を撫でる俺の手を不愛想に払いのけながら言った。


「そうか? 立派になったとかそういうのはないか?」


「別にありません」


 左様ですか。じゃあ『綺麗になったな』という言葉は口にしないでおく。二年見ない間に確かに綺麗にはなっていた、少年みたいだったのが今なら美少年と呼んでも差し支えない。


「お呼び立てして申し訳ありませんでした」

「いや、春休みだし特に問題はないが」


 そうなのだ、このような呼び出しを受けたのは実は今回が初めてである。


 そもそもここヴェルルクスと山猫傭兵団が本拠とするビムラの街は遠い、徒歩なら一月半、馬でも一月弱はかかる。ゆえにヴェルルクスは基本的には山猫傭兵団の活動範囲ではない。


 十日前に受け取った手紙には『仕事のついでにヴェルルクスに寄るから顔を見せろ』程度のことしか書かれてはいなかったが、何やら深刻な事情があるのではと疑ってもいた。


「伯父貴は?」

「団長ならこの近くの店で飲んでおいでです」

「早速かよ」


 まあ仕方ないか。


 自由商業都市ビムラ、などと御大層に呼ばれてはいるがここ大都会ヴェルルクスに比べたら辺境で少々栄えただけの田舎街に過ぎない、人口は一桁違うし、文化程度はそれ以上の隔たりを感じさせる。伯父貴が都会の風に少々浮かれて地元にはない旨いものや美味い酒を楽しみたくなる気持ちもわからないではない。


 俺はイルミナに伯父の飲んでいる店に案内された。三年間のヴェルルクス暮らしで俺は何度か来たことがあるが、まさか伯父貴がここを知っていたとは。


 ここ『淡雪と小鹿』、そのメルヘンチックな名前の店は特に安いというわけでもないが値段以上の飯と酒が出るいい店だ。長年多くの土地を渡り歩いてきただけのことはあって伯父のこの辺の嗅覚は確かなものだ。


 店に入るともちろん伯父貴は一人で勝手に始めていた。


 四人掛けのテーブルにはすでに三人分ぐらいの料理と酒が並べられているが、あれはおそらく一人で食うつもりだろう。もう六十も近いというのに健啖なのはいいことだ、


「ご無沙汰しています、お元気そうで何よりです」


 俺は伯父貴の向かいに腰かけた、隣にイルミナもちょこんと座る。いやまあ普通に座っただけなのだが、何となくそんな擬音が似合う。


「おう、洟タレが見違えたな」


 山猫傭兵団団長ガイアスバインはエールの入ったジョッキを掲げて挨拶した。


 このガイアスバインという名前は『傭兵の名乗りにはもっとガーンときてバーンとくるような勇ましい響きが必要だ』と、いつの頃からか自分で名乗りだしたらしい。祖父がつけた名前はヨハンだかハンスだかガーンともバーンともこないもっと地味な名前だったようだ。俺が物心ついたときにはすでにガイアスバインだったから年季が入っている。


「本日のご用向きは何でしょうか」

「っはー、ご用向きときましたか、さすが学士様ともなれば言うことが違うねえ」

「や、何か話があるんだろ、ふざけてねえでさっさとしてくれよ」


 よそ行きの言葉遣いをする愚を悟って喋り方を素に戻す。上流階級の集う場所でちょっとは礼儀を学んできたということを見せてやろうかと思ったらおちょくられただけだった。


「そう急くな、若い奴はせっかちでいけねえや。久しぶりに可愛い甥っ子に会ったってのにそんなんじゃあうまかねえ、まあ飲め、食え、話はそっからだ」

「可愛いとか言うな、気持ち悪い」


 とりあえず伯父貴に合わせて俺とイルミナも料理と酒を注文した。若い俺たちが食欲でこんな親爺に負けるわけにはいかなかった。



 テーブルに所狭しと並べられたものがあらかた片付いたころ、伯父貴がおもむろに本題を切り出した。


「ホーグの爺がいよいよいけねえ」


 ホーグとは山猫傭兵団の事務長を務める男である。爺とは言うが伯父貴と年齢はそう変わらない、ふたつみっつ年上なだけのはずだ。


 大方の傭兵団は人数が五十人程度になると専任の事務方を置く、仕事依頼の手配、報酬の交渉、団員の日程調整、給与の支払い、武器兵糧の確保などが主な仕事になる。当然ながら最低限度には読み書きと計算の能力が必要になり、傭兵団では人員の確保が最も難しい役職になる。


 なにしろ読み書き計算のできる傭兵など希少なのだ。人並み以上にそれができる奴はまず役人になろうとする、それが駄目なら商工ギルドの事務方か、大商人の手代だ。どこの町でも村でもその能力が重宝される仕事はいくらでもある。誰が好き好んで傭兵になど身を落とすものか。


 つまり傭兵団の事務方をやっているのは傭兵をしながら見よう見真似でその技術を獲得できた奴か、何らかの事情で元の職場に居られなくなったような奴だ。 


「ホーグさんがどうしたんだ」


 この人は確かどこかの商店で働いていて商品の横流しか何かで追い出された口だ。


「中風だ。今までだましだまし何とかやってたがもうどうにもならんらしい、さすがに辞めて田舎に引っ込むとよ」

「困るだろ」

「ああ困る」

「後任は」

「決まってねえ、というより誰もいねえ」

「育ててなかったのかよ」

「やろうとはしたんだがな、あの野郎俺が何人も若いのをつけてやったのに自分の仕事を取られるのが厭で全部いじめて辞めさせちまいやがった」


 やはりか、と思った。


 話の内容は大体予想した通りだった。厳密に言うならいくつか予想していたうちのひとつだった。だが続く伯父貴の言葉は少々俺の予想を超えていた、というよりさすがにそこまでの無茶は言うまいと高を括っていた。


「だから、お前だ」

「え?」

「お前がやってくれ、うちの事務長を、お前が、やってくれ」

「どういうことだよ、俺はてっきり誰か代わりの奴を探すか紹介しろって話だと思ってたんだが」

「いや、そのつもりだったがよ、お前の顔を見て気が変わった」

「何で変わるんだよ、変わるなよ」

「三年前のお前は生っちろいうらなりだったからな、そんな奴にはまさか頼めねえと思ってたが、今のお前は偉え逞しくなってるじゃねえか。これなら十分だ」


 伯父貴の言うような生っちろいうらなりでもなかったとは思うが、確かにここ三年間で俺は急激に鍛えられた、それにはもちろん理由がある。


 王立大学院アカデミー建学の目的は将来の大臣宰相や高級官僚の育成である。それら顕職には軍人と伍して劣らぬ胆力が必要だという理念のもとに、王立大学院アカデミーでは士官学校並とはいかないまでも、それに近い程度の軍事教練の単位修得が必須だったのである。


 俺たちには現役を退いたばかりの将軍級の教官があてがわれ、厳しい指導のもと、並の兵士なら叩きのめせる技量、戦場を泥水を啜ってでも逃げ延びるぐらいの体力、それからクソ度胸だけは嫌になるほど叩き込まれている。


「ちょ、ま、待ってくれよ、知ってるだろ、俺あと一年で卒業なんだよ」

「卒業できるのか?」

「できるよ! するよ! そしたらどこの国でも通用する高級官僚様だぜ」


 王立大学院アカデミーを卒業すれば問答無用で将来の幹部候補としてヴェルルクス王国への任官が内定する、だがその道を選ぶのは卒業生のうちの少数に過ぎない。大抵はそれ以上の待遇で故郷の国や在学中に繋がりのできた国家に引き抜かれることになる。


 ヴェルルクスは多額の官費を使って育てた優秀な若者が他国に仕えることをむしろ奨励している。彼らはゆくゆく高い確率でそれらの国の中枢に近いところで働くことになる。もちろんヴェルルクスにも多くの卒業生が仕えている、それら同士の繋がりはヴェルルクスの長期的な国家戦略に大いに寄与するものといえた。


 それが田舎傭兵団の事務長だなんて割に合わなすぎるだろ、とは言いたくても言えなかった。


 そもそも俺はもともと王立大学院アカデミーなんぞに行ける身分ではなかったのだ。


 俺の実家はこまごまとした工業製品を売ったり修理したりする小さな商店である。本来なら目の前の伯父がそれを継ぐはずだった。だが伯父が働き手としてそれなりの年齢になったころ、祖父はまだ若く、親父は小さかった。店もまだまだ小さかったので仕事を二人で分担するほどでもなかった。


 そこで伯父は将来の親父に店を譲るために家を出て傭兵になったのだ。生来放蕩の気があったらしく傭兵には向いていたようだ。親父が店を継ぐころには一本立ちして自らの傭兵団を立ち上げた、それが今の山猫傭兵団だ。


 俺はというと、自分で言うのもなんだが子供の頃からわりと出来は良かった。


 その頃には親父の仕事も従業員を増やすなどして順調だったので初等、中等学校を卒業して上級学校にも行かせてもらった。これだけでも一介の小商人の倅としては充分すぎる学歴である。そこを卒業して役人にでもなれば親父的には万々歳だったのだろうが、たまたま試験のヤマが恐ろしいぐらいに当たりまくって二年次の成績で抜群にいい数字が出た。そこでさらに上に行ってはどうかという話が教師の方から出たのだ。つまりは大学である。


 この大陸に大学はそういくつもない。俺の生まれた大陸中西部にはひとつだけ、メンシアードの大学があったが、家にはそこへ入学できるほどの蓄えはさすがになかった。


 これ以上はさすがに高望みが過ぎるだろうと思ったところで傭兵団長としてある程度成功していた伯父が援助を申し出てくれたのだ。しかも行くなら一番いいところだ、とヴェルルクスの王立大学院アカデミーを勧めてくれたのである。通常大学はどこでもメンシアード大学、コルレプト大学などとその土地の名前でもって呼ばれる。ヴェルルクス大学だけがその権威によって単に王立大学院アカデミーとだけ呼ばれるのだ。


 特に目標のなかった俺に人生の指針が示された。どこかの国で宰相閣下となって国家の采配を預かるというのは悪くなかった。普通なら誇大妄想もいいところだが、そこに至る道は確かに存在していた。


 その日より猛勉強を開始した俺は一年後、見事に王立大学院アカデミーの入試に合格して伯父の期待に応えることができたのだ。


 というわけで、俺は伯父貴には頭が上がらないのである、これが三年前の話だ。




 実のところ、今現在では俺は伯父貴の援助を受けていない。


 王立大学院アカデミーの権威はすさまじく、学生の身分でも十分な恩恵がある。代書や書類作成などの割のいいアルバイトには事欠かない。学費ぐらいはそれで充分賄える、またそれには基本的な食住環境も含まれていた。


 学生の中には自らの研究に出資を受ける者や、将来の俸給を担保に借金する者、また卒業後に奉職することを条件にどこかの国から奨学金を受ける者もいる、つまり王立大学院アカデミーに入学さえしてしまえれば将来性込みで学費及び生活費、遊興費に至るまでも心配はいらなくなるのだ。


 だからといってこの伯父に義理があることもまた事実なのである。もう大丈夫だからはいさようなら、では信義に悖る。


 傭兵という職業を軽んじること、伯父貴の頼みを断ること、これはどちらも簡単にできることではない。


「お前が迷うのもわかるんだがな」


 伯父貴の顔にも少しは申し訳なさそうな色が浮かぶ。いくらなんでも無茶を言っていることの自覚はあるようだ。俺から見れば好き放題に生きているようにしか見えないこの親爺にそんな人並みの感覚があったのかと不思議なくらいだ。


 結局はどこにもあてがなくて俺のとこまでわざわざやって来たのだ、ここで断れば伯父貴の傭兵団は解散するかどうかという瀬戸際になるだろうし、そうなれば二百人の団員が路頭に迷う。満足できる再就職ができるような者ばかりでもないだろう。


「休学する」


 俺は言った。言ってしまった。


「三年、いや二年だ、二年で何とかする、俺が事務長をやって、その間に後釜を育てる、それでどうだ」

「マジか、やってくれるか」

「やってやるよこん畜生」


 正直俺は子供の頃からこの決して美男でも男前でもないが、自由で颯爽とした伯父に憧れていた。年を経て世の中を知るにつれ傭兵という連中はクソでクソでどうしようもないクズばかりだということを思い知らされたが、それでも伯父に対する尊敬は変わらない。少しなりとも恩を返せるなら二年程度の遠回り我慢もできるだろう。そうすればまた王立大学院アカデミーに戻って、卒業後はどこかの国のお役人で、いずれは宰相閣下だ。いいところのお嬢さんを妻に迎えて貴族や王族の端に連なることすら夢ではない!




 次の日、俺は王立大学院アカデミーに休学届けを出しに行った。


 少しは慰留されるかと思ったがそんなことはなかった。


 何人かの教官とは話をしたが面白がる者が大半で、直接の指導教官は、


「戻ってきたら傭兵制の現状と将来の展望でレポートを書きなさい、出来が良かったらそれで卒業にしてあげる」


 とまで言ってくれた。


 確かに現在、どこの為政者たちも傭兵というものの扱いには頭を悩ませている。


 大陸中には紛争の火種は山ほど転がっていて、そのうちのいくつかは常にどこかで爆発している。どこの国も軍備を減らすわけにはいかないが、だからといってあまり多くの正規兵を抱えておけるほどの余裕があるわけではない、そのためにあるのが傭兵制である。


 普段は日雇い仕事などをしている者を必要な時にだけ徴募する、それならば支払う俸給は正規兵の半分以下で済む。一時雇いの者に重要な任務は任せられないが、重要でない任務にも多くの人手は必要なのだ。


 もちろん良いことばかりではない、その弊害もある。


 戦時には必要であるが、平時にそれらの全てを充分に食べさせていけるだけの仕事がないのだ。緊急時の為に国内にある程度の傭兵は確保しておきたいが、その数が増えすぎると仕事にあぶれる者が出る。


 賊と傭兵の境目など実はあってないようなものなのだ。仕事をしていない時の傭兵は破落戸と変わらない、というより破落戸そのものである。金がなくなれば窃盗も強盗もするし、数が集まれば野盗でも山賊でも何にでもなる。


 賊となった傭兵を討伐するために傭兵を雇ってまた戦をする、平和になれば仕事にあぶれた傭兵がまた賊となる、といった悪循環が繰り返されている。


 少々討伐がなされても傭兵の数は減ることはなく、むしろそれでも微増傾向にある。食えないものがどうにかひとまず食っていくには傭兵になるより他に方法などなかった。


 傭兵の内情を知り、それを改善する政策を提言するというのは王立大学院アカデミーとしてもそれなりに意義のある研究テーマと言えた。学生の中にそれを実地で研修する者がいる、というのも興味深いことだったのかもしれない。それが自分だというのは御免蒙りたかったが、考えてみれば自分以上に傭兵とつながりの深い学生は王立大学院アカデミーにはひとりもいなかった。

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