青き星の機甲騎士

小夏雅彦

プロローグ:機甲騎士の目覚め

 砲声と爆音が、やけに遠く聞こえた。そう考えて少年、海東イスカは自嘲気味に笑った。当たり前だ、ここは鉄のコックピットの中なのだから。防衛線が突破され、市街地まで戦火が広がっている状況では、恐らくここが一番安全な場所だ。見上げた星空は、いっそ白々しいほどに美しかった。揺らめく空気と飛び散る火花が、なおそれを際立たせる。


「こちらのモニターでは異常はない。融合炉も正常に作動している、動けるか?」

 突然スピーカーから聞こえて来た父の声に、イスカの意識は現実に引き戻された。彼は、自分がなぜこれに乗っているのかを思い出した。


『戦線は膠着状態であり月周辺宙域には特に厳重な警備を敷いている。そのため、このL―3コロニーは宇宙で一番安全な場所である』。渡航の前に月の防衛隊長だと名乗った男に伝えられた説明は、いま考えると非常に白々しいものだった。戦線からは50Kmも離れておらず、ここがいつ戦火に巻き込まれないとも限らないことは少し考えれば分かることだったし、事実戦線を突破されこういう事態に陥ってしまった。

 宇宙空間に漂う僅かな居住スペースであるスペース・コロニーには非常事態に備えてシェルターがいくつも設置されており、最悪の場合そのブロックだけでコロニーから離脱できる仕組みになっている。だが防弾性はない、戦闘中に飛び出せばどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。早々に壊滅してしまった防衛隊に期待できない以上、やれることはそれほど多くない。


「……すまない、イスカ。私たちの不手際のせいで、お前にこんな役目を……」

 スピーカーから聞こえてくる父の声は、いつも溌剌としているわけではない、むしろ陰気な印象を与える男であることを差し引いても、力のないものだった。


「……いいよ、父さんが悪いわけじゃない、ってことは俺も分かってるさ。悪いのは《帝国》の連中だ。こんなところまで攻め込んできて……」

 だからイスカは、父に無用な心配をかけないために、努めて明るい声を出した。


 そしてそれは、偽らざる彼の本心でもある。このコロニーは非戦闘地域であり、本来戦火とは無縁であったはずだ。その協定を破ったのは敵国たる《帝国》だ。そして《帝国》軍は例え一般市民が乗った脱出船であろうと容赦なく撃墜すると彼は聞いていた。


「操縦系は作業用機のシステムを応用しているから、お前なら特に問題なく動かせるはずだ。気を付けることと言えば……イメージをしっかり持て」

「イメージ?」

「そうだ。いまお前が乗っているのは、これまで使っていたような物じゃない。人殺しの道具だ。だから……強くイメージを持て。その機体で、お前がいったい何をしたいか」


 その時、イスカは父が何を言っているのか分からなかった。その真意を問いただそうとしたところで、父は彼に起動の指示を出した。どんな機械でもそうだが、最初に立ち上げる時が一番時間がかかる。イスカは慣れた手つきで、初めて触れる計器を操作していった。その時。


 視界の端に、巨大な人影が映った。常人のおよそ10倍、ビルに並び立つほど巨大なそれを視界に収めた瞬間、イスカは胸が詰まるような気がした。街を破壊し尽し、彼の友人を殺し尽した怪物は、今度はその銃口を父がいる建物に向けていたのだ。

 機体のブートアップはまだ終わらない。イスカは、自分でも何を言っているのか分からぬまま滅茶苦茶に叫んだ。彼の言葉はほんの少しも力を持つことなくコックピットに木霊した。軽い炸裂音とともに、放物線を描きながら銃から吐き出される薬莢。金属音が一つ響くたびに、強化コンクリート製の建物に10の穴が穿たれた。弾丸の先端に仕込まれた炸薬が弾け、世界で一番安全なはずのビルは爆発、炎上した。


「どうして……」


 イスカの両目から、とめどなく涙が溢れ出した。なぜ、それを考える暇すらもなく、巨人は背負った鋼鉄の筒、すなわちロケット砲を取り出し、イスカに向けた。その砲口を目にしてさえ、彼の心中に恐怖はもはやなかった。

 ただ、見る。自らに向く殺意を。


 3つの肩から一斉にロケット弾が放たれた。それはコンテナの薄い鉄板を用意に突き破り、爆炎が中にあった物を舐めた。右肩に背負っていたロケット砲を手放すと、今度は左に背負っていたロケット砲を取り、同じように撃った。爆炎と衝撃が辺りにあったものをすべて舐め溶かした。そしてそれは、眼前にあったコンテナも例外ではない。手放し地面に落ちたロケット砲に、足元にあった装甲車が押し潰された。


 その場で回頭しようとした巨人は、しかし瓦礫の中から、なにかが動き出すのを見た。それは、炎を纏って現れた。その姿はまるで、青い甲冑を纏った中世騎士めいた姿であった。クロスヘルムめいた形の頭部、その目に当たる部分が赤く光を放った。同時に、中にいたイスカの視界が開ける。うつむき、涙を流していた彼はもういない。力強く顔を上げ、涙を振り払い、敵を見る。


「殺してやる……」


 騎士は不器用に、しかし力強い一歩を踏み出す。巨人は恐れ、一歩下がる。炎の中から足を踏み出すと、その全身像が露わになった。白を基調とし、ショルダーアーマーや関節部、面頬部分を青で彩ったツートンカラーの威容。これこそが、彼らの探し求めた物。

「殺してやる! お前らみんな、殺してやる! 父さんの遺してくれた、この!」


 コックピットの中で少年は吠えた。腰を落とし、拳を握りしめる。憎き敵を見据え、その息の根を止めるため、跳ぶ!


「この! 機甲騎士キャバリアーで!」


 西暦2307年。10年に及ぶ戦争の終わりはまだ、見えない。

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