Chapter4:亡霊たちの輪舞《ロンド》-end

「ぬぐおぁーっ!」

 幾度目か放たれたセブンスターのビームが、蒸散塗装の剥がれたシールドごとソーンヴァインの機体を撃ち抜いた。咄嗟に軸を逸らし、胴体への直撃を防いだものの、シールドを掲げていた左腕が一度に撃ち抜かれ、爆散した。


「クソッタレェッ……」

 残った右腕でアダマスアクスを振り回し、追撃に現れたアクシスの刀を受け止める。両腕と片腕、膂力の差は明白。徐々に押され始める。さらに上空にはセブンスター。万事休すか。そうソーンヴァインが思った瞬間、セブンスターの横合いからミサイルが飛来、それを撃ち落とした。アクシスが顔を向けた瞬間、頭部が撃ち抜かれた。体勢が崩れたアクシスを押し返し、アクスを一閃。アクシスは一瞬にして押し潰された。


「すまんなッ、助かったぞ! ユーナ!」

「ソーンヴァインさん、下がってください! その機体ではもう無理です……!」


 言いながら、ユーナは彼の前に機体を出した。シールドを掲げ、アクシスからの波状攻撃を受け止める。軽量、高速をモットーとするライトニングは機体耐久力という点でアクシスにすら劣っている、装着しているシールドも武器と兼用している関係上、硬質材を使っていない。一瞬にしてシールドにいくつもの弾痕が描かれる。

 万事休すか、そうユーナも思った。その瞬間、戦場を覆っていた電波が消滅した。


 サブマシンガンが虚しくカチリと音を立てる。弾切れ、弾倉交換の暇なし。その場に投げ捨て、シールド裏にマウントされた刀を取り、抜き放つ。イルダとアスタルの剣戟が、辺りに響き渡る。何度か打ち合い、イルダは後退する。上空に残っていたセブンスターがビームを放ってきたのだ。すでに展開していたバトルウェアはここにはいない、それぞれの場所へと散っていた。アスタル一人に足止めを受けている状態だ。

 すでにミサイルは撃ち尽くした。ガンランチャーも同様。サブマシンガンは捨てたし、ライフルは早々に破壊された。たった一人に武器弾薬の類を浪費させられた。


「やっぱ強いよな、あんたはさァ……!」

 後退しながらイルダは左腰にマウントされた刀を引き抜く。二刀流対二刀流。

「この期に及んで猿真似か、イスカぁっ!」

「カッコいいだろ、なあ!」


 再びの斬り合い。目まぐるしく変わる位置関係、切り、突き、受け、流し、避ける。セブンスターの高度情報処理能力を持ってしても、容易く立ち入ることの出来ない高速戦闘だ。セブンスターは周囲を旋回し、介入の糸口を探る。その時だ、戦場を覆っていた電波が消滅した。機体は制御を失い、ビルに突っ込み炎上した。

 二人は戦場の変化をいち早く察知し、剣戟の反発を利用し距離を取った。ここだけではない、戦場のどこでもこれと同じような出来事が起こっている。誰も事態を飲み込めず、動きを止めていた。イルダは何が起こったか分かった。


「そうか……! やってくれたんだな、三人とも!」


 イルダが現状を理解した頃、アスタルも何が起こったかを把握していた。司令部への通信が滞りなく行えたことで、彼はエンペラーが落ちたことを理解した。


「撤退の状況はどうなっている?」

「予定通り、だな。全体の30%といったところだ。どこまで行けるかは分からん」


 レイヴンの背後では、ジェイガン博士が癇癪を起し機器に当たり散らしていた。彼にとってマンデバイスは最強であり、最強のバトルウェアたるエンペラーに搭載したマンデバイスがたった三機のアームドアーマーに敗北することなどありえないことだった。

 長く現場を経験してきたアスタルとレイヴンにとって、それは驚くに値しないことだった。巨大な体躯、強固な装甲、強力な攻撃力。それらをすべて活かし切れる環境は、宇宙だけだ。重力に縛られた地上戦において、エンペラーに搭載された武装の大半は効力を十分に発揮しない。なによりも、機動力がない。機動力を捨てた機動兵器などただの的だ。

 何にせよ、期待していたセブンスターとマリオネットが停止した以上、勝負は決していた。残された同盟の兵力では、連邦との戦闘では数時間と保つまい。


「レイヴン。こうなった以上……好きにやらせてもらおう」


 セブンスターの停止により、勝敗は決した。連邦の投降勧告に従い、同盟の兵士たちは次々と武装解除していった。同時に、エンペラーによって遮られていた通信が回復した。


「はぁ……何はともあれ、これでこの戦闘も終わったってことか」

「ええ、お疲れ様です。兄さん。ボロボロみたいですから、あなたも下がってください」

「まったく、お互いなぜ生きているのかよく分からんな。イルダ」


 通信機越しにユーナとソーンヴァインが話しかけて来た。普段は固い印象を与えるユーナだが、この時ばかりはイルダの知っている、穏やかな妹の声だった。それとほとんど同時に、ローマンからイルダへの通信が入った。


「イルダ、そっちでも状況は確認していると思うんだが……」

「ああ。セブンスターが全機、停止した。あいつらやってくれたんですよ、章吾さん」

「……そうだな。あいつらのおかげで、掴んだ勝利だ」


 章吾の後ろには、一人盛り上がるダルトンと冷静に作業を続けるジョッシュがいた。いずれにしろ、ブリッジクルーの心は一つだ。よくやってくれた。章吾は目を閉じ、満足げな笑みを浮かべた。


「さてと、アスタル。これでもう満足だろ。あんたもさっさと投降して……」

 瞬間、嫌な予感がイルダの脳裏をよぎった。それを裏付けるように、アスタルはゆらりと動いた。瞬時に距離を詰め、刀を振るう。イルダはそれをギリギリで受け止める。


「バカを言うな、イスカ! まだ俺は満足などしておらんわァーッ!」


 もう片方が来る、そう思ったイルダを強い衝撃が襲った。予想に反し、アスタルは体当てを選んだ。刀だけでは受け止めきれず、ゼブルスが吹き飛ばされる。ギリギリのところで体勢を立て直したところに、刀が襲う。あえて更に跳び斬撃を避けるものの、装甲が薄く切り裂かれ、醜い刀傷が装甲に刻まれた。


「手前ッ、アスタル!」

「同盟としての戦いはこれで終わりだ! だが、この程度で満足できるものかよ! 俺の《星間戦争》は、まだ終わっちゃいないんだよ!」

 距離を取ったイルダに対して、アスタルはパルスシューターでの攻撃を仕掛ける。サイドステップで回避、弾道上にいた無防備な傭兵の機体に直撃し、爆散した。


「クソッタレの宇宙人をこの世界から一匹残らず駆逐する! そのための戦いだ! 俺たちは刻まれた怨念を晴らすために、命尽きるまで戦いを続けるのだッ!」

 アスタルの声が、どれほど同盟の兵に影響を与えたのかは分からない。だが、戦闘が再開されたことは確かだ。戦場のそこかしこで爆炎が上がり、悲鳴と怒号が交錯する。


「あんたは……アスタル! 何のために戦っている! こんなところで戦いを続けたって何の意味もない、あんただって分かるはずだ! 長らえた命を無駄にする気か!」

「黙れ! 俺たちを裏切った貴様を、俺は絶対に許さんと決めたのだ!」


 アスタルは笑い、剣を振るう。横合いからアスタルを仕留めんと連邦のアクシスが飛び込んでくるが、彼はそれを見ずに刀を逆手に持ち替え、コックピットを一突きした。生じた隙をイルダは狙うが、いとも容易く跳ね除けられる。


「誰があんな、絶滅戦争に加担するって言ったんだ! アスタル!」

「貴様とて親兄弟を殺された男。その志は俺たちと同じだと思っていたのだがな!」

「勝手に決めつけるんじゃねえ……! 俺はただ、俺の未来が欲しかっただけだ!」


 イルダは右の刀でアスタルに切り付け、左の刀でアスタルの斬撃を捌く。イルダが押し、アスタルが下がる。ほんの一太刀とてアスタルを捉えることは叶わなかった。横合いから同盟のアクシスがランスチャージを仕掛けてくる。イルダはそれを捌き、胴を薙ぐ。アスタルはその隙を見逃さず、体重を乗せた突きを放った。

 切っ先がイルダに迫る。その瞬間、ゼブルスの体に巻き付いていた増加装甲、武装、シールドが炸裂音と共に外れた。パージ機構作動、デッドウェイトを取り外したゼブルスは、これまでのものを上回る速度を得た。刺突は空振りに終わった。

 だがアスタルにとっても、この速度は経験済みだ。突きを掻い潜り放った二刀の斬撃を、アスタルはもう片方の刀で受け止める。両者は同時に舌打ちし距離を取った。


(ったく、さっきから必殺の一手がまるで通用しねえ……本物の化け物だな、あいつ)


 アスタルは強い。それは考えるまでもない。バトルウェアの登場から十数年、イルダにはその初期から搭乗を続け、生き残ってきたという大きなアドバンテージがある。だがアスタルも、ユーナも経験の差をあっさりと覆すだけの才能があった。それに加えて、彼には軍人として培ってきた強靭な肉体と精神力がある。

 真正面から手練れと斬り合いながら、部隊全体に指揮を出せるのがその証明だ。少なくともイルダには、このような芸当は出来ない。


「多くの仲間が散っていた。中には、俺たちよりも優れた、真の英雄たちもいた。この世界を救うため、その身を投げ出した勇者たちだった!」


 両手を突き出し、パルスシューターを連射する。盾を落としたイルダにそれを防ぐ術はない、だがそれを避ける機動力はある。ジグザグ機動でビームを避けつつ距離を詰め、間合いに入ると同時に踏み込み二刀を振るう。アスタルはこれをジャンプ回避、上空からのパルスシューター連射でイルダを襲う。イルダは更に踏み込む。ビームが肩を焼いた。


「彼らの信念、彼らの自己犠牲を元にして俺たちはこうして生きて来た! 生きるべきだった人間たちの命を吸ってだ! 高邁な理想を蹴りつけて、貴様は堕落し、腐敗した世界に身を落とした! 信じがたい惰弱、貴様にキャバリアーは分不相応だったのだッ!」


 光弾がアスタルの怒りを象徴するかのように降り注ぎ、大地で爆ぜる。イルダは助走をつけ跳躍、自らもアスタルの待つ空へと飛びあがる。空中で身を翻し、複雑な無限軌道を描きながら、空中での格闘戦へと持ち込む。


「ああ、そうだな……だからこそ、俺はここまで生きてこられたんだッ!」


 イルダの刀とアスタルの刀がぶつかり合い、火花を散らす。地上での格闘戦とは違い、空中には踏ん張るべき足場がない。そのような環境において、頼れるのは機体の出力、ただそれだけだ。瞬発力においてはゼブルスが勝るが、継続的な馬力についてはブレードハウンドがはるかに上を行く。そのため、イルダはこのような、ヒットアンドアウェイの決定打を打ちにくい戦いを強いられていた。


「確かに、俺たちの仲間は死んでいった! 取り返しのつかないことを、俺たちはたくさんしてきた! だけど、それは帝国の連中だって同じで、みんなかけがえのないものを失ってきた! それでも歩いているんだ、アスタル!」

「……俺とてそのようなことは分かっている。元々、連邦が始めた戦争だ。自らの身を守るために戦わざるを得なかった、連中の痛みを知らぬわけではない」

「だったら……あんたも大人しく死んでおけよォーッ!」


 アスタルも同様に、高速飛行を行いながらイルダを追う。ビームと噴射剤の光が、太陽の落ちかけた空に美しき文様を描く。二人の剣線が、花火めいて煌めいた。


「だが俺は、奪われたことを忘れて生きていけるほど、人間が出来ちゃいない! 許し合いも傷のなめ合いも、それが出来る連中だけでやっていろ!」


 一方、後方に回り損傷機体の収容に徹していたローマンにも、砲火は及んでいた。

「ええい、畜生めが! 野郎ども、揺れるのは我慢しやがれェーッ!」


 ダルトンは動物的直観と動物的膂力を活かし、たった一人で数百トンクラスのキャリアーを自在に操り、攻撃をかわす。彼の技術を持ってしても避けきれぬ攻撃は、章吾によって迎撃される。ジョッシュは戦闘区域をつぶさに監視し、驚異の芽を摘んでいく。


「ったく、いったいどうなってやがる! どんどん元気になりやがってよォッ!」


 彼らの横合いで、キャリアーが内側から爆発した。投降していた兵士がアスタルの激励によって戦意を取り戻し、卑劣な攻撃を行ったのだ。炎上し、足を止めたキャリアーはさらに外からの攻撃に晒され、一瞬にして屑鉄と化した。


「この戦場、切り抜けても生きられないと見て自棄になったってところか……?」

「どうするんだ、大将。イルダともヨナたちとも連絡がつかねえんだろ? あいつらの応援に回ったほうがいいんじゃねえのか?」

 章吾は冷静に戦況を分析し、そして言った。


「いや、いまはこいつらの対応に集中するぞ」

「マジか、あいつら助けに行かなくていいのか?」

「ヨナたちを助けに回るには距離が離れすぎているし、イルダは空だ。砲撃の射程内だが、この状況で対空砲火をやってたんじゃ的になってしまう。いずれにしろ、敵戦力の中核の無力化には成功したんだ。このまま、拠点制圧に移って行くだろう……俺たちは、それを可能な限り支援するんだ」


 空中ではライトニング・ゼネラルが地上への掃討射撃を行っている。同盟の不意打ちによって浮足立っていた傭兵たちも、船団指揮官であるヘイゼルの声で正気に戻って行く。章吾は船を進めるようダルトンに指示を出した。その時、空で小規模な爆発が起こった。


 イルダは小刻みな連撃を行いながら切り抜け、即座に反転。急制動からの攻撃で一機にとどめを刺そうとする。だが、それはアスタルの予想の範囲内だった。アスタルは受け太刀の反動を殺さずその場で反転、イルダのそれよりも速く振り向いた。

 アスタルは、イルダの突きに合わせて自分も突きを放つ。イルダのそれよりも速く。イルダは腕を引く余裕はない。ヒート機構を作動させた太刀は、ゼブルスの左拳から肩にかけて易々と貫く。熱による膨張で、左腕は爆発した。アスタルは機体の腰を捻り、ニーキックをコックピットめがけて放つ。凄まじい衝撃が、イルダを直接襲った。パイロットへのダメージを狙った実践的卑劣戦法だ!

 後頭部を強かに打ち付け、イルダは瞬間意識を失った。


「その首ィッ、貰ったァーッ!」


 アスタルは二刀を交差させ、致命的なヒート斬撃を繰り出す!


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 気が付いた時、海東イスカはデブリベルトを漂っていた。モニターは左側面しか映らなかった。首を動かし、周囲の状況を確認しようとするが、それは叶わなかった。なぜなら、イスカはその時すでに機体に乗ってはいなかったからだ。

(ああ、そうか。あの時、俺はエンペラーのビームに弾かれて……)


 2315年、月決戦。防衛網と連邦軍の攻撃を掻い潜り、月へと降り立ったイスカとファーストキャバリアーは皇帝近衛兵を蹴散らし、目的地へと進んでいた。それは、月を動かすほどの出力を持った核パルスブースター。32基のブースターを潰さなければ、月は地上へと落下する。質量兵器としてではない、月が失われればすべてが変わってしまう。

 そんなイスカの前に現れたのが、帝国皇帝駆る最大最強のバトルウェア、エンペラーだった。決死の攻防の末、イスカはエンペラーを圧倒。互いの最大火力を撃ち合った末に、彼のキャバリアーは耐久限界を迎え、エンペラーは爆発四散した。イスカは脱出ポッドで打ち出され、エネルギー波に煽られ月軌道上へと投げ出されたわけだ。


(戦いはいったいどうなったんだ? 月は……みんなは、止まったんだろうか)


 永遠かと思えるような長い時間が、流れて行った。やがて、脱出ポッドの外部カメラが接近してくる機影を捉えた。《アルタイル社》の開発した試作型可変バトルウェア。あの機体に乗っている者は一人だけ、海東ユーナただ一人だけだった。


「兄さん……! 応答して、兄さん、応答して!」


 ユーナの必死な声が、スピーカーを通して聞こえて来た。自分を探している暇があるのならば、きっと戦いは大丈夫なのだろうな。イスカはどこか他人事のように、そんなことを思いながら、意識を手放して眠りについた。


 戦いが終わり、イスカは秘密裏に地球に移送された。メルティオと再会を喜び合い、ヘイゼルと名乗った軍人に今後のことをいろいろと説明された。両軍のタカ派が一掃され、和平が現実のものとなったこと。今後は緩やかに統一され、《太陽系連邦》と呼ばれる新たな統治機構が誕生すること。戦後の身分は必ず保証する、ということ。

 戦争の終結も、和平も、イスカにとってはどうでもいいことだった。彼にとって大切なことは戦いが終わり、自分が戦場から解放されることだったのだから。軍から除隊処分になったと聞いた時など、場もはばからず喜んだものだ。

 戦争に歪められた人生を、ようやく取り戻すことが出来るのだと。10年間縛られ続けた時が、ようやく動き出すのだと。その時海東イスカは、信じて疑わなかった。


 変化は些細なものだった。街を歩いていると、どこか落ち着かない。言葉に出来るような、はっきりしたものではない。だが、どこかズレがあった。眠りが浅く、眠りにつくまで時間がかかる。ボーっとしている時間が増える。症状としては、典型的なPTSDだ。ユーナもメルティオも、治療を続けていればきっとよくなると言ってくれた。それでも、どれだけの時を経ても、精神の変化は治らなかった。

 ただ……戦っている時だけは、戦場にいると考えている時だけは、ズレを気にしなくてよくなった。それが歪んだ逃避に過ぎないということは、自分でも分かっていた。けれども、逃げずに向き合うことはイスカにはとても出来なかった。


「キミに与える、まったく新しい戸籍だ。私が用意出来るのは、ここまでだがな。もう少し、いい『設定』で人生をやり直すことが出来るはずだが……?」


 ヘイゼルにはそう言われた。だが『イルダ=ブルーハーツ』は何のしがらみもない、彼にとっての理想だった。だからこそ、イルダはすべてを捨てて野に下った。


「あなたは私のところへ帰ってくる。そこはあなたのいるべき場所ではないのだから」


 メルティオは旅立つ彼を見送ってくれた。あの時、イルダは彼女の顔を見ることが出来なかった。けれども。あの時、きっと彼女は泣いていたのだろう。


(……なんでこんなことになっちまったんだ? どうして俺はここにいる……)


 どこまでも広がる暗闇の中に漂いながら、イルダは自問した。どこかで間違えたのだろう、そんな思いはあっても、何が悪かったのかは特に思い至らなかった。自分とみんなの命を守るために必死に戦って、状況に流されるまま軍人になって、特に考えることなくメルティオの案に乗って、最終決戦に挑んで行った。

 どこにも落ち度はなかった、はずだ。そうイルダは思った。流されずにいれば、恐らくは死んでいただろう。どうしようもない運命の連鎖だったとしか彼には思えなかった。


(どうしようもないまま戦って……傷ついて、恨まれて、殺して、殺されて。守りたかったもんは全部、なくなっちまったしなあ……)


 闇の中でイルダは一人苦笑した。その時、彼の眼前に光が現れたような気がした。薄目を開き、彼はそれを見た。失ったはずの過去が、そこにはあった。

 父リョウジ。母センカ。親友弘大。そして、ソルカ=フェストゥム。それ以外にも多くの人がいた。L3コロニー襲撃の際に命を落とした友人や恩師。イルダたちの命を守るために死んでいった軍人。宇宙防衛線の指揮官。軍で知り合ったたくさんの仲間たち。自分の下に配属された部下たち。彼が守り切れなかった人々の幻影。


「よう、イルダ。まだお前、頑張っているみたいじゃないか」

「……別に頑張っちゃいないさ。いつだってそうだ、やらなきゃいけないからやるんだ」

 弘大は生前のそれと変わらない、軽い口調でイルダに問いかけた。


「結局、いつもそれだ。流されるまま訳も分からないうちに戦って、それでボコボコにぶっ飛ばされる。10年戦っても何も変わっちゃいない。アスタルの野郎に手も足も出ないってのも、当たり前なのかもしれないな……」

「そんなことはないわ」母は涙を浮かべ、彼の肩を抱いた。「こんなに傷ついて」


「いつもお前には、何でもかんでも背負わせちまったなあ……それを、ちょっとでも軽くしてやりたくて、戦ったけど。でもそれが余計に、お前を傷つけちまった」

「違う、そうじゃない……! 俺が、俺の弱さが、お前を殺しちまったんだ……!」


 イルダは歯を食いしばり、うつむきながら弘大の言葉に答えた。そんなイルダの肩が、叩かれた。振り向けばそこには、戦友がいた。デニス、ロッド、ジャックマン、モッチャム。皆あの戦いで死んでいったかけがえのない仲間たち。


「隊長が悪いんじゃない。あんたはその小さな体で、俺たちの全部を背負って戦ってくれたんだ。感謝こそすれ、恨む筋合いなんて、誰にもありやしませんよ」

「その通りだ、イスカ。謝らなくてはならないのは……本当は、私なのだから」


 リョウジが歩み出る。あの時と変わらない姿で、彼はイルダに頭を下げた。

「私の生み出した力が、お前をずっと戦場に縛り付けることになってしまった。あんな物さえなければ……お前はきっと、普通に生きてこられたんだ。すまなかった……」


 周りを見回す。もういない人が、イルダを取り囲んだ。茶番だ。こんなものは、自分の心が生み出した、自分の弱さを正当化するための承認行為に過ぎない。それでも、イルダは動けない。許される心地よさから、彼は逃げられない。弘大がサムズアップする。


「お前はこれまで、ずっと頑張って来たんだ。よくやってくれたよ、お前は」

「それでも……俺は、立ち止まっちゃいけないんだ。ここで立ち止まっちまったら、お前たちはいったい、何のために俺を生かしてくれたんだ……!」

「バカ言ってんじゃねえよ、お前は。お前は生きて、これまでずっと戦ってきた。世界を助けるために戦ってきたんだ。それで十分だ、お前がよくしてくれただけでも……」


 光の中を称賛が包んだ。イルダは、静かにそこで涙した。目を閉じ、そこに浸る。

「そうだな……俺がこれまで、生き長らえて来たその時間にも……きっと、生きてきた意味ってやつは、あってくれるんだろうな……」


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


「イルダさんッ!」


 彼の生身の耳に、凛とした叫び声が届いた。イルダは目を開く、目の前にはクロス斬撃。それは、彼自身の電熱刀によってギリギリのところで受け止められていた。片腕だけになりながらもなんとか跳ね除け、イルダは距離を取った。眼下を見ると、そこには三人の少女がいた。アルカの悲痛な声が、イルダを耽溺の底から引きずり起こした。

 だが目覚めたからこそ分かる。意識を取り戻したタイミングでは、アスタルの斬撃を受け止めることは不可能だった。意識を失ってもなお、反射的に彼は身を守った。


「……はははっ。あんなこと思ってんのに、まあなんというか」


 イルダはコックピットで一人、自嘲気味に笑った。あの茶番劇はイルダの本心だ。心のどこかで、イルダは死を望んでいた。生きていることの重責に彼は耐えられない。海東イスカに降りかかる悪意に、彼の脆弱な心は耐えられない。

 それでもなお、彼の肉体は生きることを選択する。それは、呪いにも似ていた。


「あの体勢から凌ぐか、イスカ! だが、片腕の機体で長くは保つまいッ!」


 アスタルは好機を見て、素早く攻勢を仕掛ける。誰がどう見てもイルダの劣勢、だがそれでもイルダは生きることを諦めない。全神経を、アスタルの切っ先に集中させる。彼が刀を抜き放つ直前で、イルダは刀を振るう。左の刀をアスタルの反応よりも早く弾き、振り上げたもう片方の刀の柄を思い切り蹴り上げた。スラスターで加速された蹴りは、ブレードハウンドの握力を上回るには十分であった。


「まだまだぁ、こっからが本番だぜッ、アスタル!」


 スラスターを逆噴射させ、踵落としの要領でハウンドの頭を狙う。アスタルは腕を素早く引き戻し、それを受け止める。だが足場はない、運動エネルギーを受け、ブレードハウンドは落下。落下するアスタルを、イルダは追う。


「何が理想だ、何が大儀だ! そんなものはしょせん、あんたの復讐心を誤魔化すためのおためごかしに過ぎない! あんたは何も出来なかった自分が恨めしかっただけだ!」


 イルダは落下しながら刀を振るう。重力によって加速された刀が、片腕のハンデを覆す。しかしアスタルも強敵だ、イルダの斬撃を捌き、いなし、体勢を整える。数合の打ち合いの末アスタルはイルダの攻撃を弾き、パルスシューターで牽制。イルダがそれを避けると、再び上空へと飛び上がって行った。


「それがどうした! 復讐心を誤魔化すためだと? その通りだ! 言ったはずだ、奴らの犯した罪と積み上げられた犠牲を忘れて生きていけるほど、人間が出来ちゃいない!」

「あんただって、戦いを終わらせるために戦ってきたんだろう! そんな人間が、戦いが終わった後まで戦っていたんじゃ本末転倒じゃないか!」


 片腕のゼブルスと両腕のブレードハウンドが拮抗する。イルダはスラスターを全開にし押す。対するアスタルも機体のパワーを振り絞り、対抗した。


「あんたなら、英雄にだってなれたのに! 俺みたいな出来損ないの、自分の命しか考えられないような人間じゃない! 本物の、人を救える英雄にだってなれたんだ!」

「俺は怒りの炎と、開拓民どもの血を使って刀を鍛え上げ、奴らの肉と骨を貪り戦ってきたのだ! 俺の刀は奴らを救うためにあるのではない、奴らを殺すためにある!」

「このッ……! 分からず屋がァーッ!」


 イルダは更に押す、だがブレードハウンドの出力が勝る! 押し返され距離の開いたイルダを、アスタルの太刀が狙う! 先ほどの二の舞? いやそうではない。

 イルダは背部スラスターをカットし機体を一気に落とし斬撃を回避。脚部スタスターを展開し続けることで、その場で180度回転した。サマーソルトキックめいたマニューバが、ブレードハウンドの顎を襲った。空中でブレードハウンドも大きくのけ反る。

 無論、180度回転マニューバはイルダの心身にも大きなダメージを与える技だった。脳がシェイクされ、全身の筋繊維が引き千切られる音をイルダは聞いた気がした。目の前がチカチカと光り、先ほど見た光景がフラッシュバックする。かつての仲間たちが、親友が、兄弟が、もう一度会いたいと願った人々が、イルダを手招きしていた。


(ハッ……! 悪いな、お前らもう黙ってろ! 俺はもう、そっちには行かない!)


 許されなくてもいい。安らかな眠りなどなくていい。ただ、まだ死にたくない。その思いだけが、イルダをあの地獄から生き延びさせてきたのだから。


(許しも休みも――俺には上等すぎる!)


 落ちながら身を翻し、アスタルに背を向け距離を取る。アスタルも一瞬の気絶の後、イルダを追った。高度を下げながら高速で二人は飛ぶ。やがて、出力の差で遅れて来たアスタルがイルダに追いついた。イルダも飛びながら振り返り、アスタルの刀を受ける。二機の距離がほとんどゼロとなった。


「片腕の貴様に、これ以上何が出来るというのだ!」

「何か出来るかもしれねえから、足掻いてるんじゃねえのか! あんたも俺も!」


 アスタルは首を振り、バトルウェア同士で頭突きを放った。ゼブルスの保護ガラスに蜘蛛の巣状にヒビが入り、モニターに一瞬火花が舞う。イルダとアスタルの距離とが再び離れる、アスタルの刀の間合いへと。


「これで、終わりだァーッ……!?」


 その時、アスタルは背後からの衝撃に襲われた。バックパックで小爆発がした。スラスターが損傷し、機体の制御が効かなくなる。更に爆発の衝撃によって機体の高度が大きく下がる。イルダの刀の間合いへと。

 何が起こったのか、アスタルは瞬時に考え、そして理解した。あのサマーソルトキックの時、イルダはすでに手を打っていたのだ。蹴りによって機体の頭部が揺れ、自分の視界が一瞬塞がったのを見計らって、脚部グレネードを発射したしたのだ。放物線を描いて飛んで行くグレネードの発射速度はバトルウェアの飛行速度よりも遅い。一瞬の間に追い込まれたことを理解してなお、アスタルは笑みを崩さなかった。


「アァァァァスタァァァァァル!」

「イィィィィスカァァァァァァ!」


 イルダは刀を振り上げ、渾身の一太刀を放った。アスタルはその場で機体を捻り、長刀を突き込む。両者はヒート機構を作動させ、最後の攻撃を放った。同時に刀が放たれ、一機の首が飛んだ。

 偶然か、それとも計算か。アスタルの放った突きはガントレットによって弾かれ軌道を逸らし、ゼブルスの首を跳ねた。一方、イルダの放った斬撃は、ブレードハウンドの肩口から胴体に侵入、コックピットの手前で止まっていた。刀のヒート機構が、じわじわとブレードハウンドの装甲を侵していく。


「それほど……悪くはない人生だったぜ……!」


 コックピットを溶断する直前、アスタル=ペンウッドの最後の言葉が彼の耳に届いた。だが、反射に身を任せたイルダはその言葉を聞いても動きを止めることはなかった。切り裂く刃が体を通り抜け、ブレードハウンドは両断された。彼の愛した地球へと到達することなく、ブレードハウンドは爆発四散した。爆風に煽られ、ゼブルスも落下する。

 ゼブルスは背中から、倒壊しかかったビルに激突した。脆いコンクリートを破壊し、滑り落ち、何度もそれを繰り返して、イルダは地面に激突した。


「……イルダ、だって言ってんだろ。バカ野郎が……」


 イルダは脇を見た。倒壊したビルの土台、突き出た鉄骨が、ありとあらゆる力を失ったゼブルスの体を貫いた。鉄骨は背中を抜け、ゼブルスの腹を貫いていた。イルダを、ほんの少し避けて。コックピットハッチを開こうとするが、うんともすんとも言わなかった。


「これがあんたの選んだ決着だ。どうだ、参ったかよ……」


 足音が近づいてくる。それが敵でないことを祈りながら、イルダは意識を失った。

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