星読み【月星の祝福者】





 ルファ・オリアーノは星読みである。



 星読みはこの国の称号の一つだ。



 正式名称は『天文巡察官』という。




 今から二ヶ月と少し前、去年の暮れに受任したばかりのルファは、これが初任務となる新米の巡察官だった。




 ルファの暮らす王国エナシスは、遥か昔から天文学を重要視する国だった。



 天文学に精通する者は、この世界に起こりうる様々な事柄を予測できるようになるといわれ、気象予報や戦の勝敗、そして国の将来までもが天体と深い関係をもつと伝えられていた。



 そのため優れた学識と先見の明のある天文学者たちは、エナシスの国政においても重要な役割を担っていた。



 王国には天体を調べ、研究する王立の施設『天文院』が中央である王都ルナスに存在する。



 そこには天文を学ぶための学舎と、そこを卒院し〈星見師〉と呼ばれる職に就いた学者たちが星図の研究などを行う部署【天域管理局】がある。



 そしてもう一つ、要請に応じて星占を行う機関【聖占館】があった。



♢♢♢



 夜空の月星は、夜毎に変化している。



 春夏秋冬はもちろん、前年の夜空図と比較することで新しく増えた星、消えた星。



 配置の変化や羅列の計測。



 輝きの純度等、星見師たち天文学者は日々新しい夜空図を研究し、星図を毎月書き替え、更新しなければならなかった。



 その内容は王都ルナスの地上で見る夜空だけに限らず、王国エナシスの全地域から見上げる夜空図でなければ意味がなかった。



 そのため星見師は一定の期間、定められた地方での駐在任務に就くことになる。



 仕事内容は、その土地から見る夜空図から異常がないか観察し、星図を記録することなのだが。



『星読み』である天文巡察官は、内容が少し違う仕事だった。



 駐在任務が無い代わりに、地上に悪い影響や不可解な奇現象を起こす夜空図の調査。


 そして原因解明だった。




 十二日前、東方領地ルキオンに赴任中の星見師から天文院にある報せが届いた。


 それはルキオンの夜空図に異変が起きたという書き出しで、薄い雲が夜空を覆うことが多くなり、このままでは「眠り夜空図」の状態になる恐れがある。至急『星読み』による奇現象の調査を要請する。───という内容の書簡だった。



〈眠り夜空図よぞらず〉とは、夜空が厚い雲に覆われ、月星の観測が何日もできない状態のことを言う。



 そしてそれは、ある奇現象が起こる前触れでもあった。


 それが『彷徨いの森』である。



♢♢♢


 星見師の中から選ぶ駐在任務者も、星読みの中から選ぶ巡察任務者も、聖占と呼ばれる星占いで選ばれていた。



 選ばれたからには余程の理由がない限り辞することは出来ない。


 星読みとしての初仕事がたとえ難解な奇現象調査でも、ルファにとっては嬉しい初仕事だった。



 ルファは幼い頃から星空が大好きで、憧れていた職が星見師だった。


 そしてその先にある『星読み』はルファの夢だった。


 星読みは、天文院を卒院しても誰もが就ける職ではなかった。



 天文院の学舎で、誰もが必ず一度は落ちると言われる難関の卒院試験に合格できれば、学者として星見師を名乗れるが『星読み』(天文巡察官)という称号を得るには卒院試験合格後、希望者だけが試みる儀式に臨み【月星の祝福】を得た者だけが星読みを名乗ることができるのだった。


 月星の祝福とは特殊な才能異能が天から賜われること。


 天界に暮らし、星々を司る星霊主からの贈り物だという言い伝えだ。


 異能とも言えるそれは〔魔法力〕と呼ばれる。


 学者が使う数式を当てはめなくても星位置や光の計測、星巡りの予測等を読み解く特殊な能力。


 星読みとして祝福を得た者にはその証として額に〔星印〕という星型の痣が現れる。


 卒院試験は何回でも受けられるが【月星の祝福】を試すことが出来るのは生涯に一度だけ。


 学舎でどんなに優秀な成績を残しても〔星印祝福〕を得られなければ『星読み』を名乗ることはできない。



 月星の祝福は天が定めた奇跡の選定。


 夢が叶うことは奇跡に近いことなのに。


 ルファはその奇跡を手にいれた。



 奇跡が毎年起こることは無いので星読みの人数は少ない。


 現在、エナシスに存在する星読みは十三人。


 そしてその十三人目がルファだった。


 それも六年ぶりの祝福者。



 ルファは去年の暮れ、初めての卒院試験で見事合格し星見師となった。


 そして後日臨んだ月星の祝福で星印と魔法力を得て『星読み』の称号を受位した。



 天文院史上初、最年少十五歳での快挙だった。


 けれどルファの誕生日として決められていた日が暦表では十二番「華雪の月」しかも三十一日。一年最後の日だった。



 それは星読みを受位した二日後だったので『十五歳での快挙』という余韻を味わうことなく、ルファは十六歳になってしまった。


 ルファとしては内心、複雑だった。


 十六年前、荒野に置き去りにされていた赤ん坊は星読みだったルセル・オリアーノに拾われ、ルファと名付けられて育てられた。


 拾われた日がそのまま誕生日になったので本当の誕生日が判らず、実のところ『最年少初の快挙』と言われるのは怪しいのだ。


 春か夏か秋のうちに十六になっていた可能性もある。


 十六で星読みになった者なら、過去には何人かいたという話は聞いている。



 快挙と騒がれることにどこか居心地の悪さを感じていたので、誕生日を迎えたときは正直少しホッとした気持ちもあった。


 そして新年を迎え二ヶ月と少しの月日が流れ。


 東方領地ルキオンから奇現象に関する報せが届いたのが十二日前。


 聖占によりルファのルキオン行きが決まった。


 王都を出たのがその翌日で、ルキオンに着いたのがその二日後。


 領主との謁見を済ませ駐在中の星見師の話を聞いたり、これまでの星図を調べ様々な分析に時間を費やした。


 けれどこの地に着いたとき、夜空図はすでに不鮮明な状態だった。




 時すでにルキオン入りして七日。


 もう少し鮮明な夜空が観測できていたら、原因に繋がる何かを読み解くことができたかもしれない。


 けれど日を追うごとに夜空図は眠り夜図へと変化し、とうとう三日前に夜空は厚い雲に覆われ月星が観測出来ない事態となった。


 そしてその夜から白い煙のような霧が街や村に流れ下り、彷徨いの森を出現させたのだった。








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