灰青髪の青年
青年がその娘の特徴を言い終えるとパン屋の店主は、
「ああ、その子なら覚えとるよ」と微笑んだ。
「街じゃ見かけない顔で髪も珍しい色だったからねぇ。それで肩に焦げ茶色の仔猫を乗せてたから、あんたの言ってる娘さんに間違いないと思うよ」
焼き菓子とパンを二個買っていったかのぅと、白髪で初老という風情の店主は付け加えた。
「どのくらい前だ」
なぜか不機嫌そうに聞いてくる青年、アルザークもまたこの国では珍しい灰青色の髪と碧い瞳だった。
「そうさなぁ……。あれは昼飯前だったから、もうかれこれ三時間はたつかのぅ。探しておいでかね?」
「ああ」
短い返事には溜息が込められていた。
「どうせ寄り道でもしているんだろう。他をあたる、邪魔したな」
「旅のお方なら」
店から出て行こうとするアルザークの背に、店主は遠慮がちに声をかけた。
「異国の方のようだから、知らなければ気を付けてほしいんですがね。日暮れから夜の間は外へ出ない方がいいですよ。ここ最近、晩になると深い霧が降りてきて人を惑わす森が現れるそうですから」
老店主の言葉にアルザークは会釈で応え、店を出た。
(生憎、異国の旅人ではないのだがな)
ここエナシスの民は皆、髪も瞳も茶系色なので、それ以外の色を持つ者は異国人として見られる。
仕方のないこと、ではあるが。
無意識に空を見上げていたことに気付いて、アルザークは舌打ちし頭を振る。そして来た道を数歩戻りかけて立ち止まった。
彼女があのパン屋に立ち寄ってからすでに三時間が過ぎている。
他に寄りそうな店は確認済みだった。
そして肩に焦げ色のネコ。
覚えていると言ったのは今しがた訪ねたあの老店主だけだった。
ということは……。彼女、ルファ・オリアーノはどこか他の店に寄ることなどなく、三時間も前に街を後にした可能性が高い。
───はずなのに。
世話になっている宿館にルファは昼を過ぎてもまだ戻っていない。
「あのガキっ……」
(一体何度、俺を苛立たせたら気がすむんだ!)
アルザークは苦い顔をしたまま歩き出した。
(気が進まないが、彼の所へ寄ってみるか)
彼、とはルキオン駐在の星見師、イシュノワである。
彼はルキオンに赴任して一年になるという青年だった。
家柄の良い貴族の出生と聞いていたのだが、ルファと共にルキオン入りしてから今日までイシュノワの印象は悪かった。
上流階級出身であることを自慢するような物言いや振る舞い。
星見師としての学識は高いのだろうが。正直、頭は良くても性格の悪い奴としかアルザークの目には映らなかった。
そのうえ時折見える星読みに対しての劣等感と嫉妬心が、更に彼の性格に歪みを与えているように思えてならなかった。
それなのにルファは知ってか知らずか、鈍感なのか馬鹿なのか。
イシュノワとの会話で、明らかに嫌味とされる言葉を受けても気にする様子もなくニコニコと笑っている娘だった。
そんな彼女の態度もまた、アルザークを苛立たせる原因になった。
天文院の卒院者たちは皆、高い学識と未来を読み解く智のある学者だと聞いていたのだが。
家柄にばかりこだわっているような性格の悪い星見師と。
天然なのか鈍感なのか阿呆なのか。どこか抜けているような星読みと。
まだ関わってから日は浅いのだが、所詮は人の子。
たいしたことのない連中のようだとアルザークは感じていた。
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