魔法力〈2〉
アルザークはルファに駆け寄った。
「おいっ、何があったんだ!」
「ぁ……る、ざーくさん……?」
目の前に、なぜアルザークがいるのか。
そしてなぜ、自分は床に座り込んでいるのか。
ルファはすぐに思い出せなかった。
激しい動機が続き、何かとても恐ろしい気配に包まれそうになった感覚が甦り、ルファはおもわずアルザークの腕に手を伸ばしていた。
「わたし………」
(魔法力を使おうとしてた?それとも使っていた?)
無意識に───?
(なんだか怖い……)
「私、魔法力を……」
(だからアルザークさんが気付いてここへ?)
「何があったか聞いてるんだ。真っ青だぞ、おまえ………」
アルザークの青い瞳がルファへ向いていた。
覗き込むように見つめる眼差しと表情は鋭くもあるが苦しげにも見え、どこか違和感がある。
(そういえば、こんな顔、前にも見たような)
あれは確か、彷徨いの森で迷子になった私のところへ駆け付けて来てくれたとき。
(あのときも魔法力を使っていた後だった)
「アルザークさん。私の魔法力、どんなふうにあなたへ伝わるの?」
「ルファ・オリアーノ。俺の質問が先だ。いったい何をした」
アルザークは部屋を見渡した。
「外部から何かに襲われたわけでもないようだな。これは天文院から届いた星図か?書簡の返事がきたのか」
テーブルの上に広げられた紙にアルザークは視線を向けた。
「………はい。これを見ていたら急に頭が痛くなって」
「魔法力を何かに使うつもりだったのか?」
ルファはゆっくりと立ち上がり首を振った。
「私はただこれを見比べて、星の位置とか色とか……。そしたら急に光ったり、音が………」
「光った? 音?」
(───それから、声も。……どうしよう、なんて言ったらいいのか)
ルファ自身、何が起こったのかまだよく判らず、考えれば考えるほど動揺するばかりだった。
「こういうことはよくあるのか」
「ありません、初めてです。こんな、魔法力が溢れ出すようなことは」
「わけがわからん」
「私もです」
「そういうときは考えるのをやめる」
「え?」
「焦げネコは?」
「ココアなら外へ散歩に」
「雨も上がったな」
アルザークは部屋の窓から外を眺めた。
「外へ出てみないか?」
「でも、いいのでしょうか」
「いいだろ、別に。遠くへ行くわけじゃない。館内の庭園あたりを散歩するくらいなら。それともまだこれを眺めてあれこれ頭を悩ませていたいのか?」
「ぃ、行きたいです!お散歩!」
「じゃあ探しに行ってやるか、焦げネコ」
ほんの少しだけ、アルザークが口元に微笑を浮かべた。
かなり珍しいその横顔にしばらく見惚れて。
ルファは我に返り、慌ててテーブルの上を片付け始めるのだった。
♢♢♢♢
雨上がりの庭は少しだけ肌寒さもあったが、清々しい空気を深呼吸するだけで気持ちが落ち着いていった。
「サヨリおばさんには会えましたか?」
「ああ。女将もしばらく花探しは休むそうだ。探すならおまえと一緒がいいと言っていた」
「そうですか。………あの、天文院から別任務の指令がありました。レフさんの残瘴浄化に同行し、魔法力でイシュノワさんの行方を探るようにと。今回だけ特別に魔法力を使うようにと。老師衆の聖占で決まったそうです」
「そんなことができるのか?」
「内容はまだ書状を読んでないのでなんとも言えませんが。でも……私、アルザークさんに質問に答えてほしくて」
「質問?」
「魔法力を使うことになるので。アルザークさんにちゃんと了解、というのか……だ、大丈夫なのかな、とか」
「何が」
「だからその、伝わるということは」
感じるということは……。
「もしかして、アルザークさんの身体に異変とか」
「そんなものは無い」
「でも……」
見上げると、いつものように冷んやりとした感情の薄い青い瞳が自分を見下ろしていた。
もうかなり見慣れたはずなのに。
その眼差しに、ルファの鼓動は速くなる。
「でも なんだ?」
「ぃえ………」
結局、彼の威圧感に負けて、いつも自分が先に目を逸らしてしまうのだが。
今日はなんだか心が落ち着かない。
(私、なんだか前よりアルザークさんと上手く話せないような気がする)
真っ直ぐ目を見て、しっかり話せないような。
(───なぜだろう。そりゃ 今までだってそんなに たくさん話せてたわけじゃないけど)
こんな息苦しさは今までなかったように思う。
何も言えず、顔を上げることもできない自分が、なんだかとても情けなかった。
「他の件はどうなった。おまえが送ったイシュノワの星図、あれの結果はどうだったんだ?」
庭園を歩きながら、前を行くアルザークがルファに尋ねた。
「偽りの疑いがあるそうです」
「ほかに判ったことは?」
「書簡はまだ途中までしか読んでいないので。私、夕方までにきちんと読み終えます。それからアルザークさんに伝えますから。……あの、今夜またお部屋に伺ってもいいですか?」
「ああ。だがもしもまた何か変な現象が視えたらすぐに言え。それからちゃんと昼寝もしろ。残瘴気を祓う現場に立つだけでも強い気力が必要だとレフもよく言っていたからな」
「はい。私、足手まといにならないように気をつけます」
アルザークは立ち止まり、ルファへと向いて言った。
「誰も足手まといだなんて言ってないだろ」
「でも。なんだか悪いことばかり起きて。判らないことばかりで、なんの成果も得られなくて」
「焦ってるのか?」
頷くルファに、アルザークは言った。
「のんびりなおまえでも焦ることあるんだな。何事も思うように進まないときはあるさ。でもそれはおまえのせいじゃない。調べたり探したり、おまえは精一杯やっている」
その口調はいつになく優しげで、ルファは驚いて顔を上げた。
(これって励ましてくれてるのかな)
不思議な温かさに心が満たされていくのを感じた。
同時になぜだか胸がドキドキして、ルファは慌てた。
「およっ⁉ ルファにアルじゃん。二人ともどうしたのさ、こんなところで」
木陰からココアがひょっこり顔を出した。
「ココア。どうしたのさって、あなたを探してたのよ。もー、どこ行ってたのよ」
「どこって。雨上がりの庭を走って運動不足を解消してたの」
「ココアってば。ちょっと走ったくらいでお腹がヘコむわけないでしょ」
「んむぅっ。続けるわよ、続ければいいんでしょっ。また明日も頑張るもん!
………あぁ、でもさすがに疲れたわ、お腹も空いたし。ねぇ、お昼ご飯まだかな?」
「まだもう少し時間あるよ」
「じゃあ部屋に戻って少し寝る。帰りはここね、あたいの指定席」
ココアはルファの肩にぴょんと飛び乗り身体を預けるように、くて~とぶら下がりながらアルザークに言った。
「あ、お邪魔しちゃって悪かったわねぇ。せっかく二人っきりのところだったのにぃ」
「あのね、ココアを探しに行こうって言ってくれたのアルザークさんなんだよ」
「へぇー。そうなの?あたいのこと心配してくれたんだ」
「俺は別に……」
「なにさ、照れなくてもいいじゃん」
ルファの肩の上で、ココアが尻尾を揺らしながら言った。
「部屋へ戻るぞ」
むすッとした表情で先を歩き出したアルザークの後ろで、ルファとココアはお互いに見つめ合い、こっそりと笑い合った。
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