魔法力〈1〉




 軍部の使者から渡された書簡の中身は、五枚の星図の写しとその内容に関する分厚い書類が入っていた。


 ルファはさっそく書類を読みはじめた。


 まず最初にイシュノワとセシリオの関係について、レフから聞いていた事が書かれてあった。


 続いてイシュノワの記録を写した星図に関する天文院の意見は、未だ分析途中だが「偽造の疑いあり」と書かれていた。


 そしてイシュノワが書いた原図書を証拠として、星見師の館へは戻さず大切に保管すること。


『その管理をルファ・オリアーノに一任する』


 と記されてあり、イシュノワは処罰を検討中とも書かれてあった。


 忌星に関する内容では今回の報告を受けて聖占が行なわれたことと、聖占結果でもある星の宣託が記されてあった。



【不吉纏う忌星である。

 闇に潜む魔の気配あり。春風滞るはみち歪みたる所以】



 滞る春風とは『風の獣』のことだろうか。


 歪んだ路とは『彷徨いの森』のことのように思えた。


 そして星の託宣はもう一つあり、その内容にルファは驚愕した。


 それは奇現象調査とは別に急を要する任務で、妖魔討伐のための特別部隊に所属するレフ・イェールスカイの残瘴浄化に同行し【魔法力】でイシュノワの行方を探ること。

 そのため今回は特別に魔法力の行使を許可するという旨が書かれてあり、書類の間にはルファ宛の手紙が一通挟まれてあった。


 差出人は聖占館の長、マセラ・アイゼルだ。


(魔法力で探すってどうしたらいいの?)


 詳細については聖占館長の手紙を読むようにとある。


 ルファは大きく溜息をついてから、ひとまず手紙は後に回し、先に同封された五枚の星図を机の上に並べた。


 どれも原図書から模写したものだったが、星図はルファが見たいと思っていた眠り夜空になる直前のもので、別紙には観察記録文とそれにまつわる補足内容が書かれてある。


「うわっ。すごい古いのも入ってる」


 広げた星図を眺め、ルファはおもわず呟いた。


 星図は全て別地方での記録だった。そして五枚の星図の年月日を見ると、三年前と八年前に記されたものがそれぞれ一枚ずつ。


 ルファが生まれるより十数年も前のものが二枚。


 そして一番古い星図で二百年も前の写しが一枚入っていた。


 補足内容としてルファが星の泉で視た夜空図の写しに関しては、天文院でもまだ詳しく調べる必要があるということ。


 調査する時間も届ける星図の枚数にも限りがあり、今回は五枚だけの抜粋になったこと。

 そしてもしもまだ今後の分析に必要であれば別の年月日の星図も送ることが可能だと書かれていた。



 ♢♢♢♢



(なんだろう)


 五枚の星図を眺めていると、ルファの脳裏にある光景が浮かび始めた。


(あれは……)


 目を閉じることでより鮮明に浮かぶ風景があった。


 ───あれは、私が視た夜空。


 彷徨いの森で。星の泉で。


 泉の中に視えた、たくさんの星。



 でもその後で宙に浮かぶ大きな魚が、あの泉の水面を揺らして。


 ───あのとき、歪んだ後に一瞬視えたあの星々。



 夜空。星空。天象図。───知らない星。



(私は確かにあのとき視て………読み解いた)



 ルファはハッとして立ち上がり、筆記用具と星図用の紙を用意した。



 そしてあのときの、ルキオンの月と呼ばれる橙色の彩星と紫色のほうき星が輝いていた夜空図を描き出す。


 数分でそれを書き上げ、天文院から送られた五枚の星図の横に並べる。



(なんだか不思議な感覚がする)



 それは自分の中で何かが急速に溢れ出すような感覚だった。



 こめかみの辺りが痛くなり、目を閉じると金の光が迫り脳裏で弾けた。



 頭の中で感じているのだと、そう思うのに……。



 星の光に似ているそれに、ルファは手を伸ばしそうになる。



 手の中に閉じ込めてみたくなる。



 そして思い出す。



 あのとき、魔法力を使いラアナの腕輪を作るために光を喚んだときのことを。


 あの感覚が、記憶が、重なるように。何故なのか今、ルファの身体を支配していた。


(私の中から溢れ出すのは魔法力?)


 それとも光?


 そして微かに聴こえるこの音は……?



 ラアナが口ずさんだあの旋律メロディに似た不思議な響きを、ルファは耳の奥に感じた。


 そしてその音に反応するように、目の前の星図が淡く輝いている気がした。


 紙面上の星と星とを結ぶ線が、浮き上がるように光って視える。


 繋がっていく線と線が、まるで路を指し示すみたいに。


 ───そしてその先にある星は?


 この星はなに?


 重なる光と重ならない星。


 サヨリおばさんは言ってた。


 彩星の位置がいつもより少しズレていたと───。




(知りたい、もっと………)



 光が、



 響きが。



 私を導いてくれたらいいのに。



『デキルヨ、オマエナラ───』



 誰かの声がした。



 ラアナに似た声にも思えるが、違う者の声にも思えた。



(できる? いいえ、ダメだ………そんなことは───)



『───デモ シリタイノダロウ?』



 知りたい。


(ええ、とても)



 闇夜に瞬く星々の不思議を。



(でも……)



『ダッタラ チカラヲ………』



 でもそれは……。それはいけないことだもの!



「───ルファっ!」



 部屋のドアが勢いよく開けられた。


 頭に響く声を強く否定した瞬間、ぐにゃりとルファの視界は揺れ、身体が崩れるように床へ沈んだ。





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