詩と旋律〈1〉
♢♢♢♢♢
「……何の用だ」
扉を開けて顔を出したアルザークは部屋着姿で髪も少し濡れているせいか、いつもと違う雰囲気だった。
(お風呂上がりかな?)
「何の用かと言ってる」
ぼんやり顔のルファを前に、アルザークは眉間に皺を寄せ不機嫌に言った。
「……あの、聞いてほしい話があるんです」
渋々、という感じでアルザークはルファを部屋へ促した。
部屋に入るとほのかに酒の香りが漂っていてルファは驚いた。
「 花酒ですか?」
「寝酒に少しな」
「なんだか懐かしい」
「懐かしい?」
「花酒は
「そうか。───座ってろ。ロム茶でいいか?」
「あ、いえあの、何も」
お構いなく、と言ったのだが。
テーブルに着いたルファの前に、ロムという豆を焙煎して作られたお茶が注がれた。
「わぁ、ロム茶なんて珍しいですね」
「北では一般的だが」
「これ、好きです。豆の香りが良いんですよね」
「そうか? 花の香りのある花梨茶のほうが北では高級品だがな。それで話というのは?」
ルファは森で感じたことをアルザークに伝えた。
「ぼんやりしていたのはそのせいか」
「はい。ごめんなさい、すぐに言えなくて」
「音だけか? 何か視えたりしないのか?」
「視えるものは何も」
「その鼻歌のような響きというのは、あのラアナという名の子供のものなのか?」
「似ているとは思うけど、あまり自信ありません。次の花探しからまた注意してみます」
「何か変化があったらすぐに言えよ」
ルファは頷いた。
「それにしても、やっかいな力だな。聴こえたり視えたり」
花酒を口にしながらアルザークが言った。
「ですよね。私もまだ慣れてなくて」
考えてみたら、星読みになってまだ三ヶ月も満たないのだ。
普通の者とは違う異能者としての自覚さえも、まだルファにはなかった。
けれどそろそろしっかりと受け入れて慣れていかなくては。
生涯を共にするこの力に。
「そうだな。俺もおまえには慣れてない」
「え?」
フッと。アルザークの青い瞳が逸らされた。
「丁度いい機会だから尋ねるが、今回の花探しについておまえが何を考えて何を思って探しているのか。星読みとしての意見を聞かせてくれ」
「はい………」
「幻の花の群生と彷徨いの森で遭遇した星の泉の関連性は? どう思ってる?」
「関連性はあると思います。今日サヨリおばさんから教えてもらった詩も…………あ、そういえば………」
(そういえば、あの詩はラアナが口ずさんでいたあの声と………)
言葉のないあの旋律と───、
聴こえる響きはラアナが発している声なのかどうかはまだ判らないけれど。
あのメロディに『星の泉』の詩を当てはめてみたらどうなるだろう。
「ルファ?」
たとえば旋律に沿いながら詩を口ずさんでみたら。
あの響きはあの詩とピタリと重なるような気がする。
「おい、こら!」
「わッ」
ハッとして我に返るとアルザークの顔がすぐ近くにあり、ルファは飛び上がるほど驚いた。
「なッ、なんですか⁉」
「そりゃこっちの台詞だ!なんなんだおまえはっ。さっきから呼んでる」
「え、そうでした? ごめんなさい、ちっとも気付かなくて」
「おまえは行動だけじゃなく頭ん中でも突っ走ってしまう傾向があるんだな」
「だって。気になったことが次から次へと……」
「なんだ、言ってみろ」
「響きと詩が揃ったらどうなるかな~とか?」
「何を言ってるのかさっぱりわからん」
「え、ぇっと、なんか……。まだ上手くまとまりません」
「明日までにまとめとけ!」
「はぃ」
「まったく。いつにも増してぼんやりし過ぎだろ。それにそのデコ!」
「で、でこ⁉」
「見えてるぞ、星」
「え、あ、これは」
ルファは星印に手を触れながら言った。
「お風呂から出て、隠すの忘れちゃって」
「お─ま─え─ッ!」
「だ、だって。実家の部屋で眠るときはいつも隠してなかったから、ついうっかりと……」
アルザークの冷気を帯びた視線にルファは身を縮ませた。
アルザークはそんなルファを睨んだ後、小さく溜め息をついてから言った。
「だったら随分貴重なものを俺は拝ませてもらったことになるんだな」
「拝んだからって御利益があるわけではないですよ。それに……」
語尾が小さくなり、うつむくように下を向きながらルファは言った。
「貴重だとか稀少だとか。そんなふうに言われるの、なんだか嫌です」
「そうは言っても世間一般では普通にそう思うだろ。魔法力という異能まであるんだ、そんな者になりたいだなんてよく思ったな」
「そ、そんな者だなんて……。そういうんじゃなくて……。私は月星がとても好きで、いろんな不思議に近付きたくて。だから小さい頃から星見師になりたくて。でも星読みは夢でした。ずっと憧れていた職で。自分が本当に祝福を受けるとは思ってませんでしたけど。そりゃ、不思議な力まで備わってしまったけど。………でも、やっぱり嬉しいんです、私。星読みになれたことが」
「だったら多少の珍獣扱いは我慢するんだな」
「ち、珍獣⁉」
「貴重で稀少と言えば珍獣だろ。憧れを抱いてた職に就いたんだ。文句を言うのは贅沢なんじゃないのか」
(だからって!珍獣だなんてひどいッ)
ルファは膨れっ面でアルザークに向かって言った。
「アルザークさんだって、貴重で稀少が当てはまるものがあるじゃないですか」
「ふーん。聞いてやるから言ってみろ」
悔しさからおもわず口に出してしまったルファだったが、不機嫌が増しそうなアルザークの様子に口ごもる。
「そ、その……髪色も珍しくて」
「おまえだって珍しい色じゃないか」
「風鷲の称号とか」
「あんなもの、貰いたくて貰ったわけじゃないからな。返上したいくらいだ」
「えっ、そんな……。風鷲は騎士としてとても誇れる称号じゃないですか。風鷲の受位を夢見て騎士団へ入る者もいると聞いてます」
ルファの言葉に、アルザークは鼻で笑った。
「俺はそんなもののために軍へ入ったわけじゃない」
「だったらなぜ?」
「俺はおまえのように夢だとか憧れだとか、おめでたい想いを抱いて軍職に就いたわけじゃない。………仕方なくだ」
「仕方なく?」
いったいそこに、どんな事情があったのか。とても気になるルファだったが。
「こんな話、聞いてどうする」
目の前のアルザークは、これ以上尋ねてほしくないという雰囲気で。
暗く翳る眼差しを前に、ルファの胸がチクリと痛んだ。
(でももう少し話がしたい)
自分が星読みになってまだ間もないのと同じように、アルザークと知り合ってからも、まだほんの僅かな日数しか経っていないのだ。
だから余計にアルザークが何をどんなふうに思い考えているのか少しでも知りたいのだとルファは思った。
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