報告




 食事を終え店を出て宿館へ戻るまで、ルファはアルザークに何度も話しかけようと思ったのだが、言葉がうまく出てこなかった。


 星読みがルキオンに来ているという噂があることにルファは動揺していた。


 天文巡察官の任務に関して領主はもちろん軍の関係者、そして星見師もその所在を口外してはならないという鉄則がある。


(それなのに。……どうして)


「どこから噂が出たんだろう」


 厩舎へ愛馬を戻してようやく、ルファは思いを口にした。


「で、どっちなんだ?」


「は?」


「星印は触ると天罰が下るのか、それとも幸福を得られるのか?」


「そんなの、どっちでもありません」


 星印にそんな意味などないし聞いたこともない。


「そんな噂、信じないでください。それよりも星読みがルキオンにいるらしいって噂の方が重大です」


「所詮噂だ、気にするな。皆真剣に信じちゃいない。誰かに見られたわけじゃないだろ」


「それはそうだけど」


「だがうっかり見られないように気をつけろよ、おでこのそれ」


 それ、と言われて。


 ルファはおもわず額に手を当てて頷いた。


「噂を気にするようなら上等だ」


 意味がわからないと言いたげな眼差しを向けるルファに、アルザークは言った。


「警戒心を養うにはいい薬になる」


「くすり?」


 アルザークは頷いた。


「もっと注意深くなってもいいんだがな。そうすれば、おまえのその危なっかしい性格や自分の行動にももっと責任が持てるようになるだろ」


「そ、それって、まるで私が危なっかしいくせに警戒心の全くない人間だと言われてる気が………」


「そう。あと無自覚な子供」


「そッ、そこまで言わなくてもっ」


「ほら、そんなふうに膨れるところが子供みたいじゃないか。真実を言ったまでだ。お子様じゃないんだったら直せ。───俺は部屋に戻る」


 アルザークはふくれっ面のルファに背を向けると、宿館の正面玄関へ向かって行った。



 ♢♢♢



「ふぁ~、いいお湯だったなぁ!やっぱり浴場のある宿館はいいわね~」


 お風呂上がり。


 部屋へ戻ったルファは寝台に寝転がると、大の字になった。


「ちょっと~、髪の毛ちゃんと拭きなさいよ!風邪ひいても知らないぞっ」


 ココアがルファの足元で言った。


「わかってるわよ。……ね、ココア。あのさ」


 ぼんやりと、ルファは天井を眺めながら言葉を続けた。


「ほら、今夜食べたあのお料理! お肉とかとろとろでよく煮込んであって。香辛料はわりと辛めだったけど美味しかったね」


「そうねぇ。まあまあ、良かったわね」


「まあまあって。ココア、あなたそんなに味に厳しかった?」


 ココアの返事はなかった。


「……ねぇ、ココア。…………あのさ……」


 それはルファの中ではまだ言葉を繋げることに躊躇いがあった。


「やっぱりなんでもない」



 少しして。


 近くに気配を感じ目を開けると、ココアがいつの間にかルファの顔の横へ来ていた。


「ルファ」


 ココアは翡翠色の眼を細めて言った。


「あんた、何か森で感じているね?」


「もしかして、ココアも?」


 ココアは長い尻尾を揺らしながら答えた。


「あたいはさ、普通の動物とは違うからさぁ。でもルファ、あんただって普通とは違う。だから感じるんじゃないの?」


「そう……。あのね、一日目はね、何も感じなかったの。でも昨日から少しずつ、気のせいかなって思ったけど。でもやっぱり今日も感じてるときがあって。

 ……あのさ、ココア。花探しを始めてから、森で何か聴こえるときない?」


「んー、あたいはぞわぞわしたものを感じるわ。ヤな感覚をね。ルファは音なの?」


「そう。歌、みたいな」


(歌うような声が………)


「ほら、彷徨いの森でラアナと出会ったとき、あの子何か唄うように口ずさんでいたでしょ。歌詞のない旋律だけのものを。あのときのメロディーに似た響きがね、二日目くらいから森のなかでときどき感じて。耳を澄ませてしまうの」


「うん。実はあたいも彷徨いの森で迷子になってたときの感覚に似てるのは同じ。でもそうか、だからルファ、なんだかぼんやりしてたわけね。サヨリおばさんもアルの奴もそんなぼんやりなあんた見て疲れてるのだと思い込んでるわけだ」


「でもサヨリおばさんに言うわけにはいかないもの。アルザークさんには聴こえてないみたいだから。私だって確信がもてるわけでもないの。もう少し様子を見ようと思ってはいるのよ 」


「でもそれ、言った方がいいと思うよ、アルに」


「だって。まだ自信ないし、私の空耳かも」


「空耳でもなんでも、ちゃんと報告しないと。ただでさえあんたは危なっかしいんだから」


 アルザークに次いでココアにも同じことを言われ、ルファは落ち込んだ。


「私ってそんなに危なっかしい?」


 ココアは頷いた。


「星の泉でもそうだったけど、集中し過ぎて周りが見えなくなってるくせに突っ走っちゃってハラハラさせて。危なっかしくて、貴重で稀少価値で。料理屋でも言われてた通りだよ」


「そ、それは……。確かに否定はできないけど」


「アルザークに歩み寄りたいって想いはどうしたんだよ。あいつはルファの星護りでしょ? 月星が導いた相手で、星読みが情報を共有できる相手でもある。

 まぁ、今はレフとかいうあの軽薄兄さんも交ざってるけど。でもアルにはいろんな考えや気持ちを伝えていかないと、この先、奇現象の一つも解決できないぞ」


「……うん」


「まさか言っても信じてもらえないとか思ってるわけ? あいつ、そんな奴か?」


「そうは思わないけど」


「だったら怖くてもさ、人間関係も信頼関係も、頑張って歩み寄って努力もしないと築けないときもあるでしょ」


「うん………」


「もしもルファが星護りだったらどう思う?」


「え?」


「自分に置き換えて考えてみなよ。星読みにはなんでも話してほしいとか思わない?」


「思うわ……」


「隠されてたらどう?」


「心配……。不安だよね」


「アルもきっと同じじゃないかな。あいつ無愛想だけど本当は………。ルファがしっかり伝えることで、あいつだって安心すると思う」


「伝える?」


「そうだよ。それにアルは天文や奇現象に関しちゃ素人なんだからさ。ルファがもっと積極的にあれこれ教えてあげたほうがいいと思うぞ」


「そりゃ、私だって、ほんとはアルザークさんともっといろいろ話せたらって思うのよ。でも、もしかしたらアルザークさん星護り職が嫌なんじゃないかって思ったり。それに私、いろいろと迷惑かけて心配させてるみたいだから。申し訳ないなとか思っちゃって。そしたらなんか言えなくて」


(………あ、そういえば。心配かけた分、後で何か返してもらうとか言われたんだ)


「でもさ、星護りは護衛職でもあるんだから。星読みの心配するのは当たり前な感じするけどね」


 ココアの言葉にルファは少し考えてから首を振った。


「当たり前だなんて、そんなふうに思ってはいけない気がする。私はなるべく心配をかけないようにしなきゃって思ってるわ」


「ふーん。ま、ルファがそのことで心苦しいならさ、少しでも減らすこと考えなさいよ。ほら、報告報告!」


「え、今から?」


「思い立ったが吉日よ」


「でももう寝ちゃったかも」


 ココアはルファから離れると窓から外を覗いた。


「大丈夫、まだ灯りついてる」


「そ、そう?」


 躊躇いながらも、ルファは寝台を下りた。


「ちょっとルファ。その格好のまま行くつもり? なんか羽織りなさいよ。髪の毛も!乾かして梳かして。もおッ、世話の焼ける~」



 ココアに世話を焼かれてから数分後、ルファはアルザークの部屋を訪ねた。




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