星色の花〈2〉
サヨリの話は続いた。
「ふのふわはね、群生で咲くから。夜はその場所だけ光が溢れて、淡い光の泉が湧いたように見えてね。まるで星の泉みたいなんだ。近頃は彷徨いの森が危ないから、昼間に蕾を探しているんだがねぇ」
「あの! もしよかったらその花探しに私も連れて行ってもらえませんか?」
見聞きしていたものの名前に興奮しながら、ルファはサヨリに願い出た。
「あたしはいいけど。いいのかい?」
「はい、ぜひお願いします!」
「お嬢ちゃんに聞いたんじゃなくて、旦那にだよ。なんだか気に入らない顔してるわよ」
「俺も同行するから構わない」
サヨリの視線を受けたアルザークが言った。
「そう。でも今日はもうこれから店のパンの仕込みがあるから、明日の朝から来れるかい?」
「はい、大丈夫です」
「んじゃ、決まりね。お目当ての場所はうちから馬で十五分くらい行ったところの森の中でね、薬草もよく採れる場所さ」
「あの、サヨリおばさん。もう一度確認しますが、眠り夜空になる前におばさんが見た夜空は十年前の〈ふのふわの花〉が咲いた頃の星空と同じなんですね?」
「彩星の位置が少し違っていたように思うけど。それ以外は同じだよ」
「でも十年前は彷徨いの森が現れていない。そこだけが、今のルキオンの状況と違うのですね?」
「そうだね」
「私、ルキオンの月と呼ばれる彩星が最初、冬の代表星〈オリオン〉に似ていると思ったんですけど。この時期、オリオンはもうここではあまり見えないものなのですか?」
イシュノワの邸で調べた昔の夜空図。あの移り変わりの激しい星図にオリオンを確認する記載はなかった。それはこの時期、この
けれどイシュノワが赴任してから書かれた観測記録の星図には記されていたのだ。
冬の
「オリオンねぇ。確かにあれは『標の星』に似てるけど。オリオンはいつもこの時期には見えないよ」
「そうでしたか」
信じたくないが、やはりイシュノワは嘘の夜空図を描いていたのかもしれない。
「あれは春が近くなるとルキオンからは見えなくなるんだよ。それに〈
「せいろ?」
「星の
「天の回廊は天界へ通じているものだと神話語りで聞いてますが、
「南方にはこちらと違う昔語りや星物語があるからね。伝えでは星路というものがこの地上のどこかにあって、そこから天へ昇る回廊が続いているという話さ。その場所が天と地の境い目だとも言われてる」
ルファとアルザークは顔を見合わせた。
不思議な双子の片割れ、ラウルがアルザークに言ったという言葉をルファは思い出した。
彷徨いの森が天と地の境目であると。
「そこは季節を運ぶ役目を担う四季の獣たちが行き来する場所かもしれないね。きっと獣は季節毎の代表星を携えて渡って行くんだろうよ」
季節を運びながら。星を巡らせながら。
それこそが今、この季節の夜空を彩るルキオンの星空なのだろうとルファは思った。
「口伝の詩はこれから思い出すとして。あんた達に話して聞かせることなんて今日はこのくらいかねぇ」
「あの、標の星はもう一つ存在しませんか?」
「え?」
サヨリは首を傾げながら答えた。
「あたしが知っているのは一つだけだがねぇ」
「そうですか……」
「ほかにもまだ何か聞きたいことあるかい? あたしもそろそろ店に戻らないと」
「いえ、充分です。とても貴重なお話でした。ありがとうごさいました。明日の花探し、よろしくお願いします」
席を立ち、ぺこりとお辞儀をするルファを見て、サヨリは微笑んだ。
「はいよ。星の花のようなお嬢ちゃんと一緒なら、幻の花も姿を現してくれるかもしんないねぇ。楽しみにしているよ」
サヨリに見送られ、ルファとアルザークはパン屋を後にした。
♢♢♢
「浮かない顔だな」
店の外で、なかなか歩き出そうとせずに考え込むルファに、アルザークが言った。
「参考になる情報じゃなかったのか?」
「いえ。おばさんのお話はとても参考になりました。ただ、イシュノワさんのことが気になって」
「嫌われてるようだな、あいつ」
「………行ってみようかな」
「あいつのところへか?」
「あ、でも今日はまだ借りてた星図書とか返せないし。やっぱりやめておきます」
(イシュノワさん、風邪よくなったかな。なぜあんな夜空図を描いたのか聞いておかないと……)
ぼんやり考えているルファの横でアルザークがぽつりと言った。
「あいつの所へ行ってみるか?」
「あいつって?」
「レフだ。あいつに話があったのを思い出した。おまえもあるんだろ、今朝の話の続きとか。脱線がどうのとか」
「はぁ……」
とはいえあの脱線話はアルザークのいるところでは話せそうもない。
けれどこのまま言葉に詰まっていたら変に思われそうなので、ルファはほかに気になっていたことを口にした。
「あの、アルザークさん。誤解な事とかはしっかり否定してくださいね。ご迷惑でしょうから」
「なんの話だ?」
「だからその……。私はアルザークさんのお、お嫁さんではないので。否定しなければアルザークさんの本当のお嫁さんに失礼だったり……するので。ですから」
「嫁はいない」
「ではお嫁さん候補の方とかに」
「いない」
「……そうですか」
それきり会話は途切れ、二頭の馬が繋がれた場所へ歩き出すアルザークの後を、ルファは慌てて追いかけた。
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