ほうき星
♢♢♢♢
魔法力で描いた星図をじっと見つめながら、ルファは考えた。
途切れている星路はルキオンの月と星冠の間だった。
南の星々からルキオンの月へ繋がる星路があり、星冠からは北に延びる光が星々と繋がっている。
けれど標の二つ星の間に路はない。
ルファは頭の中に地図を広げた。
(北の方角。この辺りはサヨリおばさんが、ふのふわの花探しに行ってみようと言っていた方角だ)
南から北へ繋がる星路上にある星冠。
その場所には星霊主が儀式を行う星の泉があるはず。
ルファは地図と夜空図と星図を、頭の中で重ねながら予想を巡らせていく。
途切れた星路に歪みの原因があるというマセラの予見。そして路を示すものが詩の中にあるのなら。
《光隠れる春の路》は途絶えている星路のことで、南から北へ繋がるその路が春の路だとすれば、四季を運ぶ聖獣『風の獣』の通り道ということになる。
そして《泉に眠る二つ星》とは。───星冠と?
(隠れているんだ……。私がまだこの夜空図に加えていないあの星の光を置いて、この天象図を完成させたらきっと見つかる)
「隠れているものと隠されているものも……」
───そして目覚めるだろう。
《月の目覚めを待ちながら 闇夜の中で数え謳う 摘みし花と星───》
花はきっと「ふのふわ」のことだ。
それは春の女神が愛する花でもあり『春告げ花』とも呼ぶ、星色に光る幻の花の群生。光の泉が湧いたように見えるその場所はまるで〈星の泉〉のようだとサヨリは言っていた。
そして幻の花が咲くことを知らせる〈星〉が、
その星はルファの目の前に広がる夜空図に、まだ加えていない光だった。
天文院では忌星と呼ぶ、濃い紫のほうき星。
その位置はルキオンの月と星冠の中間。
この星もきっと歪みの原因なのだ。なぜならほうき星も星路を示すから。
どの星も路を放つ。それは忌星でも同じだ。
ほうき星は滅多に現れないもの。十数年周期で現れる奇星の放つ星路が、標の二つ星の路に影響を与えているのだとしたら。
歪み、という現象を。
南方地域では知らせ星とも呼ばれるほうき星。
星路が示す先にはきっと星色の花の群生がある。
泉に眠るもう一つの星は『ほうき星』。
そして
サヨリの教えてくれた詩とマセラの手紙にあった詩が不思議と似通っているのは偶然ではないのなもしれない。
きっと繋がりのある詩なのだろうとルファは思った。
ほうき星を標の二つ星の間に加えることで天象図は完成する。
魔法力を使って星の光を喚び、配置した標の二つ星。ルファは片方の
魔法力によってほうき星を加え、星路が繋がれることで位置も軌道も修正されるのではないかと考えながら。
けれど天文院から星の託宣として伝えられた聖占内容に不安があった。
【不吉纏う忌星である。闇に潜む魔の気配あり。春風滞るは路歪みたる所為】
もしも
(───でも。ここでやめるわけにはいかない)
星路を繋げるために。
星が巡るための路を開くために。
眠る季節が目覚めるように。
(私にできることなら。……やり遂げたい。星読みとして)
そして知りたい。完成した天象図の星路を。風の獣の通り道を。
(───見てみたい。星色の花の群生を)
ルファはルキオンの月と星冠に手を伸ばした。
上手く喚び紡げるだろうか。
魔法力で喚んだ光は小さいけれど星の力を宿している。
光が繋がろうとしているその力を借りながら、ほうき星の光を喚び寄せようと集中する。
(知りたいの。教えて。導いて………)
───強く強く。願いながら、祈りながら。
魔法力の高まりを意識したときだった。
突然、ルファの耳を掠めた音があった。
硝子が割れたような音に似ていた。───が、魔法力に集中していたせいもあり確信はない。
一瞬の僅かな響きだったので気のせいかとも思う。
(でも………。何かほかにも重なって聞こえた音があったような。音というより声だったような気もする。小さな笑い声のような……? ───また、今も)
「───ルファ!」
(えっ、アルザークさん⁉ )
その声に驚いて、ルファは視線だけ声がした出入り口へ向けた。
なぜか扉の前だけが濃い闇に覆われているような気がした。
そして床に残る血の痕を見たときと同じ不快感を覚えたとき、今度ははっきりとした声が部屋に響いた。
「いいのかい? そんなに魔力を高めたりして。僕にとっては好都合だけどね」
濃い闇の中に血のような紅い色が揺らめいて、それはだんだんと人の形を成していった。
「待っていたよ、星読み」
声は男のものなのに、真紅の髪が肩から豊満な胸元へ伸びているその姿は妖艶な女性のもので、金色の双眸に邪気のある嗤いを浮かべながらルファの前に現れた。
時同じくして部屋の外───。
アルザークが妖魔の気配を感じたのと同時に廊下の窓硝子が割れた。
(何が起きてる⁉)
邸の外、レフが向かった裏庭から妖魔の気配を感じた。───が、ルファが籠る部屋からも強い妖気が感じられた。
「───ルファ!」
覚えのあるその禍々しい気配に、アルザークは叫びながら扉に手を伸ばした。
「ルファっ、ここを開けろ! ───なぜ開かないッ⁉」
鍵はかけていないはずなのに。扉が開かない。
扉を開けようと叩く音とアルザークの慌てた声に、紅い髪の女は笑みながら呟いた。
「そう簡単に開くもんか。狭い暗闇の中でずっと我慢していたんだ。やっと楽しめるのを邪魔されたくない。もう少しで力も戻るからな」
女は足元を見下ろした。その躰には両膝から下がなかった。見えるのは床の境目までもわからないくらいに広がっている暗黒だった。
「ぁ、なた、は……?」
身がすくむような禍々しさに、ルファの声は震えた。
「僕はセティ。これはセシリオが付けてくれた名前だけど気に入ってる」
信じたくないと思っていたセシリオと妖魔との繋がりは、ルファにとって辛い事実となった。
「外に罠を隠したせいで僕の力は半減したけれど。この部屋に残る瘴気と、君の魔法力の中に含まれる魔力は僕の糧になる。少しずつ力が回復するのがわかるよ。───ぅふふふ。その証拠にほら、あの札だって剥がせる」
セティは片手を上げて指先を動かした。するとその手にはレフが応急処置だと言って貼った術札の一枚が握られていたが、赤い炎のような光が現れ、その中で一瞬にして灰になった。
その途端、室内に広がる星明りが揺らぎ闇色が増した。
床に置いたままの角灯の炎も弱くなっている。
札が一枚でも剥がれたら任務を中断して部屋を出る。
そうレフたちと約束していた。
(でも、あともう少しだけ。もう少しでほうき星の光を喚べるから───)
「───ルファッ!」
アルザークの声と同時に室内に微かな振動が起きた。
扉からの衝撃音も。
「おいおい。体当たりして扉を壊す気かよ」
セティは笑った。
「あいつがここに飛び込んでくるのと、僕がおまえに近付くのとどちらが先かな」
闇に覆われていたセティの膝下が少しずつ形を成している。
「どのみちおまえは逃げられない。出入口は一つだけ。扉は僕の後ろだ」
「……逃げないわ。……私、逃げたりしない。やらなきゃならないことがあるもの……」
か細い声がセティに聞こえたかどうかはわからない。
(ごめんなさい、アルザークさん。私………)
ルファはセティから視線を外し、標の二つ星に向き直り手を伸ばす。
そして強く、光を願った。
ほうき星の光を。
室内の星明りが再び輝きを増すと、セティはルファを睨んで言った。
「星の力よりも魔力だ! 魔力をもっと高めろ! 魔力をよこせっ」
セティの放った術なのか、熱のこもった空気が押し寄せてくるのを感じた。
ルファは紡いだ光を操り、足元に護身効果のある陣を描いた。
保てるのは数分だが、邪気を遮断する効果がある。
(もうすぐ……。あと少しで光が───)
二つ星の間に向けて
紫の光が現れた。
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