四章(急)・26



 眩き光が地を奔る。

 陽の中心より生まれいずるはそれこそは、【太陽の鎧】、その最大権能解放段階――【日光照臨大権現】。


 太陽神が中に篭め、冶金の神が留め置いた、その膨大なるエネルギーを――この一時に燃やし尽くす終幕形態。

 身を守る為の甲冑アーマーから敵を倒す戦闘服スーツに変じたフォルムの手が、世界に滅亡を齎す杖から、その本体、アンゴルモアへと伸びていき、


「触れるな、愚物ぐぶつッ!!!!」


 横合いから、薙ぐ蹴りに打ち払われた。


「それは、わたしの、灼熱だッ!!!!!」


 大創造神、ハルタレヴァ。

 その瞳に憎悪を灯し、憤怒を内燃機関とし、そこにいるのは少女でなく、少女の形をした溶岩だった。


 跳ねる。

 駆ける。

 四肢を振るう。


 流動する一挙手一投足。美しさを際立たせる禍々しさ。それは死せよと吠え猛る舞踊であり、今、謳われる呪詛の儀式。集め集め集め続けた【信仰】が、大創造神としての貯蔵がハルタレヴァの力となる。世界と接続する権能を封じられていようとも、彼女は自らの性能を底上げ出来る。


「どうした、【救世主】! こんなことで、わたしを手玉にとったつもりかッ!!!! その程度の隠し芸で、降伏すると思ったかッ!!!!」


【日光照臨大権現】。

 異なる世界の異なる神の、その合作とさえ渡り合う。

 グヤンキュレイオン抜剣時を上回る能力値上昇を以てしてさえ、拮抗の線を越えられない。


「大創造神をッ! ハルタレヴァを、嘗めるなぁぁアアァァアァッッッッ!!!!」


 熱波の如き大宣言。

 それを浴びながら、田中は静かに思考する。


 状況把握。

 性能確認。

 装備整理。

 そして、

 果たすべき目的と、

 この状況を打開する為の、

 プラン


 連続する噴火の如き猛攻、僅かにでも受け損なえばそこで終わりの激発、吹き寄せる熱情は針の穴に意図を通す集中を余儀なくし、


「――――――――


 背後から。

 氷柱のような、不吉を感じた。

 直感だけで、身体が動いた



                 ■■■■■



 背後。

 襲い掛かったアンゴルモアの、その攻撃が空を切り。

 突き出された杖の先に、と無が生じた。

 その向こうに何も見えない、平面でありつつ立体的で、あらゆる存在を否定する【虚無の穴】が、世界に空いた。


 それはほんの一瞬だけ留まり、集束するように閉じる――周囲を中へに引き込もうとする、地面が抉り取られるほどの、吸引の余波を伴って。

 体勢を崩すぐらいすれば御の字だと思ったが、姿を変えた田中は、何を感じとってか素早くそこから離脱しており、影響を免れていた。


「っち、」


 舌を打ち、しかし直後に彼女は笑う。

 ハルタレヴァは、田中が見せた“劇的な反応”を答えとする。


「――――っは、はははははははははははははははははッ!!!!!」


 見たぞ。

 見たぞ。

 確かに見たぞ。

 口端が歪む。愉快が溢れる。ここで笑わずいつ笑う。


「そおおぉおおううかッ!!!! 、おまえッ!!!!」


 奴は。

 その特性で、ミロレフロームの呪いで、守られている。【世界を滅亡させるもの】への、絶対的な権利を持つ。

 ――――だが。

 それは、あくまでも、【滅亡因子】による直接的な作用に限る。


 要するに。

 アンゴルモアからの干渉、【崩壊】は無効化出来ようと――

 ――その影響で連鎖する、【世界の修復】に巻き込まれては、無事では済まない。

【そちらの現象】はもう、原因が――【現象の分類】が違うから。


 防げない。

 どうしようもない。

 管轄違いに手の出せない、お役所仕事のように。


「あっははははははははッ! 残念だ、残念だ残念だ残念だよ、全くこいつはがっかりだ!!!! ああ折角、相手になると思ったのに! 所詮はこれか、ここまでか、人間風情がどれだけどれだけハシャいだところで、神の域には届かないッ!!!!」


 殺してやる、とハルタレヴァが笑う。

 殺しましょう、とアンゴルモアが後に続く。


「誰がおまえに頼むものか! 誰がおまえに求めるものかッ! ああ、そうだ――【世界】でおまえを殺してやるよ、虚仮脅しの救世主ッ!!!!」


 灼熱が来る。

 極寒が往く。

 大創造神ハルタレヴァと、葬世救神アンゴルモアが、糾える嵐となって、ちっぽけな陽を飲み込まんと肉迫していく。



                 ■■■■■



 趨勢が傾く。

 拮抗は動き、防戦へ変じた。

 ハルタレヴァが削り、視野を殺ぎ、そしてアンゴルモアが狙う。


 連携を超えた接合、繋ぎ目無き波状、渦巻き狂う寒冷暑熱、二柱一対の殺人舞踊。

 太陽神と冶金神の加護を得て尚凌ぎ切れぬ過酷の現象、幾千の鑢に嬲られるように失われていく余裕と領域、神威礼装【日光照臨大権現】。


 燃えるような笑い声と、忍び寄る無言の冷気が間断無く彼を挟む。

 それらをただひたすらに避け続けながら、避け続けることしか出来ないままで、しかし時折その脳裏に浮かぶものがある。

 身に纏いしスーツの奥、仮面に覆われたその下の表情で、田中は唇を噛み締める。


 笑わない操り人形と、

 笑い続ける操縦者。

 発露する憎悪、死の宣告。

 なんて、楽しそうで。

 なんて、ありのままな。


 殺すこと滅ぼすことを創造の神は謳い、今まで行ってきたどの舞台より弾む、開放感に溢れた動きで目の前の敵を、その価値を否定する。

 心の中の鬱積を、全力で吐き出すように。

 培われた絶望を、全世界へ訴えるように。


 ――――それと、こうして、向き合っていると。

 どうしようもなく、一瞬、魔が指すように、あらゆる抵抗を止めて、彼女の成すがままにされてしまいたくなることがあるのだった。

 


                 ■■■■■



 ――――得体が知れない。

 どれだけ状況が優勢に傾こうとも、心を狂騒で満たそうとも、ハルタレヴァの中には常にその感情があった。


 極寒ではなく、

 思えば、その男は昔からそうだった。

 何を考えているかわからなくて。

 何をしでかすのか予想出来ない。


 つまり、最初からそうだった。

 何もかもうまくやっていけていると、全てを欺けていると信じていた、【神々と異世界への復讐】。

 それを、唯一。

 見破ってきた、想定外。


 おまえは【破滅】だ、と少年は言った。


 あの瞬間。

 大創造神ハルタレヴァの中にあったのは――かつて、自らの世界が滅ぼされていく様を見ていた時の、あの感覚にも似た極寒だった。


 同時に。

 彼女は、少年の眼の中に――自らと同じ、陰りを見た。影を見た。闇を見た。炎を見た。


 ついぞ。

 出逢うことなどないと思っていた、【同胞】が其処に居た。


 ――故に。

 ハルタレヴァは、その人間を警戒し、傍に置くことにした。

 万が一の事を、絶対に起こさせないよう、見張る為に。


 全異世界を。

 神々を。

 この人間に、先に滅ぼされてしまわないように。


 それが、十二年前に彼女が彼を見初めた、本当の理由。

 処罰されるところを庇ったのは、余計な刺激を加えることで、その変質が加速してしまわないように危惧してのこと。


 ――そうだ。

 危機感。

 根底には、それがあった。

 あの日からずっと、どれほどの立場を構築し、彼が異世界公安の企みで経験を積み、すっかりと牙が抜かれたようになってからも。


 ハルタレヴァには。

 それが、周囲の全てを欺き、寝首を掻く為の演技だとしか思えなかった。

 危険だ。

 油断など出来ない。してはならない。

 だって、


 何もかもを吹っ切ったように、嘘をつくのは。

 他でもない、自分がしていることだから。


 だから、最後まで踏み込まない。踏み込めない。後一歩のところでの追撃を、追い討ちを、彼女は出来ずに受け切られる。防戦を耐えられてしまう。


 相手が焦れて油断した、その瞬間に、刺し違えるべく。

 折れたように見せかけた牙を、研ぎ直してその手の中に握り込んでいる可能性を――ハルタレヴァは人間相手に、ずっと警戒し続けていた。



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