四章(急)・16



「いぃぃぃぃぃよっしゃーーーーーーーーっ!!!!」


 藤間圭介が、拳を突き上げながら、そう叫びつつ飛び起きた。

 それと同時に、他の、十一人の子供たちもまた、眠りから覚めた。

 すぐに、火がついた。


「やったなおまえら! おれたちで、にーちゃんを助けたぜーっ!」

「知ってるよ知ってるよ知ってるよ! だって一緒だったんだから!」

「ぎゃっはっはっはっはっはっは! ざまーみろハルなんとかーーーー!」

「コドモだからってナメんなよーーーー!」


 ――――そんな、わいわいとはしゃぐ子供たちの様子を、少し離れた場所で、工藤が見ていた。

 きぃ、と椅子の背もたれが軋み、どはぁ、と溜息を吐く。


「……やっ、た」


 作戦は、簡潔。

 異世界通信の技術を応用しての、思念送信、及び、精神世界への介入。精神防壁を越えて接触するべく、境界突破に伴う足りない出力を補う為の、十二人分の念波の集中。オペレーターとしてそれを制御し管理する工藤は、危険と違反を承知の上で、藤間少年たちに大人の都合を託した。


 結果は、どうやら、ご覧の通りだ。

 万事がうまくいったらしい――ならば今頃、田中もあれを纏っているだろう。


「――異世界ハルタレヴァ、第二層、【常春の夜】。その【記憶喪失】の支配から、脱却出来ている、はず」


【太陽の鎧】。

 それは――太陽神天照大神の別荘であり所有物たる【天岩戸】、【危難避ける安全地帯】を、その概念ごと、人間の纏う具足へと――冶金の創造神たるグヤンドランガが、その権能以て加工、仕立て直した神々の武具。グヤンキュレイオンにように、彼の魂へと貸し出された品。


 頑強さもさることながら、身に纏えばあらゆる異常を打ち払い、また、寄せ付けぬ格別の加護を得る。現状、異世界和親条約に違反したことで創造神が権能を大幅に制限された異世界ハルタレヴァならば、実質、地球で用いられる場合と同等の力を発揮出来るだろう。周囲の【浄化】も可能なほどに。

 

「やってくれるよな、にーちゃんは!」

「あたりまえだろ! にーちゃんをなんだと思ってんだよ!」

「マジかっけー! やっぱすっげー!」

「わたし、おっきくなったらにーちゃんのおよめさんになるー!」


 功労者とは、彼らのことだ。

 そして、取り分け、彼だ。

 藤間圭介。

 彼がいなければ、工藤たちはここに来られなかった。


 ――――この。

 異世界通信設備を備えた、【名無しの女神】の異世界転生課には。


 藤間少年は、さる夏の日の、例外的に行われたオープンワールドの景品として、【来訪の権利】を与えられていた。

 それは、彼女自身がどのような状況にあろうと、ここに居なかろうとも有効な、独立した機能を持つ【道具】だ。


 ――――一本の、鍵。

 それが、藤間少年が、あの女神に与えられていたもの。物質としての形を持った、【許可】の具現。


 それを、彼が直接、異世界転生の門に翳すことで、自分たちはここに来れた。

 誰もいなくなった世界で――ここを創った創造神の、助けとなるべく、使われた。


「――――ふふ」


 尤も、達成感や感慨に、浸ってばかりでもいられない。 

 ここはまだ、何のゴールでもない――中途に過ぎない。


 次はここの通信設備を用いて、改めて田中を補佐しなくてはならない。

 第二層から第三層へ向かう為に用いると打ち合わせていた、救助とは別の渡航門の座標で、彼の波長を待つ。

 繋がったら、まず何を言おうか考える。


『心配させないで』。

『信じてましたよ』。

『無事で良かった』。


 次から次へと候補が浮かび上がる。引き締めないといけないはずの気分がどうしてもはしゃぐ。

 ――そうだ、


「『立派になりましたね、田中さん』だな」


[ええ。わかったわ。伝えてあげる。気が向いたらね]


 誰かが。

 何かを。

 反応する前に、すべては終わっていた。


 音も無く。

 予兆無く。

 現れたモノは、一瞬でその場所を、異世界転生課を、消していた。


 建物。

 道具。

 床、壁、天井。

 そこにいたもの。

 異世界転生課。

 何もかもが失われ、無くなり、そして、視界が広がった。


[うん。すっきりっ! やっぱり害虫は、さっさと潰すに限るよねっ!]


 それを成したのは、創造神だった。

 ハルタレヴァ――では、ない。

 彼女は今、自らの世界から出られない。

 よしんば出られたところで、異世界で、ここまでのことを自然に行う権能を、権利を持たない。


 だから。

 これほどまでに、鮮やかに。

 あっさりと、【改善】を、【操作】を出来るモノは、

 ここを創った、

 ここの主の、

 神様だけ。


[よくやったわ、アモル。わたしの極寒、わたしの灼熱]

「はい。歓喜の極みに御座います、ハルタレヴァ」


 ――――葬世神アンゴルモア。

 ――――名無しの女神。

 ――――そして、隷属神アモル。

 三つの顔を持つ創造神は、自分がやったことに一切の疑問を持たず、主の命を果たせたことに、ただ、粛々と礼を示した。

 

[ついでだわ。その世界、あんまりに不出来で不細工で気持ち悪くて目障りだから、まっさらにしていらっしゃい。余所の模倣でしかない場所なんて、恥知らずったらないものね]

「了解しました」

[それが終わったら戻っておいで。最終調整に入りましょう。あなたの、封じられていた力、わたしが全部解放させてあげる。そのときには、あなたがこれからやることと同じことを、もっとたくさんの異世界でやってもらうわね」

「仰せのままに」

[いい返事。好きよ、アモル。救世主もどきの繋ぎは、《《小間使い》》にやっておいてもらうから――【世界球】なんて不精なものは用いずに、じっくりと、心置きなく、その手ずから、自分の世界を葬ってきなさい。昔あなたがしたみたいに――新しく始める以外、何も出来なくなるぐらいにね]


 念話が終わる。

 世界が終わる。

 創造神の意に倣い、その十全の権能が、今、自らの場所で振るわれる。


 消えていく。

 否定されていく。


 七つの夜を通して照らす、祝いの祭りの王城が。

 酸いも甘いも綯い交ぜに、寄せては返す海岸が。

 特産品のしまわれた倉庫が、急造された憧れの部隊が、収集された思い出たちが――


 ――消しゴムをかけられるように、世界の何処からも、存在しなくなる。

 そうして、一つの世界が、そこに確かに篭められていた温度ごと、何もかもを葬られていった。


 別れを惜しみ、弔う為の、葬送の鐘すら響かずに。

 他でもない、それを生み出した者の手で。


 涙は流れない。

 悲鳴も聞こえない。

 あらゆる嘆きを置き去りに、ただ、事態だけが取り返しもつかず進行していく。 

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