四章(急)・07
[ともあれ、初手の刺客の突破、おめでとうございます]
「それはどうも。――オウルは?」
[さて。彼が戻る先は、この為に創られた特設の社ですから、あちらから連絡があるまでは何とも。まったく、前代未聞ですよ。異世界の創造神が、異世界で分霊憑依保険を適用し、送り出すなど。またしても、連盟のうるさがたに知られれば面倒なことに成りかねない案件ですこと。自分の管轄でそれに協力した天照様も、処罰を受けなければよろしいのですが]
「迷惑をかけるね、重ね重ね」
[そう思われるのであれば、是非、皆様の期待に応えましょう。――田中さん。そこから一番近い異世界転生課は?]
「今移動中」
公園を離れる。
街の中。
文明がどれほど違っても、共通のシンボルを掲げる異世界転生課は分かり易い。
ビルの中に入り、階段を登り、そこに着く。
転生業務が少ないせいか、松衣のそれをもう少し広くした程度のフロア――だが、決定的な違いがある。
人が、いない。
おそらくは、ここに務めていた人間も、先ほどの【ハルタレヴァの願いを叶える】騒ぎに参加したのだろう。
自らの職務すら、いとも容易く投げ出して。
ハルタレヴァへの忠義と、偏愛――その、暴力的なまでの魅力に囚われて。
「――――これが、最初の【喪失】か」
大創造神ハルタレヴァが、自らの世界を理想郷と仕立てるべく敷いた、三種の理。
そのうちのひとつ、【自我喪失】。
自らの意見を失い、あらゆることをただ神の意思に委ね、依存することにより――ハルタレヴァへ転生した者たちは、【自らで正解を選ばなければならない面倒さ】から解き放たれる。
[田中さんは、どう思います?]
「……どう、って?」
[彼らの幸福について、ですよ]
意地の悪い言い方をする工藤。
[ここにいる人たちは、グヤンキュレイオンに斬られたことで、その精神を強制的に矯正された。眼を覚ました時には、元通りの意識を取り戻しているでしょう。しかし、そうなった時、彼らは田中さんに感謝するでしょうか? 折角、楽になれていたのに――誰がこちらに引き戻せと頼んだんだ、と怒りはしないでしょうか?」
「さあね」
無人のフロアを、通り過ぎた。
「そうなった時はそうなった時に考えるけれど。僕が言えるのは、そうだね。あなたの人生はあなたのものなんだから、結局のところあなたが責任を持たなければどうしようもないし――僕なんかに怒っている暇があるなら、ひとつ前向きに、新しい理想の世界を探す為にコンサルタントへ相談したら如何でしょうか、ってところかな。偶然にも、腕っこきを一人知っている」
[あらあら、それは。毎度どうも、お仕事仲介ありがとうございます]
「お礼なんて。その時は一杯奢ってくれよな」
[ええ。いつもの店で、是非に]
目当ての場所に、辿り着く。
そこにあるのは、田中たちの世界、地球とは様式の違う――ハルタレヴァの世界の、異世界渡航門だ。
青色の四角形。
複雑な趣向、曲線の組み合わさったいくつもの飾り。
「あったよ、工藤さん」
[はい。では、田中さん――教えた通りの手順で行きましょう]
上げる祝詞の形式は、ハルタレヴァに合わせている。
神への賛美、崇拝、祈り。
自らの愚かと選択を悔いる文章は、ひたすらに後味が悪い。
旅立つことへの喜びではなく、主への裏切りを謝る懺悔の詞は、ハルタレヴァが定めたものだ。
一度此処へ来たものが、他の場所へ旅立つことなどあってはならない――その呪いが、ありありと伝わってくる。
「『――――どうかこの罪を御赦し下さい。偉大なる創造神ハルタレヴァ』」
唱え終えた言葉に反応し、【門】が起動する。
他の世界へと通じたことを示す光が、門の中へ満ちる。
そこに、
「じゃあ、進むよ。工藤さん」
[はい。通信の再安定まで時間を要しますので、どうかそれまで、お気をつけて]
田中は。
光の中へ、グヤンキュレイオンを、突き立てた。
世界を繋ぐ光。
歪曲を正す光。
その二つが交じり合い、
「
与えられた命令が、無防備なる【門】に染みる。
火花が散り、稲光が弾け、異常な挙動の負荷が染み渡る。
それが、自らの動作に耐え切れず、崩壊する直前。
溢れる光が、桜色に変わった瞬間を見計らい、田中は、その中へと飛び込んだ。
「南無三………っ!」
視界が桜色に埋まる。
転移の瞬間、全感覚が喪失する。
時間さえも見失い、どれだけの時が経ったかの認識も溶け、
その後に。
彼は、そこに立っていた。
「やあ、後輩くん」
学校の、部室。
部屋構えから浮く、やたら大仰な机。上等な椅子。壁を埋める棚には、みっしりと詰まった資料。
「遅かったじゃあないですか。早く座りなさい。あなたが知りたいと言ったんでしょう、よもや飽きたと言わせませんよ? ご希望通りみっちりと、この博識な先輩が、手取り足取りじっくりばっちり教え込んであげますよ。異世界と、神々の歴史ついて、ね」
ちょいちょい、と指で示す。
その挑発的な笑顔に、心が直接くすぐられたかのように、背筋がざわついた。
口が。
自然と、動いている。
「ああ。よろしく頼むわ、先輩さん。敵を知り己を知ればなんとやら、だ。――――次こそ、あのクソッタレ連中に一泡吹かせてやる為には、俺は、ケンカの仕方から学ばにゃいけないみてえだからな」
そうして。
今日もまた、【異世界転生研究部】の、何かにつけて物騒で穏便でない、火薬の匂い立ち込める放課後が始まる。
食えない様子の先輩が待つ議論の場に、煮え立つ闘志を携えながら、十六歳の少年は一歩前へと踏み出して、
「――――、」
ふと、振り向いた。
開け放しの、扉。
浮ついた喧騒で満ちる廊下。
――――何か。
忘れているような気がするな、と彼は思う。
思って、
思っただけで、
まあいいか、と戸を閉めた。
それよりも向き合うべき問題がそこにある。
どうぞ、と余裕たっぷりに着席を促す、いけ好かない先輩で監視役を、今日は、今日こそ、言い負かす。
やりこめる。
べっこべこに、へこませる。
「もう一度言っとくぜ。俺は、何があろうと――神様なんざ、認めやしない。いつか、この世暦なんていう、ふざけた時代ごとぶっ壊してやる」
「おおー、いいですねえ。やっぱりそうでなくっちゃいけません。凄い目標、矢鱈な勢い、大志はどんどん抱きましょう。私、結構好きですよ? 子供のそういう、全然身の程知らずなところ」
「――――言うじゃん。やっぱり、大人が言うと説得力あるわ。な、今日こそ聞かせてくれよ、ネフティナ。本当はあんた、いったいいくつなワケ?」
「はい。JK工藤貞奈は、勿論今年で十七歳でっす」
益体も無いやり取りが、開け放しの窓から空へ飛ぶ。
風に乗って運ばれてきた桜色の花びらが、開いた本のページに降りる。
その鮮やかさに毒気を抜かれ、田中は頭を掻いて文字を読む。
朗々と紡がれる、涼やかな工藤の講義。
午後の穏やかな日差しと、心地良い温度が、青春の日々を包んでいる。
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