四章(序)・19
「無駄話をしたわけじゃあないわ。前提として、理解させておく必要があったの。神は人の思う理想の体現などではなく、利己的な欲望を備えた超越存在であるということ――ひどく気まぐれで、身勝手で、傲慢なひとでなしなのだとね」
再び嵌められる指の轡。
やはり、噛むことなど出来ない。
柔らかな弾力、舌触り、肌の味――なのに、とても歯が沈まない。
神々の存在を、人の身で侵すことは叶わない。
「【同時多発異世界破滅】。これが、神々の間で意識され始めたのは、四百年前。この解決方法として、【異世界転生の解禁】、異世界和親条約が締結されるのが三百年前――その、空白の期間は何だと思う? その百年、神々がただ、何の対策も打てずに右往左往していたものだと考えられる?」
思わないし、考えられない。
ならば、
「あれはね、たなちゃん。神であって、神ですらない。――創造神たちが自らの持つ権能を合わせて創り上げた、或る“権利”の化身なのよ」
――そもそもの問題は、【世界の危機が齎すその世界の崩壊】が、【他の異世界にも破滅的悪影響を及ぼす】ことが明らかになったことだった。
ハルタレヴァは例を挙げる。
仮に、【世界A】が、自身の中に発生した因子で滅亡してしまう。
すると、その【世界A】は、【他の異世界】に連鎖的に、【類似した危機の発生】を招く。
【世界A】が未知の病原体で滅んだとするならば、【世界B】や【世界C】にも、何故か、どうしたわけか、同じく【世界を滅ぼす病原体】が発生する。
まるで【世界の破滅】によって、その中にあった【滅亡の理由】が外部へと解き放たれ感染していくかのように。
――その様を。
当時の【神々の連盟】は、【自滅の胞子】と名付けた。
「原因は今以て不明。因果関係を証明出来る根拠の発見はならないまま、しかし、現実として【破滅した世界と同条件の脅威の発生】は観測され続け、加速度的に【世界の群】は連鎖する危機に蝕まれていった。そして、当時の神々が恐れたのはね。その感染を防ぐ手立ても、どこから来るのかを知る術も無いということだったの。【異世界】は星の数ほど存在しているけれど、そこに明確な【座標】は無い。世界同士は、三次元的概念で距離として隣り合っているわけではない。それがどういう意味かわかるかしら?」
謳うように絶望を語る。
つまり、その症状には、通常の病のような【隔離】さえ通用しない。
どこの世界が破滅すれば、それが自分の世界に影響を及ぼすのか。
どこの世界が破滅しても、自分の世界は平気なのか――そうした基準が、何一つ判明しなかった。
明日は我が身。
安心など皆無。
何処の世界が滅亡しても、自分の世界に飛び火し得る。
神々は泡を食った。
即急に。
迅速に。
対処をしなければ、ならない。
「恐怖、保身、『自分の世界にある命を守る為』なんていかにもな大義名分――その前には、どのような倫理も良識もまるで意味を持たなかった。そうして、彼女が創られた。無数の禁忌を飛び越えて、ね」
物言わぬ女神を、ちらりとハルタレヴァは一瞥した。
「神々は迫る危機に対し、緊急時の措置として特例を認めた。通常、神が自らの世界でしか十全に持ち得ない、能力を行使する権利、象徴とされるものへ干渉する影響力――【権能】を、ありとあらゆる世界で制限無く振るうことを許された特別な存在を、同意の下で創り上げたのよ」
それが、
「それが、葬世神アンゴルモア。破滅へとひた走る世界が、危険極まりない胞子を撒き散らす前に、まったく別の要因で強制的に終了させる――神々の汚れ役」
いつだったか、の景色が、脳裏に思い返される。
――事も無げに、太陽神の眷属を薙ぎ払った姿。
他の世界の構造を理解し、再現する精巧さ――純エーテルで満たされた空間を、瞬く内に再構成した演算能力。
暴力的なまでに。
脅威的なまでに。
世界を、書き換え、組み替える、力。
「わたしのことを、知っているわよね、たなちゃん。――そうよ。あなたが今、考えている通り。わたしはかつて、自分の世界を、あの、小さくとも大切な、わたしだけの楽園を――アンゴルモアに、滅ぼされた。どうしようもなく臆病だったくそったれの神々に、もっともらしい言い分で、もしかしたら救えるかもしれなかった子らを、奪われた」
それが、理由だ。
それが、動機だ。
瞳を焦がす、憎しみの燃料だ。
「多分な未知と危険性を孕む異世界和親条約は締結され、神々が恐れた世界の破滅は、予想を遥かに超えた形で解決された。人々の手で、世界の連結で、神も、世界も、救われた」
けれど、
「――――――――――――それが?」
それが一体、どうしたというのかしら、と。
彼女は、首を傾げた。
底知れぬ、
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