四章(序)・14



 とりあえず、何はなくとも来客だ。

 長期の滞在ですっかり使い慣れた台所で、茶の一杯でも用意する。


「それにしても、驚いたな、どうやってここが?」

「守月草の課長に聴いた。タナカの姿が見えないようだがまたぞろどこかへ出張か、と。そうしたらここの住所を教えられたのだ。集中して片付けなければならないことがあって、山篭りをしているのだろう? いや、相も変わらず仕事熱心だな、おまえは!」


 …………退職直後に行方不明、という状況になっても問題なので、課長にだけはカンヅメ突入直後、電話でこれこれこういうことになりまして、と連絡をしてあった。


 天使に、【田中が本当はどういう状況にあるのか】を話さなかったのは、あの人なりの気遣いなのだろう。正直、有難い。本当のことはとても話せないし、天使に余計な悩みを持たせたくない。


「でさ。こんな辺境まで、一体わざわざ何の用で?」

「うむ」


 湯気立つ緑茶をずずずと啜り、


「タナカよ。祭りを見に行かないか」


 成程、と思う。

 天使が訪れた訳、言い出したことは、実に納得がいくものだった。


 地球の、日本の、十一月には、さる大きな祭りが開かれる。

 世暦の訪れから、【神おわしますところ】、世界各地に存在する【神処しんしょ】のうちひとつとして正式に、国を、世界を挙げての改革が進んだ土地は、かつてとはまるで違った役割を持ち、発展を遂げ、景観・機能を新たにした。


 その中にひとつ。

 他の異世界では中々見られない、面白いイベントがある。

 それが、同じ国、同じ世界――のみならず、様々な異世界から様々なジャンルの神を招いての、一大祭事。


 雲州出雲国うんしゅういずものくに神迎神楽祭かみむかえかぐらさい


 自らの持つ権能や文化・文明の創作物を集まった人々に対し発表し、数多の神々が自由に自分の世界への転生を勧誘してもよいという、異世界和親条約が一般化した世暦時代ならではの、


 ひとつの県を丸ごと対象地域とした、地球世界の誇る目玉的異世界体験会オープンワールドであり、毎年この時期には、引きも切らせぬ大量の客が世界の内外より訪れる。


「松衣でな、役所に来ていた若者に聞いたのだ! そういう面白いことがあるのだと! あいつはそれを指して『言わば神々のコミケですよ天使さん! 地球にしばらくいられるんなら行っとかなきゃいけません!』と熱っぽく語っていたのだが、タナカ、まず“こみけ”とはなんだ? 比喩表現だったのだろうが、その例えられたものがまずわからん!」

「……そっちはそっちで説明しようとするとえっらい複雑になるんだけど。とりあえず簡単に、『抑え切れない表現力を世間に向けて発砲する場』と捉えてくれれば」

「栄光と挫折が螺旋に乱れる戦場だ、とも聞いたぞ!」

「あそこほど愛に満ちた楽園はそうそう無いらしいよ」


 閑話休題。

 咳払い。

 

「ニュースや新聞は見ているか?」

「……いえ。そういえば、ここのところはとんと」


 これを見ろ、とポケットから天使が取り出し、畳に広げたのは新聞の一面記事。

 息を飲む。


「――――大創造神ハルタレヴァ、神迎神楽祭へ、十二年振りの参加を発表」

「もしかしたら、と思わんか?」


 思う。

 頷く。


「予定は、明日の夕刻だ。あの方の元で教えを受けている我が女神も、一緒に来られるかもしれん。これを見に行かん手はなかろうよ」


 うず、と胸の奥が騒ぐ。

 唇が自然、笑むのを感じる。


 これは。

 これなら。

 異世界転生課職員でなくとも。

 有り触れた一般人として、大勢の中に混じって。


「そちらの仕事もさぞかし忙しいのだろうが。いくら担当を外れたとしても、一度面倒を見た相手の努力を確認してやるのは、おまえの義務ではないか、タナカ?」

「いや、」


 ――――ふう、と田中は息を吐き、それから、これ見よがしに膝を打った。

 美紀翠がここに訪れるのは二日後の朝。

 それまでに帰れば、不在はきっとバレやしない。


「いやぁ、まさしくそうだぜ天使さん! それに、やっぱり取材は大事だもんな!」



                 ■■■■■



 新幹線を降り、駅のホームから出て、直後。

 広がっていたのは、【異世界】だった。


「「――――おぉ……」」


 天使と田中が、同時・同音・同義の溜息を漏らす。

 同じ世界にありながら、異なる理が根を下ろす、地続きの別世界――それは【神処】の一般的な概念であるが、それを田中は、その国に住む人間だからこそより実感として味わった。


 雲州出雲国。

 この場所では、十一月を他所と違い、【神在月かみありづき】と呼んでいる。

 その理由を、田中たちは今、目にしている。


 夕暮れの大空を競争する、何艘もの宝船。

 仕事話を肴に談笑する地蔵尊たち。

 そこかしこに出ている屋台、地域の材料を用い商売を行っているのもまた、様々な神々。威勢のよい声で客を呼ぶ、狛犬、狐、狸やでっかい招き猫。


 見渡す限りに広がった、【今、そこにいる神々の空間】。


「…………圧倒されるなあ、これ」


(元)異世界派遣調査員をして、この場の異世界振りたるや凄まじいと言わしめた。

 日ノ本の神は八百万、それも全てがこの地に集まる十一月――に、更には各々異世界からも、来訪神がざっくざく。


 勧誘見物に来た人たちに混じり、今出番が無い神々もまた、楽しむ側として大っぴらに回っているものだから、一言で言えば、


「インフレが凄い……」


 ある種。

 今のこの場は、世暦という時代の象徴だった。


 数多の選択肢。

 身近なる神々。

 ごちゃ混ぜのお祭り騒ぎ。

 笑いに、喜びに、大はしゃぎに包まれた空間。


 それが、どうにも眩しくて。

 ――田中は、どうしてか。

 この風景に、自分が混じることに、躊躇を覚えた。


「……天使さん。僕たちの目当ては明日だし、それに何しろ強行軍だ。まずは、宿を見つけようか?」

「ん、……んぅむ!」

「それいつの間に買ったの?」


 どでかいおにぎりをもぐもぐとやる天使の手を引き、指し当たって田中たちは、一夜を明かす場所を見つけに歩き出した。

 郊外。

 誰もが楽しむ喧騒から騒ぎから、遠ざかるほうへ。


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