三章・10
「オッハヨーござーまーす。ご機嫌いかが、お兄さん?」
集中も裏を返せば不注意だ。猛省すべき失態を犯した。
いつのまにか。
東屋は――否、その田中は、五人からの少年たちに取り囲まれていた。
「アンタだよな? 今日、あっちこっちで【幽霊城】のコト嗅ぎ回ってるヨソモノって」
時間は無い。
選択肢は限られている。
最大効率最善手、危急の中の綱渡り。
正解かどうかは、終わった後で考えろ。
「――――ああ。そうだが、もしかして君たち、何か教えに来てくれたのかな。いや、嬉しいよ。それならきちんとお礼のほうは、」
「聞かれてねえコト言えっつったか?」
頬の横。
通り過ぎた前蹴りは警告だ。
【そのまま動くな。立つな逃げるな】――腰を上げようとした瞬間、先手を取って釘を刺された。
「じゃあ次。何の為にンなことしてる? 誰の差し金? 親? 学校? 警察? どこぞの週刊誌の取材だったりすんの、アンタ?」
コンマ六秒。
真実と韜晦を天秤に掛ける。
「僕は、異世界転生課の人間だ。【松衣の幽霊城】――異世界能力犯罪の疑いがある事件を、調査する為にこの町に来た」
瞬間。
それを聞いた五人が――取り分け、田中と話をしていた少年の眼の色が変わった。
観察から、
獰猛へと。
「へっへぇぇえ。マッジメだなあ、コームインさん。なあ、オリコーさんは知らねえの? そういう奴から損するように、この世は出来てるんだってこと」
「そうなのか。寡聞にして知らなかったな。何せ、僕はまだ、この世界の創造神様には御目通りが叶ったことがないからね」
どっと湧く笑い声。
同調して頬を緩めたところで、腹に爪先が減り込んだ。
「、ッ、、、、、!」
身体が勝手にくの字に折れる。
出ていくばかりで吸い込めない。酸素不足の苦痛に喘いでいるところを、髪を掴まれ無理矢理顔を上げさせられた。
「興味本位だってんなら、ベツに話ぐらい聞かせてやったんだけどさ。そりゃあダメだわ。調査してどうするんだよ。そりゃあ解決するんだよな。アレ無くす気なんだよなあ。【松衣の幽霊城】」
「っ、」
「ちょっくら付き合ってくれや、コームインさんよ。アンタの気が変わるまで、じっくりおはなししようじゃん」
「そりゃあいい。君の家にでも招待してくれるのかな、
動きが、止まった。
脇の下から腕を差込み、背後から田中を持ち上げようとした二人も。壁になりこの状況を隠している四人も。
何より、田中を恫喝していた少年――藤間圭介が、電流でも流されたように表情を引きつらせた。
「嬉しいなあ。ようやく収穫があったよ。どうにも足踏みが続いてばかりで、どうしたものかと悩んでいたんだ。いや、本当に――襲いに来てくれてありがとう」
「…………テメエ、」
「これで一歩目だ。結構なとっかかりだ。いいだろう、このまま着いて行くのもやぶさかじゃない。君の話をきちんと聞くから、僕の問いにも答えてくれ。一体どうして――【松衣の幽霊城】事件の最初の被害者とされる行方不明だった君が、その解決を目指す者に妨害をする立場になっているんだい?」
相手に。
彼に。
少年に。
田中の笑顔は、どう映っただろう。
ただの人間の。
どこにでもいる公務員の。
何特別でない平凡な、
“この世界”の存在は。
わからない。
人の心は覗けない。
推測出来るのは、それが反射的な行動であったのだろうということだけ。
藤間は田中の胸倉を掴み、
まるで自分こそが被害者のように、その拳を振り上げて――
「止し給え」
振り抜く前に、抑えられた。
意識の隙間に差し込まれたのは、静かなる声と指。
田中を殴りつけようとした藤間の手は、横合いから現れた相手に掴まれている。
「これは私の実体験だがね。殴る蹴るで解決出来る問題など、所詮はたかが知れているぞ?」
明確な敵に対し、藤間圭介以外の四人は実に率直な反感を表した。
手が出る。
足が出る。
聴き難い罵声を叫びながら、方向を選ばず襲い掛かる。
――――それを、
「うむ、中々の活力だ」
彼は、一切いなし尽くした。
攻防に参加していない、そして特等席とも言えるかぶりつきの場所にいた田中には、その凄まじさを客観的に体感出来た。
見惚れるほどの体捌き。
最小動作の潜り抜け。
あまりにも滑らか過ぎて、また無駄が無さ過ぎて、【行動した】【位置が変わった】ことすらも夢に思える。彼は最初からそこにいて、連中が揃って何も無い、見当違いのところを攻撃したようにさえ見えてくる。
突き出した拳も、脚も、彼を狙った何もかも。
全てが脇の間や足の隙間を通り過ぎ、ある種の滑稽さまでもがこの場に表出してしまっていた。
「元気がいいのは実に良い。誰もが持つ行動する勇気を使うべきところで正しく使えば、君たちの人生は大いに切り拓かれていく。現状が不満なのであれば、たとえばそう、グヤンドランガなどいいぞ。この世界、地球とは大分異なる文化の世界だが、飯はうまいし住む者は皆大らかで、創造神もフレンドリーだ」
掴んでいた手を離し、彼は今しがた自分が襲い掛かられたことなど歯牙にもかけず、藤間たち七人の少年に、均等に笑いかける。
「無論、君たちの可能性はそれだけではなかろうとも。自らに何が出来るのか、何が向いているのかを悩んだのならば、異世界転生課萬相談窓口に行くといい。優秀な職員の方々が親身になって、必ずや君の未来を共に考えてくれるからね」
「うっせぇんだよ! 頼んでもねえ説教くれてんじゃねえ、オッサンッ!!!!」
直球の捨て台詞だ。
騒ぎになりかけたことも不味く思ったのか、藤間たちは集まってきた人ごみを掻き分け、その中に紛れるようにして逃げて行った。……土地勘も無い田中では追っていくのも困難だろうし、不用意に行動すれば今度こそ有無を言わさず奇襲を仕掛けられる可能性さえある。せっかく現れた手がかりだが、今は深追いするべきではない。
――それよりも。
「ありがとうございます。助かりました……グヤンヴィレド皇帝陛下」
窮地に割って入ってきてくれた知人に、田中はまず、感謝を込めて頭を下げた。
……しかし。
何故だかその当の本人、鮮やかに格好良く田中を救ったヒーローは、折り畳んだ膝立ちを抱えて頭を埋め、全身から悲しみの気配を発する落ち込みモードに突入していた。
「へ、陛下……!? 大丈夫ですか、どうなされましたか!?」
「…………私、まだ、十八歳なんだけどなあ…………」
そう言って。
身長187センチ、体重110キロ、日焼けした肌に捻り鉢巻、白のTシャツにジーンズとサンダル履き、どこからどう見ても逞しい働く大人な健康優良未成年は、傷心の溜息を吐いた。
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