市役所異世界転生課にようこそ! 新米駄女神創造神、転生志望が来なさすぎて公務員田中さんに泣きつく

殻半ひよこ

プロローグ:境界線上の公務員

プロローグ・01


【大調査! 今期流行ハヤリの異世界転生!】


 特段目を引くキャッチコピーにまんまとやられた。

 来客も使える職員食堂の入口には新聞や雑誌を納めたマガジンラックがあって、田中たなかはタヌキうどんの乗ったトレイを手に、本を小脇に抱えながら席に着く。


 割り箸が綺麗に割れた。

 ページを捲る。

 特集へ素早く目を通す。

 成程、よく調べられている。


 執筆者は慧眼で勤勉だ。要点を押さえた文章、解り易い解説、リストや写真を効果的に織り交ぜられた記事は、速やかな内容の把握を助ける。

 ランキング形式で纏められた【月間転生希望者倍率推移】、添えられたアンケートから聞こえてくる街の声は情勢把握だけでなく、文化傾向のデータ蒐集上観点からも読み応えアリ。

 うどんを一本ちゅるりと啜り、田中は箸を持ったままと唸った。


「やるなあ。ともすれば民間のほうが、僕らより詳しいんじゃなかろうか」

「だとしたら、近いうち私達も食い扶持を失いますね」


 対面の席に座った同僚の女性、工藤くどうが高菜炒飯のトレイを置きつつ相槌を打ってきた。


「なんともせつないお話です」

「いやあ、工藤さんは大丈夫でしょ。何てったって潰しが利く技能と資格だし」

「いえ、田中さん。私が申しておりますのは、ここが無くなったら、この焼けた米のパラパラ具合と濃過ぎない味付けが絶妙絶品な炒飯を食べられなくなる、ということですよ」

「ああ、そりゃあ痛い。とても痛い。僕もここのタヌキうどんの、一杯二百五十円の抜群なコストパフォーマンスに頼れなくなるのは勘弁だなあ」


 丼を抱えて汁を飲み、


「ついでに言うと、再就職にも自信が無いし」

「それこそ」


 レンゲで炒飯を掬う傍ら、指差される雑誌。


「その特集に頼る時では?」

「魅力的だよねえ」

「些か扇情的過ぎるきらいもありますが」


 向かい合う二人が見られるように、雑誌は横向きにズラされる。


「田中さん」

「はいはい、工藤さん」

「こちらの記事、どう思われますか?」

「【何故異世界転生は人気なのか】?」

「見解をお聞かせ願えれば」

「素人考えだよ?」

「本職でしょうに」

「君ほどじゃない」

「興味があります」

「仕方ないなあ。笑わないでくれよ?」

「是非参考にしますとも」


 本当にメモ帳まで取り出した工藤に苦笑しながら、そうだなあ、と田中は言葉を探り始める。


「まあ、結局そこに書いてあること、そのままなぞるみたいで恥ずかしいんだけどさ。やっぱり人ってのは、【どうにかなりたい】ものなんだよ」

「む。これはまた抽象的な」

「うん、僕も言ってて思った」


 何ていうか、と中空で箸をくるくる回す。


「産まれて、生きて、関わって。脇役なんて何処にもいない、皆が皆、自分の世界と物語を持って、それぞれにそれぞれの願いを叶えようとしている場所で過ごしていると。まあ、気付くよね」

「何に?」

「“定員”」


 ふはは、と若干開き直るように笑う田中。


「悲しいかな。達成とか表彰とか檀上とか喝采とか、そういった誰もが欲しがるようなものに関しては、とかく制限ってのが決まってる。まあ、そりゃあそうだよねえ。それがどうして素晴らしいのか、人を惹き付けるのか、欲しいと思うものなのか、それは限定品だからだ。数が限られているからだ。一握りの人にしか手に入れられないからこそ、【特別】は、【特別】として輝かしい」

「つまり」


 “別の場所に行きさえすれば”。

 “元の場所では、手に入らなかったものが手に入る”。

 それこそが、


「田中さんの定義する、【異世界転生】の魅力だと」

「僕だって、昔は男の子だったからね。思い出が生きてるんだ。やっぱり冒険ってのは、大人いくつになっても胸が躍る」

「諦めていたものが得られるから?」

「知らないなにかと、出逢えるから」

「開放感ですか」

「好奇心かなあ」

「田中さん」

「はいはい」

「炒飯食べます?」

「どうしてかな?」


 ぐいぐいと差し出されるレンゲを丁寧にお断りして、「私が読みます」と言われた雑誌をそのままに置き田中は食堂を一足先に後にする。

 出来れば食後には茶でも飲みつつゆったりしたいが、残念ながら工藤とは担当も業務も違う為、昼休憩の時間も同じではない。今日は存外に仕事が多く、休憩に食い込む形で残った作業を進めており、手早く食って手早く戻ると決めていた。


「おや、田中くん。もう休憩は終わりかい」

「どうも課長。お恥ずかしながら大急ぎです」

「そうかいそうかい、大変だねえ。君はいつも真面目だからなあ」

「はは、気の抜き方はそれなりに心得てもいますのでご心配なく。それに、何せ好きでやっている仕事でもありますから」

「やりがいがある?」

「背筋が伸びます。誤魔化しや妥協がきかない、というところが特に。僕たちの業務が、これからの相手の人生を左右すると思えば――いつだって、緊張しっぱなしですよ」

 

 廊下で顔を合わせた上司と軽い会話を交わし、田中は自らの職場へ帰り着く。

 多くの来客で込み合い、カウンターを挟んだ向こうでは、職員たちが誠心誠意の対応に当たっている。


 どこまでも、地続きの場所。

 同じ世界の、同じ空気。同じ言葉と、同じ常識。

 それでも、やはり。

 そこは田中にとって、境界を隔てた向こうの側だ。

 心中で呼吸を一つ。

 引き締め、切り替え、改める。


 そうして。

 どこでもない廊下から、フロアの中へ。

 天井から吊り下げられた看板。

 毎朝丁寧に磨かれているそこには、全世界共通のシンボルマークの隣に、遠目にも見易く、きりりと際立っていて、けれど過度に主張し過ぎない丁寧な書体でこうある。


【異世界転生課よろず総合窓口】。

 

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