第93話 ある想いの結末




 天井を見上げたまま、大きく深呼吸をすると前へ向き直った。


「考えとな?」

「うん、我ながらいい考えだと思うよ」

「しかし、皆で手分けをして探した方が早いのではないだろうか?」

「いや。俺の狙いが当たれば、その必要はなくなるんだ。あれはブローチがどこにあろうと関係ないからね。最速で魔石を取り戻せる」

「勿体ぶるでない、アルト」


 出鼻を挫かれたバルトロメウスとレオンがどんな考えなのかとせっかちに問い詰めてくる。

イルメラもまた、縋るような目で俺を見つめていた。


 それらを受けて、俺はニヤッと不敵に笑った。


「……そっか! アルトくんにはあの手があったよね!」

「バレたか」

「二人だけわかった状態で話を続けるのはズルいぞ! ルーカス、余にも教えるのだ!」


 緊迫した状況にそぐわぬ笑みを浮かべた俺を見て、ルーカスはピンときたらしい。

明かりがついたかのように曇っていた表情に光が射す。


 そんなルーカスと俺のやりとりが気に入らないレオンはさっさと教えろと地団駄を踏み始めた。

相当やきもきしているみたいだ。


「ほら、お城での授業の事を思い出してみてよ。授業の最後に魔石探しをしてたけれど、最初の頃は俺だけ皆と違う方法で探していただろう?」

「ああーっ!!」


 レオン、イルメラ、ディーの声が重なる。

もう一年以上やっていないせいで俺以外は皆綺麗さっぱり忘れていたが、やっと思い出したようだ。


「そう、魔石が来い方式だよ。自分が動き回らずに、魔石を自分に引き寄せる方法」

「そんな事が誠に可能なのかね、アルフレートくん?」

「正しい理論かどうかは判らないけれど、俺の感覚的には魔法訓練の基礎中の基礎、魔粒子の収束を応用しているっていうのが理屈的には解りやすいかな」


 そんな事をやっていたなぁと少し遠い目をする子が四人。

バルトロメウスだけは、例の授業に参加していなかったので他の四人とは別の意味で驚きを隠しきれていない。


 最初の頃はただ魔石と念じて魔力の塊を引き寄せていたけれど、後になってルーカスに魔石探しのコツを教えてもらった事がきっかけで、あの技は進化を遂げた。

母上のお手軽版魔石を引き寄せられたのならば、自分が作った魔力密度の高い魔石だって引き寄せられる筈だ。


「アルトくん、頑張って!」


 全員に見守られる中、俺は目を瞑った。


 頭の中に思い描くのは青い薔薇だ。

苦心しながら自分で作っただけあって花弁の一枚一枚の形や質感、色の濃淡、光の反射具合など、細部まで明確に思い出せる。

それがこの手の内に戻ってくるイメージだ。


 この手の上に乗っている光景を想像する。


「……来い」


 コロンと硬質な何かが掌の上に落ちたのと、周囲から息を呑む音が聞こえるのが同時だった。

そっと瞼を押し上げると、あの時と同じように俺の手中にはひんやりと冷たい青薔薇のブローチがある。


「でかしたぞ、アルト!」


 目論見通りの結果に思わず破顔すれば、レオンを皮切りに皆がわっと歓喜の声を上げる。

張りつめた重い空気が動き出した。


「イルメラちゃん」


 名前を呼ぶとイルメラは両手を受け皿のようにして差し出してきた。

そこにブローチを落とし込む。


「はい、これ。もう失くしちゃダメだよ」

「ありがとう……」

「どういたしまして」


 安堵して緊張の糸が切れたのか、イルメラの柘榴石ざくろいしのような瞳から一滴涙が零れ落ちて、薔薇の花弁を濡らす。

それをイルメラは右手の親指でそっと、大事そうに拭った。


「よし、とりあえずブローチは戻ってきたね」

「となると、あとはどうしてこの魔石の気配が探れなかったか、だよね」

「と言っても、手がかりは無いし……」


 イルメラが落ち着いたところで、どうしても気になるのは探知に引っかからなかった事だった。

ルーカスと二人でどうしたものかと言い合う。


 手がかりになりそうなものといえば、たった今取り戻したブローチだけだ。


「ふむ。私の推測が正しければ問題のブローチには種も仕掛けも無いようであるな」


 どこから取り出したのか、バルトロメウスはルーペを取り出してブローチを観察する。

イルメラが渡さなかったため、ブローチは彼女の手に乗ったままだ。


「まさか、アルトが自分で隠し持っていたわけではあるまいな?」

「何でだよ! 自分で隠して自分で出すとか意味不明だろ」


 レオンにあらぬ疑いをかけられた俺は全力で否定した。

何で俺が隠さなければならないんだ。


「ぐぬぬ、名推理だと思ったのだが……」

「どこが名推理だよ!?」

「戻った今はきちんと魔力探知に引っかかる。という事は隠されていた場所の方が怪しいな」

「いや、思いっきり俺の話を流して先に進めないで、ディー」


 疑いをきちんと晴らさなければ俺の沽券に関わる。

しかし、ディーは端からそんなものには興味は無くて、目の前に口を広げて待っている謎を解明する方に話を持って行く。


 環境の方が問題だという意見には賛成だけれど、ちょっと困ったな。


「そういえば、この学園って色んな施設があるんだよね」

「ルーカス、お前もか!」


 無視をされて軽く凹んでしまう。

いや、みんな何かに気を取られたら他の事が目にも耳にも入らない傾向にあるけどさ。

せっかく頑張ったのにと、ジト目でルーカスを見れば彼は苦笑した。


「冗談だよ。ねっ、みんな?」

「うむ。アルトがそんな卑怯な事をする訳が無いのである」

「良いところを全部持って行かれてしまったのでつい、な」


 どうやら一人で活躍するのも考えものならしい。


「探知を歪めてしまいそうなものといえば何がある?」

「闘技場、地下迷宮、湖底迷宮など色々あるよ」


 気を取り直して原因究明に乗り出す俺の声に応えたのはディーだった。

一年先輩のディーは入学したての俺たちと違って学内の施設に詳しい。


 もっとも、俺もゲームに出てくる施設なら知っているけれど。


「迷宮!? 何なのだ、それは!?」

「学園の生徒たちの修練用に人工的に作られた施設の事だよ。北の迷宮都市国家を真似したんだって。入学案内に書いてあったよ」


 迷宮と聞いて鼻息を荒くするレオン。

冒険の匂いがすると目を輝かせている。


 ルーカスの解説に、そういえばそんな事も書いてあったなぁと思い出した。


 この学園には闘技場など建てられた目的が明らかなものの他、いったい何に使うのか判らない施設も多い。

そんな中、ある意味名物とも言われているのがディーの挙げた二つの迷宮だった。


 この学園を創立した初代学園長が、その莫大な富と強力な武器を二つの迷宮に隠した。

当時の子供たちは試験と称してその迷宮のいずれかにチームを組んで挑んでいたのだが、現在はいずれも立ち入り禁止となっている。


「迷宮の中に隠した、とか?」

「迷宮の中までは外からだと僕たちも探知出来ないよね」

「しかし、その誰かはどうやってその迷宮に入ったのだ? 立ち入り禁止なのであろう?」

「う~ん……」


 やはり情報が少な過ぎる。

こうも少ないと推測も根拠が弱過ぎてままならない。


 魔力探知で魔石が検出されない状況なら、他にも生き物の体内に取り込まれ分解してしまった場合などが考えられるのだ。



 ――ゴーン、ゴーン……。


 謎は解けずとも鐘は鳴る。


「アルトくん、次の講義が始まっちゃうよ?」

「うん? ああ、そうだな」


 今のはもうじき午後の最初のコマが始まるという合図だ。

あまりとらわれ過ぎて日常を忘れるのもまた良くないか。

学生の本分は勉強だ。


 詰め込める物を口に押し込む形でささっと昼食を済ませ、寮を出る。


「出たな、アルフレート・シックザール!」


 扉を押し開け、一歩外に出た俺の名を声高に叫ぶ者があった。

大きな声に思わずビクッと身体を震わせて反応し、声の主の姿を認めて緊張を解く。


「何だ、お前か……」

「何だとは何だ! オレで悪いのか! オレが居たら悪いのか!?」


 ギャンギャン喚き散らすのはゲルダだ。

そういえば付きまとってくる人間がもう一人いたんだったと、思い出す。

身体を強ばらせていたのは、またナターリエさんかと思ったのだ。


「別に悪くはないけど、こんなところをフラフラしていていいのか? 講義に遅刻するぞ?」

「フラフラとはなんだ! だいたい、遅刻しそうなのはお前だって同じだろう、アルフレート・シックザール!」

「あー、はいはい。わかったから、続きは後にしような、ゲルダ少年」

「ムキーッ、偉そうに!」


 ヒラヒラと手を振りながら教室へと歩き出す俺の背中にゲルダは猿のような声を放ちながら追い縋る。

雑な扱いが気に入らないみたいだ。


「だから貴族は嫌なんだ!」

「気に入らないのなら関わらなければいい」

「それが大人というものであるな」

「ああ、それもまた神が私たち人類に与えたもうた試練!」

「それ、貴族がどうとかじゃなくて、アルトくんの性格のせいだよね?」

「……ですわね」


 皆思い思いの感想を漏らす。

冷静に容赦なく指摘するディーにゲルダはあえなく撃墜され、そして何故か俺までもが流れ弾を食らってしまった。


「え、俺ってそんな性格悪いの?」

「そうじゃないよ。でも、たまにゲルダくんの扱いが酷いよね」

「いや、だってレオンそっくりだから。結構キャラが被ってるし……。座学が苦手なところとか、突進型なところとか、野菜が嫌いっぽいところとか……。つい、こう……な?」

「確かに、そうかも」


 弁解する俺の言葉にルーカスはレオンとゲルダを見比べながら唸る。

知れば知る程、ゲルダはレオンと似ているところが多かった。


 色々例を挙げれば、それを聞いたゲルダは何故判るのかという驚愕をその表情で如実に示す。


「ん? 余がどうかしたか?」

「何でもありませんわ」


 俺とルーカスのやりとりを横で聞いて、密かに笑っていたイルメラは笑いを噛み殺しながらレオンに首を振る。

どうやら誤魔化すつもりらしい。


 途中でバルトロメウス、ディーと別れ、あと十数歩も行けば教室というところでいい加減にあしらわれ続けたゲルダの不満が爆発した。


「ええい、うるさい、うるさい、うるさい! バカにされている事くらい、オレだってなんとなくわかるんだからな! せっかく俺の方からお前たちに歩み寄ってやらなくもないと考えていたのに、やっぱり貴族の考える事はわからない! さっきだって、貴族の上級生にぶつかったらブローチが落ちたとかなんとか言われてすごく腹が立ったんだ! せっかく拾ってやろうとしたのに泥棒扱いをされかけたんだからな!」

「え……?」


 ゲルダは八つ当たり気味に不満をぶちまける。

いつもの俺ならそれも適当に聞き流してしまっただろうが、今日の俺は彼の話に妙な引っ掛かりを覚え、立ち止まる。


 ……いや、立ち止まったのは俺だけではなかった。

ルーカス、レオン、そしてイルメラまでもが足を止め、ゲルダの方を注視している。

三人とも表情が堅い。

鏡を見れば、きっとそれにそっくりな表情がもうひとつ映る事だろう。


「ブローチってまさか……」


 声が乾いた喉に支えてしまったかのようにうまく出せなくて、絞り出すようにしてやっと喉元を通った声は自分でも驚く程に掠れていた。

喉がカラカラなのは、昼食を急いで掻き込んだせいではない。


「その子がしてるのと同じブローチだよ!」


 現実は、事情を何も知らない子によって情け容赦なくぶちまけられた。


「それってどんな子?」

「貴族のお姉さんだよ、赤みがかった金髪の。腰巾着に栗毛のつり目と、同じく栗毛の細い目の子を連れていた」


 他の三人がショックで動けない中、俺がしっかりなければと自分を奮い立たせてゲルダに話の続きを促す。

急に真剣な顔つきで詰め寄ってくる俺の雰囲気に呑まれたのか、ゲルダは怒りを鎮火させて質問に応じた。


「アルトくん……」


 ゲルダの答えを聞いて、すぐにある人物の顔が思い浮かんだのは俺だけではなかった。

色々物言いたげなルーカスに手だけを向けていったんストップをかけ、俺は次なる質問をゲルダにぶつけた。


「その子の名前は?」

「知るわけないだろう」


 今度は収穫無しか。

考えてみれば、彼は初対面の時に俺とレオンを間違えていたくらいだから、きっと自分と関わりがなければ他の貴族の名前と顔なんて覚えていない可能性の方が高い。


「もう一度確認するけれど、お前が見たのは本当にこのブローチと同じものか?」

「ああ、そうだぞ? 俺だって、ただの石ころとこんなでっかい魔石の見分けくらいはつく」


 決闘をした時、ゲルダは曲がりなりにも魔法を行使出来ていた。

凡そどんな生き物にも魔粒子は存在するが、魔法を使うにはその魔粒子を収束させ、魔力として昇華させなければならない。


 長い歴史の所々に色んな段階をすっ飛ばし、感情だけで発現させるなど型破りな魔法を使う天才が存在していたそうだが、一般的には魔力を錬るには魔粒子・魔力の気配が探れなければお話にならないのだ。


 逆に言えば、魔法を使えるすなわち魔石かただの宝石かの判別が出来るという事になる。

すなわち、魔法を使えるゲルダの判断は信用に値するという訳だ。


 まあ、それでも魔石がなくなった時にイルメラがすぐに気付けなかったように、常に感覚を研ぎ澄ませている訳ではないので、それに頼り過ぎるのも考え物ではある。

常に濃密な魔力を身近に感じている場合はその感覚も麻痺してしまうし、子供の集中力なんてほんの一時、刹那のものだ。


「だってさ」

「……どうするのだ?」


 レオンが尋ねるのはナターリエさんをどうするか、だ。


 ナターリエさんだという決定的な証拠は無い。

ゲルダの見た人が仮にナターリエさんだとしても、親切に届けようとしてくれていて、その後何らかの理由で紛失してしまったり、誰かに奪われたりした可能性だって否定出来ない。


 それでもゲルダの話を信じるのなら、どういう経緯かは別として俺の作った一点ものの青薔薇魔石のブローチが、イルメラ以外の人間の手に渡っていたのは間違いない。


「今の話が真実だと誓えるか?」

「古い言い伝えで、【嘘をつくと剣筋が歪み、魔力いのちが穢れる】って言うだろう? だから将来、魔法も剣も使えるすごい騎士になる予定のオレはそんなくだらない嘘は絶対につかない」


 ゲーム本編で、ヒロインに愛の誓いの言葉を求められた王子のセリフの一部をそっくりそのままゲルダは口にして、しっかりと頷いた。


「それなら、俺は彼女に今一度会って問おうと思う」

「僕も行くよ」

「余もついて行ってやらぬでもないぞ」

「二人ともありがとう。それからディーと、バルトロメウスも一緒に来てもらおうかな。……ああ、イルメラちゃんは寮でお留守番だよ」


 わざわざ傷付く可能性のある場所に連れて行きはしない。

そんな俺の気遣いが解っているのか、それとも俺への信頼の証なのか、イルメラはもう何も訊かずに黙って首肯した。




 ――時と場所は変わって。


「ナターリエさん」


 校舎の廊下で背後からひっそりと声を掛けると彼女は……いや、彼女らはビクッと肩を揺らした。

そのまま、油の差されていない古いブリキの人形のようにギギギギという音が聞こえてきそうな様子でナターリエさんたちはこちらに振り向いた。


「ご、ごきげ、んよう……」


 不自然な挙動、途中でつかえて流れの悪い口調。

それらだけで、俺は彼女が何かを知っていると直感する。


 回りくどいのは嫌いだ。

さっさと用件を済ませてしまおう。


「本日、イルメラがブローチを失くしたのですが、何かご存知ありませんか?」

「しっ、知りませんわ」


 ナターリエさんの小鼻が膨らむ。

それはまるで、彼女の胸の内である感情が膨れ上がっていく様を表しているかのようだ。


「そう。私の友人からの情報で、貴女らしき女性がちょうど同じデザインのブローチをお手にされていたのを見かけたと耳にしたのですが……」

「知らないと申し上げておりますでしょう!? その庶民がぶつかったのが私だという証拠が何かございまして!? それに、近付くなと仰られたのはアルフレート様の方ではございませんか!? 今更私にいったい何のご用があるのですか!?」


 執拗に尋ねる俺に、ナターリエさんはついカッとなって感情的に捲し立てる。

キッと睨みつけるような鋭い視線が、俺の肌をチクチクと突き刺した。


 怒りは身を滅ぼす。

彼女の姿を見て、そんな言葉が俺の脳裏に浮かぶ。


「物証はありません。ですが、今の貴女の発言で、やはり友人の話に出てきた女性は貴女なのだと確信しました。何故、かの女性が庶民とぶつかったとご存知なのですか? また何故、私の言う友人が庶民だと判ったのですか?」

「くっ……!」


 俺に指摘をされ、ようやく自分の失言に気付いた彼女は苦々しげに歯噛みする。

反論の台詞も今の彼女には見当たらない。


「貴女と私の会話は彼らが全て聞いています」


 そう言って振り返れば、四人共がしっかりと頷いてくれた。


「残念ですが、貴女はたった今嘘をついた事によって自分の魔力いのちを穢してしまいましたね。詳しい経緯を聞かせていただけますか?」

「はい……」


 王子並びに北・東・西の公爵子息の顔を証人として示され、ついに観念した彼女は事の顛末を語った。



「……確認します。貴女はマナー講義の際に偶然拾ったブローチがイルメラのものと知りつつ、つい出来心で湖に投げ捨てた。間違いありませんか?」

「はい」


 ついに真相を突き止めた俺はため息をついた。

背後からも似たような声が洩れ聞こえる。


正面ではナターリエさんと、彼女の友人二人が俯き加減で固く唇を引き結びながら立っていた。

処罰を待っているようだ。


 隠す意図は無かった。

ただ困らせようとして湖に投げ込んだところ、偶然にも迷宮の入り口にまで流れついてしまった。

そんなところだろう。


「俺が貴女を好きになる事はありません。俺は、俺の贈ったブローチを毎日嬉しそうに胸元に飾ってくれる彼女が愛おしいんです。貴女の気持ちを受け入れてあげられなくてごめんね。それからありがとう、ナターリアさん」


 もっと他にいいやり方があったのではないかと、頭の片隅で考えるけれど答えは見つからない。

今になって初めてきちんとナターリエさんと向き合えた気がする。


 ごめんねとありがとうを言う俺の言葉にハッとした様子のナターリエさんは、徐々に表情を歪め、泣きそうな顔になった。


 誰かを好きになって。

だけどその誰かには他に好きな人がいて、自分の気持ちは見向きもしてもらえなくて。

それはありがちな想いのありがちな結末だった。


「今回の件は公にはしません。ですが、けじめとして念書を交わした上で今後一切、貴女から俺とイルメラに近付かないと約束して下さい。こちら側の立ち会い人はレオンハルト・アイヒベルガー、ルーカス・ブロックマイアー、ディートリヒ・クラウゼヴィッツ、バルトロメウス・アイゼンフートの四名です」


 証拠が不十分である事、個人的な問題である事から今回の件は内々に処理をされる事になった。


「ただ羨ましかったのだと思います。貴方にそんなにも想ってもらえるあの方が……」


 正式な書類として己の血をインクに署名を書き終えた後、独白ともとれるナターリエさんの最後の一言は涙声で告げられて、それが俺にはひどく印象的だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る