第80話 部屋割り




 どっと疲れた。

若い頃の苦労は買ってでもしろとはよく言うが、それは押し売りする側の都合だろうと主張したくなる。

苦労なんて、わざわざこちらから出向かずとも向こうから喜々としてやってくるものだ。


 変人の友達を持つと苦労する。

それが一通りの紹介を終えた俺の感想だった。


 どうせなら勢いで一気に紹介させてくれればいいものを、方々から色々とつっこみが入って途中何度も中断せざるを得なかった。

中でも最も多く口を挟んできたのはレオンとバルトロメウスだ。

二人とも基本的によく喋るからな。


 どちらがより厄介かと言われれば、独自魔法による演出を駆使してくるバルトロメウスに軍配が上がる。

彼の魔法が発動中はみんながそちらに意識を持って行かれて、話にならないからだ。

時折、無駄に効果時間の長い演出をしてくる事もあり、それによるタイムロスは積み重ねれば決して無視出来るものでは無い。


 これではせっかく繰り上がった予定も無意味というものだが、それをやらかした本人には時間がもったいないだとかそんな意識は欠片もなく、もはや演出は彼のアイデンティティーとして確立されつつある。


 また、イルメラやルーカスも変だとは思いつつも二人ともそれなりに常識人の為に初対面でそれを指摘するのはいかなものかと考えて口を噤み、レオンは手品のような見せ物と同じ感覚で捉えているが為に、こちらはむしろもっとやれとバルトロメウスの演出を助長する傾向にある。

ディーに至ってはそもそもがどうでも良いので、さらっと流してしまい、必然的にバルトロメウスの暴走を止める役目は俺に回ってくるのだった。


 こうなる前にせめてルーカスあたりと彼を引き合わせておけば良かったと思うが、後悔先に立たずとはよくいったもので、この時点ではすでに後の祭りである。

今回だけなら仕方ないが、バルトロメウスの一番古い友人は間違い無く俺で、一番仲が良いのも俺で(彼には他に友人と呼べる人がいない)、どうもストッパー役として定着させられそうな気がしてならない。

こんなのでこの先十二年もやっていけるのだろうかと俺はこっそりため息をついた。



「そういえば部屋割ってまだ決まってないんだったんだよね?」


 嘆いてばかりでも仕方がない。

そう思い直し、寮生全員の顔合わせが済んだところで次にやるべき事を話題にする。


 部屋割りというと、普通は学園側が事前に決めていそうなものだが、入寮手続き完了と同時に、付け足すようにさらっと自分たちで決めるように言われた衝撃は大きかった。

子供にそんな丸投げして良いのか、これは他の寮についても同じなのかなど色々気になる点はあるが、後方にずらっと続く手続きの順番待ちの列のせいで質問をする機会を逸してしまった。

それでも何となくだが、俺たちが特別待遇なのだろうという気はする。

学園の運営者、きちんと仕事をしろよ。


「どうする? とりあえず各自希望を言っていこうか?」


 全員と一番関わりが深いのが俺なので、俺がまとめ役になるのはごく自然の成り行きだった。

早い者勝ち等ではなく、一番無難な希望を聞いて調整する方向に話を進めていく。


 部屋を見てみないと決められないと言われ、レオンでなく何故か俺に渡された一枚の手書きの寮内見取り図を片手に、幾つかの部屋を見て回ると、どの部屋も内装は同じだが、学生寮と呼ぶには十分過ぎる広さがあった。


 これが前世であれば相部屋なんていうのも珍しくないというのに、逆に一つの部屋の中にいくつもドアがあって、寝室や客間、浴室の他にちょっとしたラボまで設置されている。

その気になれば自分の部屋に引きこもって生活、なんて事も出来そうだ。


 それでも今朝出てきた家の広さを思えば狭いとも感じられ、実際にレオンは城の自分の部屋にある浴室ほどの広さしかないと憤慨していた。

まあ、そのうち慣れるだろう。


「飾り気の少ない部屋ですわね」

「その辺はある程度自分で好きに替えていいらしいよ。それから、試験の成績や行事への貢献度なんかを見て、色々特権が与えられる制度もあるみたい」


 殺風景とまではいかないものの、必要最低限の内装に落胆するイルメラに俺は励ますように言った。


 学園の主席卒業生でもある母上によると、生徒に学業に打ち込んでもらう為に学園側でいわゆるご褒美を用意しているらしい。

特権の内容も様々だが、わかりやすいところで言えば学内施設の優先使用権や、持ち込み制限のある一部の物品の学内持ち込み許可などだろう。

監督生制度もある意味ではこの優遇措置の一環であると言えなくもない。


「うむ、余はこの部屋が良いぞ。アルトはこっち隣の部屋にするのだ」

「いや、待て。一応俺にも希望を言う権利くらいはあるからな? 勝手に決めるんじゃない」


 寮内の個人割り当て区画をざっと見て回って、一番最初に希望を言ったのはレオンだった。


 本人がせっかちなせいなのか、周りが一応でも遠慮をしているからなのかは判らないが、こんな時はだいたいレオンが一番乗りだ。

必ずしも希望が通る訳では無いが、こういうのは希望が被った時の後からの言い出しにくさから先に言った者勝ちの側面がある。


 それはそれとして、俺の分まで勝手に決められては困るときっちり釘を刺しておくのは忘れない。

忘れていないが、さらっとそれを無視して話を進める者たちがいた。


「じゃあ、俺は殿下の向かいの部屋で」

「アルトくんがそこなら、僕はレオンくんと反対側の隣の、この部屋がいいな」

「いや、ちょっと待て。まだ決まった訳じゃないからな」


 宣言するが早いかさっさとネームプレートをドアにつけるレオン、ディー、ルーカスを止めに入る。

レオンに至っては俺のネームプレートまで引ったくって設置しようとしている。

剣術の訓練のおかげで日に日にレオンの体位裁きは向上しており、既に俺は魔法禁止の丸腰の取っ組み合いではレオンに敵わなくなっていた。

もっとも、マヤさんとてこんな使い方をさせる為に教えたわけではないだろうが。


「ダメなのか? 何も問題無かろう?」

「問題があるから止めてるんだろうが。俺は角部屋がいいんだ」


 心底不思議そうにするレオンには自分以外の人間の意志の尊重を覚えさせた方が良さそうだ。

国を動かす立場で考えれば、一々末端の意見に気を取られていては何も為せなくなりそうだが、人を人として、感情のある存在として見れなくなっていてはそもそも何の為の政治なのか判らなくなってしまう。


「どうして?」

「さすがに夜中に両隣がうるさいのは勘弁してほしいかなって思って。角部屋なら、片側は絶対に静かだろう?」

「僕の隣はイヤ? 僕、騒いだりしないよ?」

「余もアルトの隣は譲らぬぞ?」


 レオンほど傍若無人でないルーカスはきちんと理由を聞いてくれる。

それでも納得は出来ないようで、俺の目をじーっと見つめてお願いをしてくる。

彼は部屋自体にこだわりは無いが、俺の隣が良いらしい。


 予想外に真剣な瞳を向けられて、思わずたじろいでしまう。

そこへレオンが駄目押しのように主張する。


「ならば間を取って私がアルトの隣に……」

「何の間だ? だいたい、お前はレオンとタメを張る程やかましいだろう。却下だ」

「妙案だと思ったのだが……」


 口を挟んでみたところを俺にすっぱりと却下されたバルトロメウスは、どんよりとした暗雲を頭上に展開させながら肩を落とす。


 こいつが恐ろしいのは、掛け値なしに本気で妙案だと思って口にしているところだろう。

だが、俺は首を縦に振る訳にはいかない。

何せこいつは研究者なのだ。


 見た目の破天荒さから考えても、何をしでかすか判ったものじゃないが、部屋で気軽に爆発物の開発なんぞをしたりして、壁に風穴を空けるなんて事もやりかねない。

いや、絶対にやるだろう。

ゲーム画面で見た彼は、魔物から採取した素材をその場で調合して謎のアイテムを作りだし、それを敵に投げつけて立派にパーティーの攻撃の中核を担っていた。

壁を吹き飛ばす素養なら十分にある。

考えようによっては一番の危険人物だ。


「イルメラちゃんはどこがいい?」

「私は……まだ決めておりませんわ」


 ここまで何の希望も口にしていないイルメラに目を向けると、彼女は俺とディーを交互に見比べながら首を振って、決められないと言った。

彼女の事だからディーの隣の部屋で即決すると思っていたのに、違うのかと少し意外だった。


 こういう時はどうやって決めようか、と頭を悩ませる。

まだ決めきれないイルメラには考えていてもらうにしても、ルーカスとレオンは俺の隣がいいと言っているのだから、まずは俺の部屋が確定しなければ決めようが無い。


 普通に考えれば俺の部屋なのだから、希望する部屋自体が他の誰かと被らない限りは自分の希望で決めてしまっても良い気がするのだが、どうもルーカスのお願いとレオンの我が儘に俺は弱いらしい。

部屋数が数十に対して、寮生がたったの六人しかいないのだからもっと分散されても良さそうなのに、何だってこう団子みたいになりたがるのか。


 こういう時は向こうでの定番はじゃんけんか、くじ引きだったよな。

じゃんけんは俺以外やった事がなくて手間取りそうだがら、くじ引きか。

ちょうどお誂え向きに、制服のポケットの中に羊皮紙の切れ端がある。


「誰か、インクと羽ペンを持ってない?」

「各部屋のテーブルの上に置いてあったよ?」


 あみだを書こうとして筆記具を寮のエントランスに預けた荷物の中に忘れてきた事に気付いて訊ねると、ルーカスがそう教えてくれた。

こういう細かな点に気付くのが、ルーカスならではだ。


 だが何の気無しにちょっと取ってくると言って、一番手近な部屋のドアを押し開け、一歩中に足を踏み入れた瞬間、ふわっと淡い光に身体を包まれた。


「何だ、これ?」


 白く発光する自分の手足を見ながら呟く俺に、ディーは一人で納得したようにポンと手を打った。

その光景に何か不吉なものを感じながら、おそるおそる尋ねる。


「言い忘れていたんだけれど、ネームプレートを差し込んだ状態で部屋に入ると登録される仕組みなんだ」

「え……それってつまり、これは認証完了って事?」


 手を振るとちょうどそのタイミングで泡のようになって体表を覆っていた光が霧散していく。


「いやいやいや、セーフだろ。だって俺、まだネームプレート差し込んでないもん」

「アルトのネームプレートなら、余がつけておいたぞ?」

「なに~!?」


 ダダダッと騒々しい足音がするのも構わず、部屋の外へと踵を返し、ドアのプレートを食い入るように見つめる。


 最初に見た時には何も嵌められていなかった金属の枠に、これまた金属のすべらかなプレートが綺麗に収まっている。

そこには流れるような字体で、それでもくっきりと【アルフレート・シックザール】と刻まれていた。


 俺がさっき入ったのは、レオンが俺の部屋として指定してきた部屋だった。


「……いや、まだだ。登録ってやり直せるよね?」

「きまぐれな生徒が気分でコロコロと部屋を替えて、学業に支障をきたすのを防ぐ為に、原則として一年はやり直し出来ないようになっているよ」


 往生際の悪い俺に、ディーは親切心で無慈悲なトドメを刺した。



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