第13章

第79話 入学



「見て! いらしゃったわ!」

「え? どこどこ?」

「ほら、あそこ!」


 ホールへと一歩足を踏み入れた瞬間、会場がざわついたのが判った。

本日、国立騎士・魔法士養成学園入学式である。


 ざっと見渡して三百人程だろうか?

事前に聞いた話では、今年の新入生の人数は例年の一・五倍ほどらしい。

六歳から入学出来るとはいえ、中途編入可の制度を取っているため、例年であれば二百人程度に収まるそうだ。


 今年ここまで多くの新入生が集まったのは、レオンそして俺やイルメラ、ルーカスの入学の情報が流れたからに他ならない。

そんな訳で俺たちの会場入り早々、そこかしこから様子を窺う声が上がった。

まだ六歳児という事で、思いのままに大きな声を出してこちらを指差している子も多い。

向けられる目は幼い好奇心に満ちていて、何となく動物園のライオンになったような気分を味わっていた。


 さて、こういう式ではこちらの世界でもテンプレらしい学園長の長い祝辞を右から左へと聞き流しながら、手持ち無沙汰なので俺も周囲を観察する事にする。


 まず席の話だが、最後尾の列の壇上へと至る中央の主通路側から順番にレオン、俺、イルメラ、ルーカスの順番に並んでいた。


 うん、一応学園側から指定された席についているというのに、見事に知り合いで固められているな。

まあ、他に知り合いらしい知り合いもいないし、長い演説に堪えられなくなったレオンが暴れ出すのを阻止する意味合いでも隣にしてもらって助かってはいるのだけれど、絶対に誰かが意図して固めたのだとしか思えない。


 ちなみに、右隣のイルメラとは朝から喧嘩中であった。

どうせだからと四人一緒に登園すべく、朝一に城へ寄ったのだけれど、出立の時には彼女は既に不機嫌だった。

正確には見送りの人たちと言葉を交わしてから、だったか?


 もちろん喧嘩とはいっても怒っているのはイルメラのみで、俺の方は特に何かした覚えも無いのだけれど、気分を害する事を何かしでかしてしまっていたのなら悪いと謝ったら、『理由もわからずに謝って欲しくありません!』と拒絶され、余計に怒らせる結果となってしまったので、現在反省中である。

女の子ってやっぱり難しいと月並みな感想を抱いたのは言うまでも無い。


 同じ女の子でも、ブロックマイアー公爵夫人と一緒に見送りに来てくれたカティアは別れを惜しんで大泣きしていたので頭を撫でてあげたらすぐに泣き止んでくれて、非常に対処が判り易かった。

女心に疎いのか敏いのか、自分で自分がよく判らないが、イルメラに関してはきっとまだまだ勉強が不十分なのだろう。


 学園初等部の制服を身に纏ったイルメラを横目にこっそりとため息をつきながらさらに俺は視線を巡らす。

基本的にこの学園の生徒はこの国の者で構成されている筈だが、パッと見るだけでも色とりどりの頭髪が目に入り、非常に賑やかだった。

全体的には茶髪の割合が高いみたいだが、ピンクやら水色やらの子も普通に混じっている。

男女比に関しては特にどちらかに大きく偏っている様子は無かった。



「それでは新入生を代表して、レオンハルト殿下にお言葉を賜りましょう」

「うむ」


 ようやく学園長による祝辞が終わり、事前の打ち合わせで聞いていた通りにレオンが壇上に上がっていく。

こういう目立つ事が大好きなレオンは、傍目にも判る程にノリノリだった。

ノリノリなだけに、何かしでかすのではないかという不安もひとしおなのだが。


 予め演説の内容が決められているという事でどうにかこうにか心許なさを押さえ込んでいた俺たちだったが、レオンが壇上で一言も発さぬうちに彼がやらかす気なのを悟る事になる。

レオンの手に、俺とルーカスが何度もつっこみを入れながら苦心して完成させた演説の原稿が無いのだ。


 パッと左隣を見れば、ぐしゃぐしゃのよれよれになった原稿が椅子の上に投げられている。


「アルトくん……」

「あとでお説教だな……」


 まさか追いかけて出て行く訳にもいかず、気掛かりいっぱいに顔を歪めたルーカスと一言だけ言葉を交わして他の新入生と同じく、小さな暴君に注目した。


「皆のもの、よく聞くが良い。余こそ、この国の王子・レオンハルト・アイヒベルガーであるぞ。たった今からこの学園は余の軍門に下った。なんぞ不満のある者はかかってくるが良いぞ!」


 あまりに突拍子の無い王子の発言に、周囲は言葉を失っていた。

俺たちはあまりに予想通り過ぎる展開にやはり言葉を失っていた。

そこへレオンの高笑いだけが響き渡る。


 色々おかしい。

これはそう、云うなればカオスだ。


 新入生代表の言葉が、どうして学園ジャック発言になるのか?

軍門に下ったってレオン、お前はどこの軍人で、いつ学園に対して戦を仕掛けたんだ?

そして何故に最初からそんな喧嘩腰というか、上から目線なのか?

……いや、身分的にはここにいる誰よりもレオンは上位なのだから、上から目線なのは別におかしくはないのか?

だけど、これから人にものを教わる者の態度としてはどうにも不適格に映る。


 これがレオン流の照れ隠しなのだろうか?

それにしては高笑いが妙に堂に入っているな。


 そういえば最初に会った時も妙に上から目線だったなあと頭の片隅で考えながら、一ミリたりとも本質的には変わっていない王子を遠目に、入寮手続きを済ませたら早速お城に報告の手紙を書かねばと俺は決意する。


「余はこの学園で一番のサムライを目指す。そしてアルトは一番の魔法師を目指す! 邪魔をする者は容赦はせぬぞ。余からは以上だ」


 レオンは全員の視線を欲しいままにしつつ、最後になって一応学園での抱負を語り、ついでに俺の分まで勝手に宣言してから席に戻ってきた。

さっきまで冗長にやっていたのが嘘のようで、もはや入学式という雰囲気では無い。

レオンは一人でも十二分に雰囲気ブレイカーだった。


「どうだ? 良い演説であっただろう?」

「その件については後でだな……」

「む?」


 息を吹き替えした周囲が騒然とする中、まるで悪びれた様子もなく褒めて褒めてと言わんばかりに話し掛けてくるレオンに俺は体面があるからと色々言いたいのを必死で堪えた。

なお、レオンの暴走おかげで式の予定は大幅に短縮された事により、一部新入生から彼が熱烈に感謝されたのは余談である。



「結局このメンバーなのか……」

「でも僕はアルトくんが一緒で安心だな」

「うむ、余も異存は無いぞ」


 さてはて、予定が大幅に繰り上がる中、入学案内の日程に従って入寮手続きを済ませた俺たちだが、どうも代わり映えのしない顔ぶれに苦笑を漏らした。

俺、レオン、ルーカス、イルメラが揃って同じ寮になったばかりか、一学年上のディー、そして今年編入試験を受けたらしいバルトロメウスまで一緒だったのだ。


 どうも、入学式の時の席と同じように学園側が意図的にここ【白陽寮】に固めてきているようだ。

編入のバルトロメウスと違って、俺たち新入生は特に入学試験のようなものは受けた記憶が無いので、何を指標に寮を振り分けたのかはもう確定的だ。


 ゲームではその辺りはあまり詳しい描写が無かった上に、ヒロインの編入年度の時点ではそれぞれ寮はバラバラだった為、抽選か何かで平等に決めているのだろうと思っていたが、どうも思いっきり大人の事情が絡んでいるらしい。


 もっとも、身分によって生活様式もかなり異なってくる為に身近に接すれば不要な軋轢を生む可能性も多分にあり、『全員平等』とするのが必ずしも良策であるとも言えないのが難しいところである。

ゆえに、ルーカスやレオンと同じように俺も、結局は気心の知れたメンバーと同じ寮になれた事に素直に感謝する事にしたのだった。



「それで、あちらの殿方はどなたですの?」


 単刀直入に俺にそう尋ねてきたのは、大好きな兄に会った事で機嫌の直ったイルメラだった。

あちらの殿方と言って彼女が視線を向けた先にいるのは、初等部の学園指定制服に身を包むバルトロメウスだ。

よく知った人物ばかりの顔ぶれに一人、知らない人が混じっているのが気になったらしい。

その言葉を聞いて、彼とは俺以外は初対面であった事を思い出す。


 イルメラがバルトロメウスを『こちらの』殿方では無く、『あちらの』殿方と言ったのは、彼女が変人丸出しの彼を警戒して物理的に距離を取っているからだ。

制服を着れば奇抜な格好の普段よりは、見た目の上では変人度合いが薄れるかと期待していたが、全然そんな事は無かった。

普通に着ればいいのに、制服に妙なアレンジやオプションを加えているせいだ。


「知り合い?」


 ディーに端的に問われて、思わず知らないと答えそうになったのは不可抗力だった。

変人の知り合いだなんて、誰が積極的に認めたがるだろうか?


「やあやあ、アルトくん! 君も白陽寮だったのかね? うむ、記念すべき門出に加えて師匠である君と同じ寮になれるとは、今日という日は良き日だな。アルトくんもそう思うだろう?」


 俺が何か言うより先に、ギラッギラの後光を背負いながら頭を極彩色の羽まみれにしたバルトロメウスが気さくに話し掛けてくれたので、全面的に認めざるを得なかったが。

こいつ、どこかにいっぱい募金でもしたのか?


「こういうのを個性的って言うのかな……?」

「眩しい、ですわ」

「あの光る鳥人間は何者なのだ? アルトはあやつの何の師匠なのだ?」


 初対面の人にはやはりバルトロメウスは色んな意味で刺激が強過ぎるようで、ルーカスとイルメラは判りやすくドン引きしている。

それでも顔に笑顔を貼り付けている辺り、彼らにも貴族としての矜持があるのだろう。


 反対にレオンは面白いものを見つけたと好奇心いっぱいに前のめりになっていた。

レオン的には鳥類と観音様を足して二で割ったようなあのファッションは有りなのかと衝撃を受ける。


 全く動じていないのはバルトロメウス本人と、もともと他人に対して関心の薄いディーだけだ。

やっぱりディーは大物だと思う。


 鳥人間は鳥人間だと答えて逃げ出せたらこの状況はどれだけ楽だろうか?


「えーっと、こちらはバルトロメウスくん。アイゼンフート公爵家の三男にあたる人だよ。バルトロメウス、前に話した事があると思うけど、彼らはみんな俺の友達だ」


 嫌々ながら覚悟を決めて双方の間に立ち、一人ずつ紹介していく。

その度にバルトロメウスがいらぬ演出をして、レオンがますます目を輝かせ、イルメラとルーカスがますます困惑の色を深めていったのは、今更語るべくも無い。



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