第58話 青いのと白いの




「あのう、一応お尋ねするんですが、この牧場ではペガサスを飼育したりは……」

「してませんね」

「ですよねー……」


 ごくりと唾を嚥下した俺は、首を巡らせて傍に控えていた使用人さんに尋ねる。

返ってきた答えに乾いた笑いを浮かべた。


「ご都合主義展開過ぎるだろ……」

「アルトくん、見て見て! 翼の生えたお馬さんがいるよ~!」


 頬を引き攣らせる俺の横で、北領ご領主様の若君は無邪気に喜んで笑っておられた。

その心境はさしずめ、珍しいお馬さんを見て大興奮といったところだろう。


「そこの翼の生えた白いおっきなお馬さん! これあげるからこっちおいで~」


 人参を片手に天馬のナンパを試みるルーカスを見て、俺はふと疑問に思った。

馬の好物は人参だけれど、ペガサスもそれは共通なのだろうか?


「あのう……」

「大変申し訳ございませんが、寡聞にして存じ上げません」


 再度首を巡らせた俺が皆まで言う前に察した使用人さんが、本当にすまなそうな顔をしながら頭を下げてきた。

寡聞にしてなんて言うけれど、ペガサスの食の好みを把握している人なんて世界でも数える程しかいないだろう。


「ペガサスは通常、北の隣国との国境であり、国土最北端に位置する雪山ラヴィーネの奥深くから滅多に姿を現しません。目撃例は幾つか報告されておりましたが、数十年に一度というレベルなのでその姿を見たものには幸福が訪れるなどという伝承が存在します」

「うん。それ、そっくりそのまま本で読んだ」


 生態系に謎の多いペガサスについて詳しく書かれている文献は少ない。

生息地近くに暮らしている人間ですら、一度もその姿を見る事無く一生を終える者が殆どだった。


 先述のラヴィーネという雪山の遭難者に目撃例が多いので、一部の学説では遭難者が見た幻影ではないかとすら言われていたが、それに猛反発したのがここ、北領の民だ。

腕輪について知りたくて読んだ建国記によると、初代アイヒベルガー王の友の中に天馬と契約を結んでいた者がいたらしい。

それが諸々の記述から、ブロックマイアー家のご先祖様ではないかと推察されていた。


 白銀の髪のルーカスと白いペガサス。

ぴったりだと思った。

もしかして、ルーカスに牽かれてペガサスが山を下りてきたのだろうか?


 そう思い、ペガサスナンパ作戦の成り行きを見守る。


「こっちにおいで~。ほらっ」


 ――フイッ。


 結論から言うと、ナンパは失敗に終わった。

人参を差し出すまでは確かにこちらを注視していたように見えたのだが、ルーカスが口説いた瞬間そっぽを向いたのだ。


「あのお馬さん、人参嫌いなのかな? 好き嫌いは良くないよね」

「ルーカス、つっこむところはそこなのか、お前……」

「えっ? 違うの?」


 確かに判断材料に欠けるこの状況ではペガサスが人参嫌いでは無いとも限らない。

だけど、他に好んで食べそうな物は何だろうか。


「草? お肉? 木の実……? うーん、どれもイメージと違う……」


 雪山にありそうなもの、居そうなものを中心に挙げてみるが、どれもしっくり来ない。

じゃあ何を食べていればしっくり来るのかと言われても困るのだけれど。

どちらかというと、何も食べないイメージだ。


「ほらっ、あっちの人参よりこっちの人参の方が美味しいぞ~」


 せっかくレアな生き物を見る事が出来たのだ。

俺も触れ合う努力をしてみようと思い、人参の切れ端の山の中から大きめで色の良い物を選んで差し出す。

するとやれやれとでも言うように鼻を鳴らした後、白いペガサスはまたもそっぽを向いた。


「人参か? やっぱり人参が嫌いなのか……?」

『人の子よ……』


 ペガサスを見た目で判断してはいけないらしいと思いながらも、初めて見るペガサスの表情に心を踊らせていると、頭の中に直接話し掛けてくる声があった。


「誰……?」

「アルトくんも聞こえるの?」


 大人たちが怪訝な顔をする中、子供二人して頷き合う。


『我はそのようなものは食さぬぞ』


 まさかまさかと思いながら、ペガサスに顔を向ける。


「ペガサスって喋るのか?」

「でもお口が動いてないよ?」

『人間たちの間で念話と呼ばれるものだ。これにより、声を出さずとも会話が出来る』


 声を潜めてルーカスと内緒話をしていると、またもや頭の中に声が流れ込んできた。

どうやら声の主はペガサスで間違いないらしい。


 改めて見ると、なるほど口調にぴったり尊大な立ち居振る舞いをしている。

人参を振り回している時に何となく馬鹿にされているように感じたのも、気のせいではなさそうだ。


「念話って僕たちにも出来るのかな?」

「どうだろう……?」


 興味津々で尋ねて来るルーカスに判らないと言いつつ、俺は物は試しだとやってみる事にした。


『あ、あーあー。テステス。テスト。もしも~し、聞こえますか?』


 イメージは頭の中での独り言だ。

そうすると自然に魔粒子が頭部へ集まり、それに乗せて旋毛あたりから前方へ向かって声なき声を飛ばすと、集まっていた動物たちが蜘蛛の子を散らすように四方八方へと駆けていった。


『そのように大陸中に轟くように叫ばずとも聞こえておる! 音量を落とせ』

『ごめんなさい』


 どうやら大き過ぎたようで、首を傾げる間も無く怒られる。

ペガサスの前足の鋭い蹄が地面を苛立たしげに引っ掻いていた。


『ええと……このくらいでいいかな?』

『……まあ、良かろう。そなたは初めてのようだからな……』


 魔力の放出量を抑える事でボリュームダウンは成功した。

お願いだからそんなに怒らないで。


「アルトくん、すごい! 念話ってどうやったの?」

「どうやったって訊かれても、魔力に声を乗せたとしか……」

『こう?』

『そなたの方が魔力は桁違いに多いが、そっちの白いのの方が器用なようだな』

『どうせ俺は力押しですよ、馬鹿魔力ですよ……』


 俺と違って最初から適切な音量で念話を成功させてしまうルーカスが恨めしい。

ペガサスがわざわざ比較して揶揄するように言うから余計に悔しかった。

魔石作りでだいぶ制御の腕を上げたつもりだが、未だに魔石探しはルーカスには勝てない。


「あの、若様方はいったい何をなさっておいでなのですか?」


 そのまま念話を続けようとしたところで、使用人さんの一人が割って入ってきた。

どうやら彼らにはペガサスの声も、俺とルーカスの念話の声も聞こえていないらしい。


どういう事だろうと疑問が浮かんだ瞬間に、ある程度魔力を持ち合わせている者にしか念話は通じないのだとペガサスがら説明された。

表情を読んでいるのか、頭の中を読み取っているのか判らないが尋ねる前に答えが返ってくるというのには不慣れでなんだか気持ち悪い。


 とりあえず、ペガサスの話の通りなら使用人さんたちは魔力量の基準を満たしていないから聞こえていない、という事のようだ。


『これって、ひそひそ話大胆不敵バージョンだね』

『扱いに長けた者ならば、特定の個体だけに声を届ける事も可能だ』

『つまり俺が未熟者って言いたいんですね……』


「あのお馬さんたちと念話をしてるの」

「ペガサスと念話、ですか……?」

「うん、だから邪魔しないでね」


 俺とペガサスが別段隠す必要も無い茶番のようなやりとりを続けている横で、ルーカスは大人の人に簡単な状況説明をしていた。

伝承上の生き物とお話をしているという若様の話を使用人さんはなかなか現実のものとして呑み込めないようで、半信半疑のような間延びをした声を上げる。

それに対してルーカスは人差し指を立て、大真面目に釘を刺していた。


『さて、とりあえず部外者が退いたところで今回我がこのような人里を訪れた理由わけとやらを説明しよう。まあそなたたちも察しはついているかと思うが、懐かしい魔力の気配を感じたので山を下りてきたのだ』

『懐かしい魔力って?』

『そなたらは上手く隠せるようになったと思っておるかもしれぬが、我らは人間などより遙かに感覚が鋭いのだ。感じ取った魔力がかつての契約者のものと瓜二つであったから、さすがの我も周章狼狽した。しかし、いざ来てみればこんな幼子とは……』

『ちょっと待って。契約者って誰の事? 似ているって……?』


 一方的に説明をつらつらと垂れ流すペガサスに俺は当惑した。

『かつての契約者』と聞いて思い出すのはもちろん、建国時代の話だった。

ブロックマイアー家の創始者、ルーカスのご先祖様の事だろうか?


 生唾を呑んでペガサスの次の言葉を待つ。


 ――歴史的瞬間に俺は立ち会ってしまうのかもしれないと思いながら。



『なんだ? そなた、シックザールの者ではないのか?』

『えっ? 俺?』


 何を今更と言うペガサスだが、俺の方は前世と今世通算で聞いていない。

俺は動物好きだけれど、ゲームにおいて動物使いだとか幻獣使いだとかはルーカスの専売特許だった。

だからこそ今回も自分の方ではなく、ルーカスの方に用があってペガサスは下山してきたのだろうと思っていたのに。


『そなた、何も知らぬのか?』

『俺は確かにシックザール家の人間だけど、それとこれとどういう関係が?』

『そなたの祖先アダルブレヒト・シックザールと我は契約を結んでおったのだ。その証がそなたの衣装のボタンにも刻まれておろう?』


 アダルブレヒト。

どこか聞き覚えのある名だ。


 言われるがまま釦を確認すると、翼を広げたペガサスの刻印がキラリと輝いているのが目に入る。

これは父上の執務室の絨毯や玄関ホールの床など至る所に刻まれている我が家の紋章だ。

ヒントはとても身近なところに隠されていたらしい。


『いや、思いこみって怖いね……』


 ペガサスとこの身が所縁深い関係であった事を喜ぶでもなく、俺は嘆息した。

ゲームの設定を知っている事が今回は俺の判断を鈍らせてしまった。

完全に裏目に出てしまったと言っていい。


『何だかよく分からないけど、アルトくんすごーい』


 落ち込む俺の横でルーカスが一人はしゃいでいた。

自分の事のように喜んでいる。


 俺は俺で色々言いたい事があるが、まずは一言。

建国記のバカヤロー。


『証ならまだある。そなた、アダルブレヒトの腕輪を填めておろう?』

『初代の腕輪……ここでくるのか』

『それは本来、我らとの契約の証として契約者に授受されるものなのだ。それは我との契約がなければ不完全な力しか持たぬ』


 眉唾物の伝承以外、詳しい事が何も伝わっていない腕輪というのは父上から聞いていたけれど、ペガサスからの授かり物とはさすがに思わなかった。

しかもこれが不完全版だとか、ちびっ子向けのヒーローもの番組にありがちな展開で、レオンあたりが聞いたら喜びそうな話だな。

変身ベルト・完全体、みたいな。


『ええと、聞いてもいいかな?』

『よかろう』


 気が遠くなりそうな話に眩暈を覚えながら質問の許可を願い出ると、ペガサスは高慢に頷いた。


『人の世に伝わっている話と、事実とがだいぶ違うんだけどそれについてはどう思ってるの?』

『ああ、確かに間違って伝わっているようだな。だが、ペガサスとユニコーンを取り違えているくらい大した問題でもあるまい』

『ユニコーン!?』


 何の気無しにペガサスの口から語られた新事実に俺はまたも驚愕し、うるさいと叱られるだろう事も忘れて叫んだ。



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