第2章
第13話 小さくても
どうも、転生後初めての三者面談は父上にまんまと騙され、曰く付きの装身具を押し付けられてしまうという結果に終わったシックザール侯爵家嫡男・アルフレートです。
とまあ、冗談はさておき。
あとはやりたいようにやれというぞんざいな御言葉を賜りました。
なんでも、魔力の暴発は例の腕輪が防いでくれるらしい。
内側の力からも守るとはそういう事か。
それだけ御守り機能についてきちんと伝わっていて、試練関連は“らしい”と不確定な形でしか伝えられていない事には何か作為的なものを感じるが、その点は今は考えないでおこう。
それで今後の魔法学習計画についてだが、何と!
母上から直々にご教授頂ける事になりました。
授業は週三回、王城にて行われる。
この世界の一週間は前世と同じ七日だが、呼び方は微妙に異なっていた。
闇の日から始まり、火の日、水の日、風の日、紅の日、土の日ときて光の日で終わる。
前世でいう日曜日に相当するのが光の日だそうだ。
そのうち授業が行われるのは闇の日、火の日、一日休日を挟んで風の日。
ちなみに一年は十二ヶ月で、こちらは呼び方も一月、二月と同じらしい。
さて、ここで同じ家に住んでいるの何故わざわざ城で授業を行うのかと大半の人が疑問に思うだろうが、そこには色々な思惑が絡んでくるようだ。
この授業はもともと母上が提案した事で、母上は家で俺とマンツーマンの付きっきりで行おうとしていたがそこに父上が待ったを掛けた。
何でも先日俺と母上が引き起こしたあの事件は、俺の想像を優に上回るような次元で国の上層部に警戒心を抱かせたようだ。
突然膨れ上がる膨大な魔力にあわや国家転覆の大惨事か、上を下への大騒ぎだったとか。
俺は気絶してしまっていて全く知らなかったのだが、軍部まで動員する始末だったらしい。
……ええ、短気を起こしてしまった事、深く反省しています。
それでもこうして僅か数日で平穏を取り戻しているのは直後にその筋では名の知れた母上が自ら動いた事と、父上が手を回したところに拠る部分が大きい。
適当に言い繕っておいた、と母上がお茶を濁して教えてくれなかった部分は意外にも父上から聞き出す事が出来た。
なるべく穏便に済ませる為に表向きはあの騒乱の原因は全て母上で、魔法師団の訓練につい熱が入り過ぎてしまった為に起きた不慮の事故として処理してあるそうだ。
つまり事の真相を知る者はほんの一握りというわけだ。
そりゃあそうだよな、国の命運が侯爵家の嫡男とはいえ僅か二歳児の胸三寸にかかっているなんて誰も信じないだろう。
人は信じたくない事実からは無意識に目を背けてしまうものである。
母上には全ての責を押し付けてしまった形になり申し訳無いが、ホッと胸を撫で下ろした。
そんな背景があって、どうせなら目の届く領域でとお偉方が要求してきたそうだ。
そのついでに、城で授業をするのなら是非うちの子にもという話が各有力者から舞い込んできたらしい。
これが第二の思惑である。
母上は現役時代は天才との呼び声高い魔法師だった。
尋常離れした保有魔力の量もだが、水魔法と光魔法を併用した独自の魔法系体は国内外から称賛の声が後を絶たない。
そんな母上に師事したとあれば箔も付こうというものだ。
こちらとしては反逆行為と取られ兼ねない事件を引き起こした手前、ここは素直に従っておこうという判断と、ここで俺に人脈を作らせておくというのも悪くないという腹積もりである。
社交界デビュー前に他家との繋がりを持っておくのは悪い事では無いとは父上の言葉である。
……二歳児相手に世知辛いと思う。
但し、母上が一人で教えるという事、また子供相手であるという事、もののついでではあるが完全なるボランティアになるという事で大勢の希望者の中から数人を選ぶ事になった。
どんな基準で選ばれたのかはわからない。
けれど最終的に参加が許された者は俺を含めて、たったの五人だった。
しかもその全員が俺の見知った名前であったのだから、驚くのも仕方無い。
そんなこんなで、今日はその授業初日である。
とはいっても、今日は殆ど顔合わせで終わるそうだが。
前回と同じように母上、カーヤさんと一緒に馬車に揺られ、城を目指す。
前回と違うのは母上の膝枕付きという事、馬車が機能性に優れながらも豪華だという事、そしてこの胸に携えた思いである。
前回は内密に王子と会うのが主目的だった為、目立たない外観の馬車(但し中は魔改造済み)で登城したが、今回はこそこそする必要は無いという事で、大手を振って我が家の紋章入りの、中も外も魔改造された馬車で向かっている。
高級外車で登校する学生のような気分だ。
そんな快適空間で母上の柔らかい膝の感触を後頭部に味わう。
恥ずかしがっていたら、「どうせ大人になったらお願いしてもさせてくれないんだから」と拗ねた声で言われたのでここは甘えておく事にした。
子供は甘えるのも仕事なのである。
……決して下心は無いと此処に宣言しておこう。
そんな仲睦まじい俺達をカーヤさんはどういう訳か頬を赤らめ、また時々指を咥えつつ凝視していた。
こういう時はそっと目を伏せるものじゃないのか?
いや、それはカップルがいちゃついている時か。
どちらにせよ、そんなに羨ましそうに見られても母上の膝の上を譲る気は無い。
元の世界ではさすらいの席譲り人として名を馳せたが、膝枕は別である。
これは子供の特権なのだ。
「アルちゃん、そのままでいいから今から母様の言うことをよく聞いてね」
「う~っ」
目に掛かった前髪をそろりと避けて、頭部を撫でてくれる掌の心地よさにうっとりしていると、急に母上の手が止まった。
至福の時の中断に思わず不満げな呻き声をもらすと、クスッと小さな笑い声がして、優しい手の温度が戻ってくる。
「これからアルちゃんには母様と四つの約束をしてほしいの。いいかしら? まず一つ、魔法の授業の間は母様の事を先生と呼ぶ事」
そのまま話し始めた母上の声がとろりと耳の内に流れ込む。
これは我が子だからといって俺を優遇するつもりは無いので、そのつもりでいるようにという事だろう。
小さく頷くと、母上が続けた。
「二つ、すぐに上手く出来なくても投げ出さない事」
途中で投げ出さない。
教わる側の立場としては当然の事だが、これが案外難しい。
何日も続けていれば、調子が悪い日は必ずやってくるだろう。
得意不得意だってある。
目の前で自在に魔法を操る超一流を見て、自分の出来映えにいじけてしまう事だってあるかもしれない。
だけど俺はやると決めたんだ。
だから、また一つ頷いた。
「三つ、嫌な事をされたり、悲しい気持ちになっても感情任せに人に攻撃魔法をぶつけない事。これはとっても大事な事よ」
人を殴ってはいけない。
それと同じだ。
日本にも柔道や空手、剣道などと呼ばれる格闘技があった。
もとは異国の文化だが、拳と拳で殴り合って強さを競う熱い競技すらあったと記憶している。
けれど逆にいえば、それ以外の乱闘は厳しく罰せられる対象だった。
人を傷付けてはいけないのだ。
そんな人として基本的な事さえ忘れて、怒りのままに魔力を暴発させてしまったのだと漸く気付いて、己のあまりの愚かしさに寒気がした。
力を使う人間はその恐ろしさを知っていなければならない。
人を傷付ける時は自分が、もしくは自分の大切なモノが傷付けられる覚悟も持っていなければならないのだ。
重い言葉にめまいすら覚えながら、頷く。
「四つ、これが最後よ。他の子達と出来る限り仲良くなるよう努力する事。ねっ?」
重くなり始めた空気を思ってか、母上が灰色の片目を瞬かせた。
所謂、ウインクというやつだ。
最後の約束は俺にとって予想外のものだった。
「どうし……」
「到着致しました」
訳を訊こうとした俺の声は遮られた。
いつの間にか馬車は止まっていたのだ。
「さあ、行きましょうか」
前回と同じように母上の手で馬車から降ろされる。
その間、母上は何も聞き返さなかった。
城の侍従さんの案内で、顔合わせの部屋まで歩く。
足を動かしながらさりげなく周囲に目を配ると、談笑しながら歩く貴族たちの姿がちらほら目に入った。
時々こちらに気付いてはっとした様子で口をつぐみ、道を開けてくれる。
まだ昼前なせいかドレスで着飾った女性はあまりおらず、ホッと肩の力を抜いた。
前世の悪い病気が出ないにこした事は無い。
思えば王子との顔合わせの時は、行きは母上についていくのに精一杯で、訓練場まではしゃべり過ぎた事を言及されて余裕が無かった上に、妙に人の往来が少なかった気がする。
子供の体感ではけっこうな距離を歩かされ、部屋に通されるとまだそこには誰も居なかった。
俺達が一番乗りのようだ。
光と新鮮な空気が射し込んでくる方に本能的に駆け寄って窓の開け放たれたテラス越しに庭園に目を向けると、池の前で屈んでいる子供が遠目に見えた。
俺と同い年くらいの子だろうか?
後ろ姿しか見えないが、白銀の髪が目を引く。
危ないな、と思った。
周りの世話役の大人が見えない。
池に落ちたら、とか考えないのだろうか?
もしかしたら見えていないだけで、ここから死角になっている場所で誰かが控えているのかもしれないけれど。
城に居を構えている貴族の子供だろうか。
あの子が自分で抜け出したのか?
「あ、誰か来た……」
暫く監察しているとメイド服の女の人が急かすようにその子の手を引いて、建て物の中に引っ込んでいった。
なんだか随分と慌ただしいが、とりあえずあの子が池に落ちずに済んだという事で良しとしておこう。
見るものが無くなって途端に窓の外への興味を失くし、とぼとぼと弛い歩調で部屋の中に戻る。
ガラスに映った自分の髪が少し乱れていたので、撫で付けておいた。
改めて部屋の中を見回してから、五脚ある椅子のうち一番出入り口に近い椅子によじ登る。
母上から一番遠い席。
遠いと言っても数メートルしか離れていないのに、それでも本能的な感情に引き摺られ、寂しいと感じてしまう。
勿論、出来ることなら母上の隣の席がいい。
こんな端と端でなくて、家に居る時みたいに……。
否、と自分に言い聞かせるように静かに首を振った。
この授業で集まるメンバーの中では、俺が一番身分的に下になる。
一応でも仮初めでも、実質がどうであれこういった場所では物の見事に家格によって序列化されるのだ。
だから末席に座るのが当たり前なのだ。
道中でもっと甘えておけばよかった、なんて聞いたら母上は笑うだろうか?
無駄に長いテーブルの短辺、部屋の奥側の席についた母上はここまで案内してくれた侍従さんと言葉を交わしていた。
声を落としているらしく、会話の内容は聞き取れない。
けれど母上が二、三何かを伝えると侍従さんは再度胸に手を当てて芸術性すら感じる美しい礼を取った後、部屋を出ていった。
俺と母上のみとなった室内が本格的に静まり返る。
シーンという音が頭の中で大きなうねりを作り出して、やけに煩く感じた。
嫌なら母上に何か話し掛ければ良いのかもしれないが、こんなテーブルの端と端に座っていて、果たしてまともな対話など出来るのだろうかと疑問に思ってしまう。
結果として俺はいつものように孤独な思考の海に沈み込むのだった。
さいわい、考えるべき事は山積みなのだ。
身体に対して椅子が大き過ぎる為、両足がぷらぷらと宙を蹴っている。
深く腰掛けると座面の端に膝裏が到達しない為、脚が曲げられず、正面に向かって思い切り投げ出した状態になってしまうのだ。
そんな二つに一つの状況下で俺は背凭れを無視して少し前屈みになり、器用にバランスを取りながら腕組みをした。
母上と離れている不安や寂しさ。
その一方で俺は胸を踊らせていた。
初めて生身の人から教わる魔法というものにも興味がある。
けれど、興奮の理由はそれだけでは無かった。
どうやら今日、俺は彼女に会えるらしいのだ。
例のゲームの設定では俺と彼女の出会いはもう数年後のはずだが、今回集まるメンバーを聞いたところ母上の口から彼女の名前が挙げられた。
この事実は俺にとって二つの大きな意味を持つ。
一つは一次的に捉えた場合で、早めに彼女に接触する事で大願成就への足掛かりになるだろうという事。
もう一つは先を見据えての話だが、この面通しが叶えば己の行動如何と努力次第で『運命の二人』の設定・シナリオ通りの人生を回避出来る可能性が高まるという事。
まさか魔法の暴発という大バカをやらかしたおかげで、こんな棚ぼたが発生するとは思わなかった。
ゲームの設定では俺の幼馴染みは王子だけのはずだった。
しかしこの年齢にして他の知己を得られれば、その設定は覆される事になる。
『可能性が高まる』としたのは、ゲーム本編の時が動き始めた時点で感情も何もかもそれがまるで世界の意志であるかのように塗り替えられてしまう事も考えられるからだ。
二度目とはいえ、自分の生涯が懸かっているのだから判断が慎重になるのは許してほしい。
設定を覆せるのならば希望はある。
小さくても。
どんなに小さくとも、シナリオを支える設定という基盤に亀裂を入れられるのならばやりようはある。
一つひとつは些細でも、幾つも寄り集まれば修復不可能な大きな綻びにする事が出来るのだから。
「失礼致します。クラウゼヴィッツ公爵様の御子息並びにご令嬢がお越しです」
扉の向こうで小さな光が芽吹いた。
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