第11話
光が差したとき、枕元の時計はちょうど『7時』を指していた。
私は、豪華なベッドで身体を起こす。
広々としたダブルベッドに、マホガニー製のタンス。よく分からないけれど、高級そうな布地と木材の組み合わせだ。それとは別に複数の材質の匂いも混じっている。
デジタル時計のそばにはスイッチがある。スイッチを押すと、カーテンが自動で開いた。窓ガラスを通過した朝の光が、眼球を激しく貫く。
窓のそばを一羽の白い鳥が飛んでいた。群れも番いもいない孤独な鳥。しかし、どことなく気持ちよさそうだった。
「……また、繰り返している」
三十五階のサイキ・グランド・ホテルのスイートルーム。見下ろせば眼下には霞ヶ浦が広がっていた。
一夜明けると、何事もなかったかのように私は二十四時間前に戻っていた。
スマートフォンのカレンダーが示しているのは、前日の日付……。
今回はどうして繰り返したのだろう? 昨日の私はいままでにないぐらい上手く事を運べていた。芋洗刑事を納得させられ、肌鰆喜一郎の出る幕を潰せた。
もしかして、上手くいったのはあの二十四時間だけだったのだろうか? 翌日以降になって私の犯行がばれてしまうから戻ったのだろうか?
試しにと、私はもう一度昨日と同じ行動を繰り返してみた。
しかし、七時になると、私はスイートルームで起きている。ボートをこいだ疲労も完全になくなっている。
とりあえず、二つ思いつく。
一つは、上手くいっていたようで、その実トリックは不完全だったパターン。例えば、ボートをこぐ私を見ていた人がいる。目撃者が存在する可能性はいつだってあり得るし、二十四時間しか繰り返せない私には確認のしようがない。
考えられるもう一つは、繰り返しの目的がそもそも違うこと。
ルール3.繰り返しには目的がある
私は、よりによって殺人を決行した日が繰り返されたことから、繰り返しの目的は殺人を成就させることに違いないと思った。
特別な日に奇跡が起こったのだ。だから私は大いなる存在を信じた。あるお方が後押しをしてくれているのだと考えた。
しかし、全部が全部、早合点だとしたら?
真実は逆だったのではないか?
もしも繰り返しの目的が私に殺人を行わせることではなく、私に殺人を諦めさせることだとしたら?
誤った私の一日を訂正させるために、同じ日が繰り返される。
そちらの方が、奇跡には相応しい内容ではないか?
尾行した日、私はあの人を殺さなかった。それでも殺意は捨てなかった。あの日に繰り返しが終わっても、私は翌日以降、確実にあの人を殺していた。
タイムスリップするようになってから、私は精神がすり切れるほど何度もあの人を殺した。同じ行為で、違う結末を探した。
全てをやりきった。少なくとも、私にはやりきったという感覚がある。
しかしいまの私、やりきったという感覚のある私は、やりきっていなかった頃よりもいろんなことが分からなくなっていた。
徴候はあった。あの人と話してしまったあの日から、なぜ私は執拗にあの人を殺そうとするのかが自分で分からなくなっていた。何度も殺しているのに、なぜまた殺さなくてはいけないのかと、殺意を正当化できなくなった。殺しても浄化されないし、生の充実も得られなかった。
私は変わらずに灰色で、カラフルな世界から弾かれている。
……私が殺意を捨ててしまうと、あの人は生き続けるだろう。
でも、いまはそれでもいい気がした。
直接話してみて分かったのだ。あの人もまた、灰色の世界で生きていた。それが私の家族を殺し、あの人が自ら与えた罰なのははっきりしていた。
もしかしたら、こんな理屈なんて嘘っぱちで、私はただ飽きただけなのかもしれない。
これから先、あの人にずっと死んでいてもらわなくても、私の手には何度もあの人を殺した感触が残っている。
私自身の幸福を掴むことと、あの人を不幸にすること。そのどちらの目的も、いまやあの人を殺害したところで達成できない。
ならば、私は黙って二十四時間が過ぎるのを待っても構わない。
ああ、7時1分だ……。
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