第八章・目を欺け

第二十三話・温もり




 ──謁見は、早々に終わりを迎えた。

 分が悪い空間から早く脱したいガイルの改めての祝辞と、ロバリアからの祝いの品を受け取って。


 ガイルらが退出しその気配が遠退くと、レセナートはリウィアスを自分の胸に引き寄せた。

 謁見の間、笑みを湛えながらもその下で相手の一挙一動を見張っていたリウィアス。露程も悟らせないために、よりその神経を擦り減らしていた。

 リウィアスは布越しでも分かる逞しい胸に瞼を下ろして頬を擦り寄せた。

 言葉はないが、気遣われているのが分かる。

「──会食までは、これと言って何もありませんでしたね?」

 レセナートの確認の意味に気付いたコルゼスは頷く。

「ああ。会食までは部屋で休んでいなさい」

 それは明らかに未だ気を張っているリウィアスを気遣う言葉。

 躊躇いを見せたリウィアスに、コルゼスは言葉を重ねる。

「今はまだ彼奴あやつらは動かない。他の者で対処出来る時には任せて、休める時は休んでいなさい。──これは提言ではない。命令だ」

 命令、と言われてしまえば従うより他はない。

「……承知しました」

 確かに手勢が揃っていない今、ロバリアが事を起こす可能性は低い。

 それに仮にもアスヴィナに次ぐ大国の騎士達。早々簡単に遅れを取るような事はないはず。

 ──今は任せていても、大丈夫だろう。

「それでは、私達はお先に失礼します」

「失礼致します」

 レセナートに続いて退出の挨拶を口にした。



 ・*・*・*・*・*・



 与えられた塔の自室に戻るなり、リウィアスは背後からレセナートに抱き締められた。

 ラルトとルーカスは扉を潜らずアシュリーらも席を外したため、閉められた室内にはただ二人。

 リウィアスはその耳許で切なげな吐息を吐かれた。

「……無茶だけはしないでくれ」

 それは、先程の会談での一場面。リウィアスがギセドに笑みを向けた意図を察したが故の懇願。

 ──あの時、ギセドが自分に興味を示した事を悟ったリウィアスは、自身を囮に決戦の時まで注意を引く事を決断していた。

「なるべく彼の目に入るよう行動するだけだから、大丈夫よ」

 幸い、事が起きた時に直様駆け付けられるようロバリアには塔と同じ面、然程距離のない部屋が提供されている。

 塔の敷地内こそ厳しく立ち入りを制限されているが、繋がる庭を行けば容易く視界に入る事が出来る。

 但し、その度に謁見の間でのものと同じ、もしくはそれ以上に不快な視線を向けられるだろうが。


 レセナートの腕に力が籠る。

 愛する人を欲望の眼差しで見る自分以外の、それも敵の前に誰が出したいと思うだろうか。

 それでもリウィアスが敵の目を集める事で、他の仲間が格段に動きやすくなるのは確かで、皇太子の婚約者として表に立ったリウィアス自身が裏で動く事が困難な今、それが重要な役割とも言える。

 故に簡単にやめろとは言えず、無茶をしてくれるなと願うより他なかった。


 リウィアスは身体に巻き付くレセナートの腕にそっと触れた。

「貴方が心配してくれるだけで十分。ありがとう」

 それでも緩む事のない腕を愛しげに撫でながら、それに、と続けた。

「案じてくれるのならば時々こうして抱き締めて。時々こうして力を分けて」

 貴方が傍にいてくれるのならば不快な視線を受けるくらいどうって事はないのだ、と。

 切なくて、愛しくて、申し訳なくて、レセナートは顔を歪めた。

「──頼ってばかりで、……負担を掛けてばかりですまない……っ」

 リウィアスは優しく目を細めた。

「もっと頼って。もっと私を必要として。貴方が望むなら、この腕も脚も、喜んで差し出すから。貴方の役に立てるのならば、喜んでこの身を切り刻まれるから」

 ──そこに、嘘も方便もない。

 リウィアスの狂おしい程の想い。

 向けられる喜びに胸を震わせ、衝動的に見上げるリウィアスの唇を奪った。

「っ、ん……」

 きゅっ、としがみ付くように服を握るリウィアスとの口付けを更に激しく深めて行く。

 室内に響くのは、互いの息遣いと唇を触れ合わせる音。

 足が震え出したリウィアスを抱き上げ、部屋の居間の部分に置いてある長椅子まで口付けたまま移動する。

 軽い口付けを繰り返しながらそっと寝かせるように降ろすとその上に覆い被さり、レセナートは僅かに唇を離した。

「……愛してる。──この腕も、この脚も。髪の一本一本さえ、それがリウィアスのものならば全て」

 リウィアスの腕、脚を指先で滑り、結われた髪をそっと撫でる。

「レセナート……」

 頬を紅潮させたリウィアスに今一度触れるだけの口付けを落とすと、愛おしげな、熱の籠った瞳で見据える。

「俺がそれらを差し出して欲しいと望む事は永遠にないから。出来る事なら、傷付かないで欲しい」

 真摯な言葉。

「……なるべく気を付けます」

 戦いに投じる身で、怪我をしないと誓う事は出来ない。

 正直な返答に、ふっと笑みを溢したレセナートは、リウィアスの指先に唇を付けた。

「リウィアスの身体にあるなら全て愛おしいけれど、増えて欲しいとは思えないから。忘れないで」

 吐息が掛かる程の距離で囁かれ、リウィアスは全身を熱くさせる。

「……はい」

 頷くリウィアスに、レセナートは目を細めた。

「──愛してる、ずっと。リウィアスだけを、愛してる」

「私も、愛してる。ずっと……ずっと」

 愛しいという想いを伝えてもらえる事は、伝えるという事は、幾度行っても喜ばしい事で。

 顔が綻び、溢れんばかりの笑みが浮かぶ。

 笑みを交わし、啄むような口付けを何度も何度も交わす。それは時を置かずして深いものとなり。




 リウィアスはレセナートの首に腕を廻した──。



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