第四章・動き出すもの
第十一話・警告
森を抜け、
常にはないその顔触れに、迎えられた騎士らの表情にも緊張が浮かぶ。
通常ならば側近が迎え役を務め、王とは謁見の間で顔を合わせるのだが、しかし今回、来客の中にアスヴィナ国王ウェルデンが含まれる。
──セイマティネスとアスヴィナ。この両国はただの同盟国ではない。
セイマティネスが曾てトレアスティという名の国だった時代。君臨していた暴君を
それは当時大陸を
彼は王座に就くと、国を新しくし、王都を変えた。
その新たな国の名は、セイマティネス王国。
つまり、アスヴィナ王家はセイマティネス初代国王の生家。
上下関係こそないが、この二王家は深い関わり合いを持つ。
「遠いところをようこそ。お疲れだろう。直ぐに部屋に案内させよう」
馬車から降り立ったアスヴィナ、フルヴァンリア王家の人々に、コルゼスが長旅を
基本、護衛は『死の森』の中でのみ。が、今回の依頼は『城門まで』。
一応依頼は完遂させたためその任は解かれたのだが、しかし彼らが城内に入るのを確認しなければならないとその場に留まっていたのだ。
と、そこへ、両国王へ軽く挨拶を済ませたレセナートが傍へ歩み寄る。
気が抜けたように自然、頬が緩むが、しかしいるのが親しい者だけではないために『代理者』として頭を下げるリウィアスを制し、レセナートは口を開いた。
「ここまで、ありがとう」
「勿体なきお言葉。光栄でございます」
それは、代理者としては当然の事。にも拘らず礼を言ってくれるレセナートに笑みが
一応臣下として応じるものの、自ずと音に優しさと愛しさが籠る。
それを感じ取ったらしいレセナートが、愛しげに目を細めた。
「……昼には私も行くから」
誰が聞いているとも知れないと、一人称を公人としての『私』としたレセナートが告げると、リウィアスは頷いた。
離れたところで二人の様子を窺っていたウェルデンは、コルゼスに向かって口を開く。
「……やはり?」
口にするは、ただそれだけ。けれどもそれが通じるコルゼスは目を細めて頷く。
「──最近、漸く報われて」
多くは語られないが、その表情から望まれたものだと知れる。
「それはめでたい」
それは最大同盟国であるセイマティネスの吉事。ウェルデンも釣られて笑みを溢した。
──決して親しく言葉を交わしてはいない。けれども何処か親密さを窺わせるような独特の空気に包まれる二人。
少し離れた場所から、それを、じっと見つめる者があった──。
・*・*・*・*・*・
「──レセナート様」
呼ばれて振り向くレセナートの腕に、若い女の手が絡み付く。──より前に、素早く身を躱した。
「どうかされましたか、フレイラ姫」
触れる事が叶わず一瞬悔しげに顔を歪めたフレイラに、レセナートは笑みを湛えたまま距離を取る。
アスヴィナ、フルヴァンリア両国王への挨拶を済ませた
フレイラは空いた距離を縮めようと、足を一歩踏み出す。
「レセナート様は──……」
「申し訳ありませんが」
再び触れようと手を伸ばすフレイラの言葉を遮るように、レセナートは口を開いた。
「私には心から愛する女性がおりまして、その
それに、フレイラは動きを止めた。
「……え?」
固まるフレイラに向けられるレセナートの瞳には拒絶の色が宿る。
──同い歳の彼女は幼い頃より、レセナートに恋慕の情を抱いている。
但し、レセナートの方はフレイラに異性としての魅力は一切感じていない。それは昔も今も同じ。
会う度に無駄に触れようとするフレイラに、幼少期に於いてはまだ可愛いものだったために許してはいたが、しかし時を経るにつれ酷くなるそれに何時からか嫌気が差し。
幾度か止めるよう注意をしたが、聞く耳を持たない彼女は、毎回仕掛けてくる。
それを毎回躱しているものの、レセナートは辟易していた。
同盟国且つ初代国王の生家であるため深い繋がりを持つ両家。同じ皇太子という立場であるラルファとは昔から共闘関係にあるものの、フレイラの目に余る行動に距離が出来つつある。
毎回振られているにも拘らず相変わらず懲りない妹を呆れたように見ていたラルファだが、レセナートの言葉に顔を向けた。
「──それは、御結婚されるという事か?」
皇太子であるレセナートが特定の女性との交際を匂わせるような発言をするには、相手との将来を見据えていなければならない。
レセナートは笑みを浮かべて確りと頷いた。
「ええ。まだ日取りなどは決まってはいませんが、出来れば近い内にと。──まずは、来月の祝賀会に共に出席します」
「!!」
フレイラは目を見開き、次いで唇を噛み締めた。
セイマティネスで未婚の王族が、自身が二十歳を迎えた祝いの席に異性を伴うという事が何を意味するのか、同盟国の王女である彼女が知らないわけがない──フレイラ自身、今回の祝賀会でレセナートの隣を狙っていたのだから。それを狙っての、来国なのだから。
驚き
「──それは、おめでとう。……ところで、お相手はどの様な方か?」
問い掛けに、リウィアスを思い浮かべたレセナートは、今まで彼らに見せた事もないような甘く慈愛に満ちた笑みを浮かべた。それに目を見張る二人を余所に、レセナートは口を開いた。
「──とても優しく、
瞳に宿る光が、その人物への想いが本物であると二人に伝えた。
「君に其処まで言わせるとは、何とも素晴らしい方のようだな。是非ともお会いしたいものだ」
「……あの女……?」
ラルトの言葉に、フレイラの小さな声が重なる。
呟くような声を発する妹に、ラルファが視線を向けた。
「フレイラ?」
呼び掛ける兄の声など耳に届かないのか、フレイラはレセナートを見上げた。静かに、しかし詰め寄るように声を荒げる。
「あの女でしょう?……どうして?どうして、あんな野蛮な……!」
「落ち着け、フレイラ!何を言っているんだ!」
「見たもの!親しげに言葉を交わす二人を……っ」
興奮する妹を宥めようとラルファが肩を掴んだ。それにフレイラは、城門で見た光景を口にする。
「あんな……、『代理者』なんていって、女の身で剣を振り回すような野蛮な者の何処が──、っ!!」
「リウィアスを貶める事は止めて頂きましょうか」
フレイラが罵る言葉を吐いた瞬間、笑みを湛えたままのレセナートから殺気が放たれた。同時に彼らは、レセナートの想い人の名を知る事となる。
「っっ!!」
剣が使えるはずのラルファでさえ、息を呑む程の殺気。向けられたフレイラは、身を硬直させた。
──端からすれば、ただ穏やかに会話をしているようにしか見えない光景。
だがその実、レセナートの
殺気を収めないまま、レセナートは言葉を放つ。失態を犯したはフレイラだ。
「私の愛するリウィアスに剣を向ける事は、私に剣を向けるのと同じ事。そして、リウィアスに向けられる言葉も私に向けられたのと同じ。……お分かりですね?」
暗に、セイマティネス王国の皇太子である自分を貶したのだと告げると、フレイラは青褪めて微かに震え出した。
幾ら大陸一の勢力を誇る国の姫であっても、してはならない事がある。全てが許され、意思が通ると思ったら大間違いだ。
「……妹が申し訳ない。──『代理者』である彼女がお相手なのだな?」
「ええ。そうです」
ラルファの確認の言葉に肯定を示したレセナートは、フレイラを見据える。
レセナートは自分の立場、身分を利用する事は好きではない。けれど、リウィアスを護るためならば何だってする。手段など選ばない。
「私が一人の男として、生涯を
レセナートはそう言葉を残すと二人に背を向けた。
書庫を後にするその背後では、青くなって震えるフレイラを若干顔色の悪いラルファが叱責している。
──今回、ある程度人の出入りが制限されているとはいえ、人目のある書庫でレセナートの婚約者となる者を侮辱した。
それが密室であっても問題だが、フレイラの言動は外交問題になりかねない。
一方のレセナートは殺気こそ放ってはいたものの、言葉には注意を払っていた。
リウィアスを貶められた事にただただ
初めに言葉で侮辱したのはフレイラであるため、別に構わなかったのだが、それでもレセナートがそうしなかったのは少しでも事を有利に運ぶため。
リウィアスを護るため。
フレイラを放っておけばリウィアスを傷付けかねない。
それは身体ではない。心、をだ。
大陸でも一、二を争う程の剣の腕を持つリウィアスは早々簡単に身体を疵付けられる事はない。──だが、言葉で心は簡単に傷を負う。
リウィアスは寛大で優しい。
仕事や大切な者に関する事では冷たくも残酷にもなるが、リウィアス自身に関する事では驚く程に寛容だ。
きっと、フレイラに心ない言葉を浴びせられてもそれを許すだろう。だが、確実に心は傷を負う。
レセナートは身体だけでなく心も護りたかった。
もうフレイラはリウィアスの事に、口を出さないだろう。
現に、自分の行った事の重大さに気付き、最悪の事態を想像して怯え、震えている。
(──アスヴィナ王女であっても、リウィアスを傷付けるならば許しはしない)
書庫での一件は直ぐに耳に入るだろうと先にコルゼスへ報告を行ったレセナートは、ラルトを伴ってリウィアスの待つ護人の家へと向かった。
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