四・弟達の旅立ち






 もう時期冬がやって来るというその日、リウィアスの愛する弟達は、教会を巣立つ。






 ランス教会の建物の外に集まったトゥルフ達。

 彼の身体にはライラが涙を浮かべてしがみ付き、フィーネもその瞳に涙を薄っすらと浮かべている。 

「ルイス……」

 城を抜け出したリウィアスとレセナートも見送りに来ていた。

 寂しそうな表情のリウィアスに、ルイスは朗らかな笑みを向ける。

「そんな顔しないでよ。ちょっと出掛けて来るだけなんだから」

 ね?と首を傾げるルイスに、リウィアスは困ったような笑み浮かべた。

「……そう、ね」

 ちょっとと言うが、王都に帰って来るのに何年掛かるか分からない。

 アルザはこの王都にある『護人』の家に移り住み、アゼルクから剣術の指導を受ける。

 リウィアス自身もアルザの剣術の指導に当たるため会おうと思えば何時でも会えるが、しかし王都から離れて勉学に励む予定のルイスとは、そうもいかない。

 けれども、悲しい顔ではルイスも旅立ちにくいだろう。

「手紙書くから。たくさん、たくさん書くから」

「──うん。私もたくさん書くね」

 ルイスの言葉に、リウィアスは頷く。

「……ルイスはまだ教会にいても、試験には間に合うんだろう?」

 それはアルザの言葉。

 ルイスが受験するグランディスタ学校の入学試験は三ヶ月後。まだ日がある。しかし、ルイスは今日、アルザが教会を出る日に王都を出立する。

「そうだけど、雪が積もって動けなくなったら大変だろう?そんなので試験を受けられなくなったら、洒落にならないじゃないか」

 それに、とルイスはアルザを見遣った。

「俺だけ教会に残るっていうのも、何かずるいだろう?」

 ──二人は同じ時期にリウィアスに拾われ、同じ時間を教会で過ごした。

 その片割れであるアルザが、自分達を受け入れ温もりを与えてくれた沢山の思い出の詰まった教会を出るというのに、自分がまだその思い出に包まれて暮らすのは、何か気が引ける気がした。

 アルザは顔を顰める。

「……んな事言ったら、お前がリウィアスに会えないのに、俺だけ会える状況っつうのは、もっとずるくないか?」

 ルイスは笑う。

「そんな事ないよ。俺は手紙でリウィアスともっと仲を深めるから。ね?」

 少し悪戯っぽい表情。

 リウィアスは微笑んだ。──大切な弟が決めた事ならば、自分はそれを応援するだけ。

「──ええ」

 今よりも更に絆は深まる。確信を持ったその返答に、満足そうにルイスは笑った。

「……──それじゃあ、そろそろ行くよ」

「──アルザ。ルイス」

 リウィアスの腰を抱くレセナートが呼び掛ける。

 二人は視線を滑らせた。

「俺とリウィアスの進む未来に、二人は必要不可欠な存在だ。何があっても、それを忘れるな」

 激励の言葉に、二人は破顔した。

「「当然」」

 声を揃えると、アルザとルイスは顔を見合わせた。

 小さく頷き合ったと思った次の瞬間、同時に勢い良く頭を下げる。

「「──今までお世話になりました!」」

 それは旅立ちの挨拶。

「──っ、馬鹿ね。お世話なんてしていないわ」

 瞳を大きく揺らしたリウィアスが言うと、トゥルフも目頭を押さえながら頷く。

 一歩、リウィアスが前に出た。腰に添えられていたレセナートの手が離れる。

「……アルザ、ルイス」

 呼び掛けると二人は真っ直ぐにリウィアスを見返す。

 そんな彼らに、精一杯の笑みを向けた。

「沢山の幸せを与えてくれて、ありがとう。貴方達は私の誇りです」

「「っっ!!」」

 二人にとってこれ以上ない送りの言葉。

 思わずルイスは涙を流し、アルザもその瞳を潤ませた。

「──それじゃあ」

「行って来ます」

 涙を拭い、二人は皆に背を向け教会の門を潜る。

「……ライラ」

 トゥルフが未だ自身にしがみ付くライラを促す。

 すると、弾かれたように顔を上げたライラは、なみだ滂沱ぼうだとして精一杯叫んだ。

「──アルザお兄ちゃん、がんばって!ルイスお兄ちゃん、いってらっしゃい!!」

 はっとしたように振り向いたアルザとルイスの二人は、溢れんばかりの笑みで手を上げた。

「ああ!」

「──行って来ます!!」


 リウィアスは森の外までルイスを見送る事はない。

 アルザを『護人』の家まで送りはしない。

 それはルイス、アルザ自身が望んだ事。



 リウィアスも皆と共に、二人を見送った。



 ・*・*・*・*・*・



 塔の自室で、リウィアスは一通の手紙に指を這わせた。

 その表情は嬉しそうで。

 ──ふわり、とリウィアスの身体が後ろから愛しい温もりに包まれる。

「ルイスからか?」

 身体を包み込んだのはレセナート。

 背後から抱き締められながらリウィアスは頷いた。

「ええ。先日、講師の方から褒められたのだそうよ」

 ルイスは無事試験に受かり、グランディスタ学校に見事入学を果たした。

「叔父様もきっと喜んで下さっているでしょうね」

 リウィアスは目を細める。

 リウィアスの言う叔父とは、トゥルフの弟であるローレンス侯爵の事。

 トゥルフと似て穏やかな気性を持ち、領地民からの信頼も厚い彼は、王都を離れたルイスの身元引受人となり、後楯に付いてくれていた。

 それはルイスの知力と、何より兄であるトゥルフとリウィアスの頼み故に。

 いわく『敬愛する兄と、可愛い姪の頼みは断れない』らしい。

 しかもそれだけではない。

 試験までの三ヶ月間、ルイスを自身の邸に住まわせ、足りない部分を補うように学問を叩き込んでもくれていた。

「──そうか。なら、ルイスが中央に来るのも時間の問題か?」

 レセナートは頼もしそうに微笑む。

「……そうなると嬉しいわね」

 リウィアスは瞼を伏せる。

「どうした?」

 リウィアスの変化を敏感に感じ取ったレセナートが、背後から顔を覗き込む。

「……彼らの努力が実を結ぶのはとても嬉しいの。嬉しいのだけれど……、私はあの子達が笑って日々を過ごしてくれる事以外は望んでいないのに……」

 リウィアスを想って自ら険しい道を行く事を選択した二人。

 それがどうしようもない感情を生む。

『代理者』として『姉』として、彼らの選択を支持した。

 けれど、口には出さずとも、安全な場所で楽しく暮らして欲しいというのが決してなくならない一番の想い。

 レセナートはリウィアスの蟀谷に口付ける。

「その選択が、その未来が、二人にとって一番笑って過ごせる──幸せになれる道なんだろう」

「!」

 はっとしたように顔を向けるリウィアスに、レセナートは優しく笑む。

「二人は十分に分かってる。自分達が苦しめばリウィアスが悲しむって事を。アルザもルイスもリウィアスの事が大好きだからな。そんな二人が態々わざわざリウィアスを悲しませる道を行くはずがない」

 そうだろう?とのレセナートの問い掛けに、リウィアスは僅かに瞳を潤ませ頷いた。

「アルザの事は、支えてやれば良い。ルイスは、文官として中央に来るまで二人で待っていよう。──大丈夫。あの二人なら、立派に遣り遂げる」

「──うん」

 リウィアスはレセナートの肩に自分の頭を預けた。


 決して平坦ではない道を行く事が、真実彼らの幸せに繋がるのならば、自分はそれを見届けよう。

 時折手を差し伸べながら。




「……ねぇ」

「うん?」

「もし、ルイスが理不尽な虐めに遭ったら、相手に私がお灸を据えても良い?」

 幾らローレンス侯爵が後楯に付いたとはいえ、出自に関する蔑みや虐めは減りはしてもなくなりはしない。

「ふっ、……良いんじゃないか?でも、地味にな。地味に」

 他は自分自身で乗り越えなければならない事だが、それならば手を出す事も許されるだろう。

「うん。地味にね」

「あ、その時は俺も参戦するから」

「ふふっ、お願いします」


 ──これは『姉』と未来の『兄』の秘密の会話。






【弟達の旅立ち・完】

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