第二十八話・明るみ
──会場の外では静かに戦闘は起き、そうと知らぬ人々がほとんどの中、日暮れ頃から始まった祝賀会は日付が変わって数時間が経過し、漸く終了の時を迎えた。
(もう直ぐだ。もう直ぐ全てが私のものに……!)
退出間際、コルゼスは、ふと思い立ったように口を開く。
「ガイル国王、少しばかり話がある。この後時間はあるか?」
格上であるセイマティネス国王からの言葉。公の場で跳ね除ける事など、譬え胸の内がどうであれ出来るわけもない。
予定は少々狂うが、首を取るのには好都合か、とも考え、ガイルは頷く。
(──丁度良い。彼奴らも動く頃だ)
騒ぎに気を取られて隙が出来た所を狙えば、容易いだろう、と。
「ええ」
「では、皇太子達に案内させよう。──レセナート、リウィアス」
コルゼスの視線を受けて、二人は頭を下げる。
「承知しました」
それに一つ頷いたコルゼスはフィローラを伴って、先に退出する。
「扉の外でお待ちしております」
次いで退出する際、リウィアスは穏やかに笑んで告げ、レセナートと腕を絡めて会場を後にした。
暫くして出てきた二人。リウィアスはにこやかに迎えた。その背後にはルーカスとラルトが立つ。
「では、参りましょうか」
レセナートの言葉を合図に、コルゼスの待つ部屋へと向かって足を踏み出した。
先頭に腕を組んだレセナートとリウィアス。それぞれの傍らにラルトとルーカスが付き従うように進み、その後ろにギセドを挟んでガイルが続く。
彼らの背後にはロバリアの騎士十数人程が列をなした。
先を行く二人が言葉を交わしながら微笑み合うのを眺めながら回廊を暫く進んでいると、ギセドはある事に気付き、視線を周囲に巡らせる。
人払がされたように、何時の間にか人気がなくなっている。
他国の人間がいないのはまだ分かるが、すれ違って然るべきセイマティネスの侍女や騎士の姿さえもない。
──明らかに可笑しい。
だが、国にとって掛け替えのない皇太子とその婚約者が目の前にいる。
二人には護衛がそれぞれ一人ずつ付いてはいるが、この人数は自分達の企みに気付いているのならばあり得ない事。
(……まさか、な)
セイマティネス国王夫妻に子は皇太子ただ一人。
婚約者ならばまだ替えがきくが、失うわけにはいかない皇太子を囮に使うはずがない。
頭を過ぎった考えを隅に追いやったギセドの視界に、四人の騎士の姿が入った。
彼らの背後には扉があり、そこが目指す場所だと知れる。
「──皇太子殿下、妃殿下。ロバリア国王陛下がお着きになられました」
頭を垂れた騎士が室内に声を掛け、扉を開く。
リウィアスはその騎士に笑みを返し、レセナートと共に室内に足を踏み入れた。
その後に、ガイルとギセドは続く。
「皆様はこちらで待機を」
ロバリアの騎士らはそこで足止めを食らう。
ギセドがいればどうとでもなると判断したのだろう。
ガイルは自国の騎士らに頷き、待機を命じた。
背後で扉が閉じられる音を聞きながら足を踏み入れた室内には、コルゼスだけでなくアスヴィナ国王ウェルデンと皇太子ラルファの姿もある。
彼らから向けられる気は敵に対するそれ。
(……チッ。気付かれていたか)
先程頭を過ぎった考えは間違いではなかったのだと、ギセドは内心舌打ちした。今更、外の仲間に連絡などは出来ない。
だが、ここにいる騎士は全員自分よりも格下。一度に相手をしたとて勝てると判断し、何時でも戦闘が出来るよう、意識を切り替えた。
レセナートとリウィアスは部屋に置かれた一人用の椅子にそれぞれ腰を下ろしているコルゼスらの傍に寄り、けれど二人は座る事なく立ったままガイルとギセドを見据える。
それにラルトとルーカスも付き従った。
扉は外側から確りと施錠され、そうそう簡単に開く事はない。
「……さて」
コルゼスがゆっくりと口を開いた。
「──ロバリア国王ガイル・フェルロンド。そなたがそこにいるギセド・サウードを始めとする剣客や賊を雇い、我らの首を狙っている事は既に掴んでいる。その事に関して何か言う事があるならば申してみよ」
その言葉に、ガイルはぴくりと反応を示した。
それでも大して表情を変えなかったのは、最大の盾であるギセドがいるという安心感から。
「何を仰るか。そのような事、心当たりはない」
企てを知られていると分かっても尚、白を切るのは時間を稼ぐため。
もう時期、息の掛かった者達が動くはず。それらが捕らえられたとの報告はない。
たとえ城内に潜ませた者らが捕らえられたとしても、そろそろ『死の森』へ侵入した奴らが王都へ着く時刻。
多少減っていたとて、あれだけ数がいたのだ。幾ら獰猛な獣の住処である『死の森』を通る事になるとはいえ、数百は辿り着けるはず。
そうして王都内に入った者らが一斉に住人に襲い掛かれば、コルゼスらは自分達を拘束するどころの話ではなくなる。
人員を割けばコルゼスらの護衛の数も制限される事となり、そうなれば企てが成功する事も、己の身の安全も保証されたも同然で。
それまでの時間を、とガイルはコルゼスらに向き合った。
そんな考えなど見透かしたようにコルゼスは、ふ、と笑む。
部屋の出入り口とは別の扉の前に立つ騎士に、視線を滑らせ、何かを合図するように小さく頷くと、騎士は己の背後の扉を開けた。
中から二人の騎士が姿を現す。
「!!」
ガイルは、はっとしたように目を見開いた。
現れた二人の騎士はある男を連れていた。
顔が腫れ、身体の至る所を負傷しているその者は縄で拘束され、
コルゼスから視線で命じられ、男の猿轡が解かれた。
男は部屋の中にガイルを見つけると、口を開く。
「っ、ガイル国王!」
呼ばれて、まずいという顔をしたガイルは急いで言葉を発する。
「そのような下賎な者に気安く呼ばれるのは不愉快だ。早々に口を閉ざさせ……」
「あんたが言った事と全く違うじゃねぇか!」
だが、ガイルの言葉に被せるように男は叫ぶ。
「何が『事は簡単に運ぶ』だ。何が『森に囲まれて油断しきった奴ら』なんだよ!城に入った仲間はみんな捕まった。もう終わりだ!ふざけんじゃねぇっ。こんなに危険だと知っていたらお前の話なんかに乗らなかったのに、どうしてくれんだよ!!」
激昂する男に、ガイルは舌打ちした。
「もう良い。黙らせろ」
コルゼスの言葉に、男は再び猿轡を噛まされ、奥の部屋へと戻された。
静けさの戻った室内に、コルゼスの声が響く。
「あの者が申した通り、城内に潜んでいたそなたの息の掛かった者は既に捕らえてある。残念だったな?」
「……」
嘲笑を含んだ言葉を聞きにながら、ガイルは内心ほくそ笑む。
確かに城内にいた者らが捕まったのは痛手だが、しかし本命は外から来る者ら。
その者らさえ着けば──、と考えていたガイルの思考を遮るようにコルゼスが再び声を発した。
「──ああ言い忘れていたが、そなたが『死の森』へと向かわせた団体は壊滅したぞ」
「……は?……そんなはずがない。二千近い奴らが壊滅などと……、っ!」
唖然として余計な事を口走ってしまったガイルは、はっと口を噤んだ。
くっ、と笑ったコルゼスとウェルデン。──自滅だ。
「……いいや。事実だ。──そうだろう?リウィアス」
しかしそれを指摘せず、コルゼスはリウィアスへと視線を向けた。
「「?」」
なぜここでリウィアスに訊くのか、とガイルとギセドが疑問に感じる中、リウィアスは穏やかな表情のまま頷いた。
「はい。日付が変わる頃には、既に」
それはまだ皆が会場にいた時刻。
リウィアスがトゥルフらの許から戻って
瑠璃色の鳥ルディと同じく隠密行動を得意とするその鳥は、上空での旋回の方向や角度、回数を変える事でそれを報告し。
「敵は殲滅。こちら側に死者は出ておりません」
はっきりとした口調でリウィアスは告げる。
ここまできっぱりと言い切ったリウィアスに疑問が膨れ上がる二人だが、しかし、彼女の言葉が事実であれば大問題だと、苦く顔を歪ませた。
まだガイルはギセドという最大で最強の剣であり盾の存在に、己の野望を遂げる事を諦めてはいないようだが、ギセドは違う。
自分達の企みが知られているのならば、先程扉の前で別れたロバリアの騎士団は全て拘束されていると見るのが筋だろう。
ガイルが目的を遂げるためには、森を抜けて来るはずだった者達が絶対的に必要だった。
譬えコルゼスらを討てたとしても、その後で押さえ込まれたら何の意味もなさないからだ。
だからそれが出来ないように国賓を人質に取り、民を人質に取るためにどうしても手勢は必要で。
それが無くなったと分かった今、いくらギセドと言えど、ただ一人でガイルを護りながらここから逃げ切るのはほぼ不可能に近い。
けれど自分だけならば、どうにかなる自信があった。
ならば、ギセドの取る道は一つ。
──ガイルを捨て、自分一人で切り抜ける。
ギセドは瞬時に判断した。
「理解出来たならば、大人しく縛に就くが良い」
コルゼスが告げるのとほぼ同時にギセドは剣を抜き、その流れのまま自身の斜め前に立つ足枷となるガイルを斬り捨てようとした。
が。
「っっ!?」
一瞬で己に向けられた強烈な殺気に、ガイルの身体擦れ擦れで剣を止めた。
僅かでも動けば殺されるのではないか、と思える程の殺気。
それが放出される方へと視線を向けたギセドは、瞠目する。
「──その方は、陛下が処罰されます。勝手な真似はなさらないで下さい」
未だ微笑みを湛える、リウィアスだった。
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