悔悟の告白 4



「サハヤ、なんとかならないのか。真名なら聞いていただろう」


 差し向けた月魄が、一匹、また一匹と浄化されていくたび、トウゴの心中は穏やかさを損なっていくようだった。

 だが、トウゴの隣に立つサハヤは違った。サユとファイス、ふたりの奮闘ぶりを眺め、普段と変わらない態度で応える。


「真名を知っていたとして、私が彼を従えるのは不可能ですよ。精霊と同じです。私の手に負える相手ではありません。それに彼はもう、主と認める者に真名を預けてしまっています」

「……主。サユか! ならばまずはサユを抑え、奴を大人しくさせればいい」


 初めこそ余裕の窺えたトウゴだったが、好転しない戦況に業を煮やしはじめたらしい。


 魄魔が月魄を連れ、無謀にも攻め入ってきたなどと誤魔化し、場をやり過ごす算段でも立てていたのだろう。だが、この騒ぎが公になるのも時間の問題。碧天にいる者が駆けつけてくるまえに事を収めなければ言い開きもできなくなる。

 サハヤはそれを承知していながら、あえて策を練ろうとしなかった。


「どうした、サハヤ。なぜ動かん」


 焦れたトウゴがサハヤを急かす。けれど命じられるままに行動する意思など、いまのサハヤにはわずかも残っていなかった。

 証拠に、サハヤの口からは反論の言葉が零れ落ちる。


「叔父上は、私たち兄妹から父母を奪ったうえに、私に妹まで捨て去れと仰るのですね」

「お前はなにを言っているのだ。兄とセンリは死の制裁を受けるに相当する罪を犯していた。聖家への裏切りを企て、そればかりか魄魔の子を庇護していたのだぞ。そしてサユはいま、その問題の魄魔と行動をともにし、手を貸すような真似をしている」

「それが罪だと、ゆえにサユにも制裁をと、叔父上はそう考えておいでなのですか?」

「裏切りは容認しがたい。だが、命まで奪う必要はない。サユには別の形で償ってもらう。無傷で——、いや。最悪、子さえ産める体で戻ってくれば文句はない」


 トウゴの言いぶんを聞き、サハヤの双眸に常にある理知的な色が揺らいだ。


「……そろそろ、終わりにしませんか。私は間違っていました。もっと早くに決断すべきだったのです」


 抑えた声音でそう告げながら、サハヤはトウゴへと向き直る。その手には、わずかな月光を受け鈍色に光る、抜き身の長剣が握られていた。


「私に剣を向けるというのか」


 厳しく問われ、サハヤはトウゴの顔に父を重ねる。容姿が似ているという理由からではない。父と等しく、トウゴの目にも貫き通してきた信念が宿っていたからだ。


 だが、それはサハヤも同じ。


「これ以上、聖家の名を汚す行為は、聖家当主として看過できません」

「忌々しい目をしている。お前の父親そっくりだ。おおかた理由も同じで、魄魔どもを操り、事件を起こさせていたことを責めたいのだろう。だが、荷担していたお前が、いまさらそれを問題視し非難するというのか」

「それが、まがりなりにも聖家当主の座を継いだ者の責務であり、残された道だと考えます」


 サハヤはいま、父の遺志を果たそうとしていた。


 トウゴがこれまでに仕組んだ事件はオウトウの一件だけではない。それこそが父、先代聖家当主であったイスズが糾弾しようとしていた罪。だが、それを罪とは認識していないトウゴは一歩も退かず、サハヤが構えた剣のまえに身を晒す。


「使族という組織を運営していくには莫大な金がかかる。なのに閉道の業も知らぬ人間ごときが、月魄狩りを生業とし仕事を横取りする。おかげで使族への依頼は減るいっぽうだ。なおかつ、近ごろでは不都合に面したさいにしか依頼を寄越さず、普段から協力の姿勢を見せる国は少数に限られているではないか」


 現状を憂えるトウゴの訴えに偽りはない。ゆえにトウゴの言葉には他者を説き伏せる力があるのだとサハヤは思う。けれどそれはとうの昔、八年前に起きた惨劇の直後には、すでにサハヤに対し効力を失っていた。


 しかし己を信じて疑わないトウゴはまだ、説得すればサハヤが従うと考えているのかもしれない。確信を持った口調で言い放つ。


「それはいま、当主となったお前が誰よりも切実に感じているはずだ。その打開策を、お前は否定するというのか。人間どもに魄魔の危険性をあらためて知らしめ、同時に使族の権威を取り戻す有効な手立てでもあるというのに」

「ええ、否定します。これまでも、そしてこれからも、叔父上の考えに賛同することはありません。護る立場にある使族が、人間に害を為すような行いをしていいはずがない。報酬を得るという目的など論外です」


 本当に価値のない理由だと、痛切に感じる。

 このような愚行を隠すために、父と母は命を絶たれたのかと考えるだけで、サハヤの心には憎しみが鬱積うっせきする。


「使族が必要とされなくなるのは使族の悲願であり、歓迎するところでしょう。それが私たちの天命というもの。なにより、サユがこの大罪に巻き込まれるところなど見たくないのです。それに父の教えを守り生きてきたサユが、私たちを赦すはずがない……」


 心痛から、サハヤは語尾を弱くする。そんなサハヤにトウゴが見せたのは、いつも貼りつけている穏和な笑みだった。


「だから真実を知ったサユが苦しみ、ましてや裏切りを企てぬよう、自我を奪う封石をつけさせたのだ。意のままに扱うには厄介な、使精との繋がりも同時に断ち切ってやったがな」

「まさか……冗談を聞かされているのではありませんよね?」


 自分のあずかり知らぬところで行われた仕打ちに、サハヤは愕然とする。


「サユはあなたを慕っていたのですよ。そこまでする必要はなかったはずです!」

「お前とトウネが、いつまで経っても子を成さぬからだ」


 傲慢に言い捨てたトウゴからは、底のない執念を感じた。





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