確信の萌芽 1
リシュウよりさらに南へ下った緑聖山の裾野に、ランカース公領の首都オウトウはある。
都全体が城壁に囲まれたオウトウは、
そして、オウトウのように主要な都には使族直轄の聖堂が建てられている場合が多い。天道石もおおむねそこに併設されている。石といっても、ひとつの小部屋自体が封石として機能していて、見た目には、武骨に組まれた花崗岩の石室といった感じだったが。
その天道石を使い、サユはコウキとともにオウトウまで来ていた。
ちょうど、天道石から聖堂へと繋がる広い通路に出たときだった。サユはコウキから意味深な視線を向けられる。
「サユは、ミトと会うの、久しぶりでしょ?」
ミトを話題にするとき、コウキはいつも不機嫌な顔になる。それに慣れてしまっていたサユは、気にせず会話を続ける。
「二ヶ月ぶりくらいだと思うわ。ミトも仕事ばかりで、碧天にとどまる期間が短いから」
「会えるの、やっぱり嬉しい?」
「嬉しいわ。組んで仕事をするにしても、ミトなら頼もしいもの」
サユが笑みを見せると、コウキはつまらなそうに目を伏せた。
「だよね……。嬉しい、よね……」
「なんだ、コウキ。お前はちっとも嬉しそうじゃないな」
不意に割り込んだのは、落ち着いた男の声だった。
聞き覚えのある声に誘われ、サユは進行方向へと視線を戻す。そのさき、
「ふたりとも、元気そうだな」
涼やかな笑顔でそう言ったのは、話題にしていたミト本人だった。
*****
城壁内の北辺にある聖堂から、サユはミトとコウキ、三人揃って桜桃城へと徒歩で移動を始めた、はずだったのだが。
料理の旨い店を知っているとミトが言い出し、時間に余裕もあったので、早めの昼食をとるため寄り道をしていた。
多くの見物人が訪れる栄花祭を明日に控えてか。十席ほど円卓が並ぶ店内はすでに満席だった。そのような状況下、かろうじて待たずに陣取った一席。
「聞いたよ。サハヤさんも酷なことをする」
落ち着きと清涼感のある外見とは違い、ミトは憤慨の色を目に浮かべていた。
「リシュウの件なら、私が請けて然るべき仕事だったの。それに兄さまは、過去と向き合う機会を私にくれたのだと思うわ」
サユがサハヤを弁護したところ。ちょうど運ばれてきた料理が卓上に並び終わるのを待ち、ミトは笑みを見せた。
「頑張ったな、サユ」
ミトの手が優しく頭を撫でた、かと思えば。
「ちょっ、やめてってば——。ミトっ!」
髪を掻き回され、サユは周囲を気にしながらも非難の声を上げた。
そこに、白けた表情のコウキが口を挟む。
「相変わらず、仲がいいんだね」
不満たっぷりの台詞を聞かされながらも、間違いなくミトは面白がる表情をしていた。
「噛みつくなよ。お前からサユを取り上げた過去を、まだ根に持ってるのか?」
「持ちまくりだよ。悪い? あげくサユを捨てたくせに」
その言葉に、今度はサユの手も止まっていた。
なぜ、そのような話になっているのか。身に覚えがないのだが。ミトの話をするときの不機嫌な態度には、ようやく合点がいく。よくよく思い返してみれば、ここ一年その傾向は強まっていた。
改まって報告するような内容でもないし、なにより気恥ずかしさも手伝い、詳しい話をしなかったためだろう。コウキに誤解を与えてしまったらしい。
本気で怒っている様子のコウキには申し訳なく思いもするが。サユがあえて語らなかった話を、ミトがあっさり告白してしまう。
「聞いてないのか? 捨てられたのは俺のほうだ。結婚を申し込んで、断られたんだよ」
「それ、初耳」
呟いたコウキは扁豆を口一杯に頬張ると、満足げに噛み締め呑み込んだ。
コウキが見せた表情の反転っぷりに、サユはほっと息をつく。
こんなに一瞬で機嫌が直るのなら、もっと早く伝えればよかった。そう思いつつ。つぎにコウキがチーズ入りの麦粥に手を伸ばすところまでを眺めたあと、サユはミトへと視線を移した。
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