ヤンデレ拳闘記~お前に愛(殺)される訳にはいかない!~

@KEI_KARAI24

第1話

「拳ちゃんおはよう。今日もカッコいいのね。大好きよ。死んで!」


 旋刃一吹。

 俺の頭の横を刃が通り抜ける。


「あん、避けちゃ駄目よぉ♪」

「避けるだろ普通」


 とろり、と糖蜜を煮詰めたような声が、早朝のさわやかな空気中に溶け出した。

 俺はその甘さに顔をしかめながら、間髪入れずに繰り出される刃風を避ける、避ける、避ける。

 振るわれているのは薙刀という奴で、その長さ実に五尺と半分。

 つまり下手な中学生よりはロングな凶器だ。無論、その先に付いている刃は本物である。

 目の前でそんな凶器を振るうのは、花紫色のロングヘアに藤の花の髪留めをした少女だ。


「お前も飽きねえな毎朝毎朝」

「うふふふふふふふふふ♡」


 少女は名を『藤村ふじむら 桜月さつき』と言う。

 トロンとした顔立ちをした、なんとも柔和な大和撫子。

 見る人が見れば、単なるJカップ相当のバストの大きいおっとり系美少女だと言うだろう。

 俺からすれば、単なるJカップ相当のバストが大きくヒップサイズもそれなりのむっちり系サイコパスだ。

 こいつがとんだ人格破綻者である証――ぶんぶんと振るうこの薙刀『菱丸』さえなければ、優良物件である事には違いあるまい。


「私が拳ちゃんに飽きるわけないじゃなぁい♪」


 しかし現実は悲しいかな、桜月は俺にとってはもうリカバリーの効かない事故物件である。

 ブレザータイプの制服も、その下で凶悪に存在感を誇示する胸も、舞うように乱れる髪も、俺にとっては面倒事そのものだ。

 俺は都合一八回の薙刀攻撃を躱した後、地面を蹴って桜月と距離を置く。


「あぁん、逃げちゃ駄目ぇ。痛くしないからぁ♡」


 刃風を纏いながら、笑顔のまま桜月が俺に迫る。

 このままでは一秒もしないまま距離は縮められ、俺は切り刻まれるだろう。

 だが、そんな事は絶対にあり得ない。

 俺はスゥ、と拳を開き、腰を落とす。


「やらせないわぁ!」


 桜月による薙刀の圧倒的なリーチを活かした突きが繰り出された。

 空間を引き裂いて、一秒にも満たないほどの速さで俺の胸に刃が迫る。

 しかし、一秒未満程度の速さが如何程のものか。


「あっ」


 俺は突きを最小限の動きで掻い潜る。

 獲物を喰らい損ねた得物が虚しく宙を切った。

 桜月の顔が、そこで今日始めて焦ったものになる。


「五ツ星拳法"北式"――」


 両手首を合わせ、花のような形を取った俺の手――それを見たからだ。


「"白咬"!!」

「あ――!」


 五ツ星流拳法"北式白咬"。

 白き虎の牙に例えられる十の指が、桜月の腹に喰らいついた――



□ □ □



「どうして暗殺とれないのかしらぁ……」

「殺気が丸見えなんだ、殺気が」

「"さつき"だけに?」

「……もう一回殴られてぇのか」

「やぁん♪ 家庭内暴力宣言だなんて酷い旦那様なんだから♪ でも私受け入れるわ♪ なんだってシてあげる♪」

「話を、聞け」

「いたたたたた! ほっぺつねっちゃやぁ!」

「大体な、そんな香水付けてて暗殺なんて無理があるだろうが」

「そんな……私の匂い、覚えててくれるのね……嬉しい……やっぱり殺すしかないわ……」

「……」

「ひぅ! 耳引っ張っちゃらめぇ!」


 俺の名前は『藤ヶ崎ふじがさき 拳司けんじ』という。

 先祖が開発し、一子相伝として伝えられてきた『五ツ星流拳法』当代の伝承者だ。

 ちなみに年齢は十七歳。まだ高校二年生である。その若さで一子相伝の拳法の全てを叩きこまれて、周囲からは『天才』などと持て囃されている。

 桜月とは幼なじみ、こいつもこいつで『四式活殺術』という武術を納めている。

 俺と桜月の親同士は武芸家同士の間柄で仲が良い。

 仲が良いので、勝手に俺と桜月は連中の間で『許嫁』という奴にされてしまっている。

 ……それを本気にしたのが。


「そういえば、この前クラスの女の子と喋ってたのを見たわ……アレは何だったのかしらぁ?」

「落とした消しゴム渡しただけだ」

「あら? そうなの? 優しいのね、好きっ!」

「……」


 この笑顔で俺に薙刀を向けてくる花紫色の馬鹿乳娘、というわけだ。

 まぁ、そこまでは良い。

 見目麗しくおっぱいデカめの女子に本気で好かれるのを、悪いと思うわけではない。

 ただ――


「でも拳ちゃんは私の旦那様なんだから。他の娘に浮気しちゃやぁよぉ」

「殺しにかかってくる嫁は取らん……」

「大丈夫よ、拳ちゃんを殺したら私もすぐ後を追うから♡ 一緒のお墓に入りましょ♡」

「一人で死ね、一人で」


 愛情表現が何かおかしいのが問題なだけである。

 そしてその問題はかなり深刻だ。唯一にして最大。死活問題と言っていい。

 こいつの中の方程式は『殺(Kill)=(of)愛(Love)』だ。

 暗殺術である四式活殺術の教えがこいつを歪めてしまったのか、それとも頭のネジを母親の腹の中に置き忘れてきたのか、頭の栄養が胸にいった結果なのか、それとも組手の時に俺が良いのを一発頭に入れてしまったからか……。

 色々理由は考えられるが、ともかくこいつは俺を殺すことで愛を成そうとしているのだ。

 そんなんだから、堪ったものではない。

 毎朝毎朝襲撃を受け、付きまとわれ、命を狙われている。

 幸い今のところ桜月は俺より弱い。おかげで今の所殺されること無くここまで来ているが……。


「拳ちゃん、大好きよっ!」

「そういう事は薙刀しまってから言えっ」


 愛の言葉とともに水平に薙げらる刃を俺はブリッジで回避する。

 日に日に鋭さを増すこいつの刃(愛)に、いつ俺が追いつけなくなるのか――

 それだけが、今の所の不安要素だった。


「それじゃ、お昼に会いに行くから、浮気しちゃ駄目よぉ」

「さっさと行け……」


 幸いにして、俺と桜月のクラスは別々だ。

 それに少なくとも学校の中で長ものを振り回しはしない程度の分別が桜月にはある。

 無かったら腕の一本でも折ってから警察に突き出す。

 ……ちなみに、学校の間、あの薙刀菱丸はどうしているのかというと、桜月の鞄の中に入っている。

 菱丸は折りたたみが可能なのだ。

 柄の部分がぽきんぽきんと折れ曲がり、専用の鞘を付ければパット見では携帯用のポーチにしか見えないようにカモフラージュが可能だ。

 その携帯性の為に、俺は毎朝の襲撃を受けているわけだ。

 作った奴には感嘆の声と同時に反吐を吐きかけたい気分だ。


「あ、桃子ちゃぁん、おはよ~」

「桜月ちゃん、おはよ。また拳司くんと一緒?」

「勿論よぉ、夫婦ですものぉ♪」

「あいつ……」


 だが、まぁ、桜月に常識が残っているだけまだマシだろうか。

 学校内では余程のことがない限りは襲ってこないし、友人関係も友好のようである。

 サイコパスほど日常生活は一見平穏無事に見えるとか聞くが、なるほど正解だ。

 おかげで学校生活はまだ平穏に送れている。

 そんな危機と呑気な繰り返しの日々に慣れている俺も、多分頭のネジが一本ぐらいは外れているのかもしれないが……。


「そういえばさ、また見つかったそうじゃない。首なし死体!」

「ニュースでやってたわぁ……怖いわねぇ」

「被害者の女の人、ストーカーの被害届も出してたらしいじゃん」

「そのストーカーに殺されちゃったのかしら……怖いわねぇ……」


 ――その怖い事を、まさにお前がついさっきやりかけたんだがな。


「はぁ」


 俺は突っ込む気すら失せきって、遠ざかっていく桜月の声に溜息をつくのだった。

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