第8話 ドS社長に説教されるマスクマン!の巻

そして1週間が過ぎた頃、

マリエさんが歓迎会代わりに飲みに誘ってくれた。

それは荻窪の小さな居酒屋だった。

「ありがとうね、頑張ってくれてるみたいね」

焼酎の水割りを渡しながら言ってくれた。

「いや、こちらこそ。

 拾ってもらって感謝してます」

僕は立ち上がった頭を下げた。



「なんか言われた通りの音源とか作るの

 面白くないでしょ。

 自分の音楽性にこだわってたもんね。

 だけどバンド時代から

 スタジオでの練習を聞きながら

 君のセンスっていいなって思ってたの」

そう言いながら髪をかき上げた。



元モデルだけあって、その仕草が様になる。

それに透き通った肌と、引き締まった体型。

とても42歳には見えなかった。

「結局さ、バンドは売れなかったけど

 これからはCM音楽で頑張ればいいじゃない。

 ラジオのジングルだって奥深いわよ。

 そう言えば他のメンバーはどうしてるの」

僕は、みんなが再就職に苦戦していることを話した。

やはり29歳、元ミュージシャンには世間の風は冷たく

だからこそ、雇ってくれたことに感謝してることなど。



「やっぱ一回メジャーでやってると

 それなりのプライドだってあるしね。

 まぁ、そんなプライドが邪魔して

 君たちのバンドは売れなかったわけだけどね」

酒癖が悪いとは聞いていたが、

酔いが回るほどに、マリエさんの毒舌はさえていった。



「プロのミュージシャンは

 お金稼いでなんぼでしょ。

 だからプロって言うんだから。

 あんたら売れる曲なんて、いつだって書けるとか

 言いながら、結局クビになってんだから。

 格好つけてたもんねライブでも、

 MCなんてしないで、淡々と演奏してさ」

言われたくないことをズケズケと指摘する。

僕はうつむいたまま焼酎をあおった。



マリエさんの毒舌は、さらに加速度を増した。

歓迎会じゃねーのかよって思いながら

仕事を失いたくない一心で、その言葉に耐えた。

「何より楽しそうに演奏してなかったもんね。

 CDを再生するように、自分の世界に篭ってさ。

 だからお客さんだって楽しめないわけよ」

いつの間にかテキーラのボトルが目の前にあった。



「あんたら早く気づくべきだったのよ。

 なのに誰の意見にも耳を貸さなかったもんね。

 そうそう見てよ、このバンド。

 今話題になってんだけど、めっちゃ楽しそうじゃん。

 あんたらも少しは見習って欲しかったわ。

 もう今さら手遅れだけど」

そう言うと、スマホを取り出し動画を見せた。

再生前の画面には

マスクを被った4人組と

スカーフで顔を隠した女性の姿があった。




「画質は悪いけど、これ凄いんだから。

 先週ネットにアップされて、もう1億アクセス。

 顔は分かりにくいんだけど

 歌ってるの、あのミシェル・マリアーノって噂よ」

僕は思わずテキーラを噴き出しそうになった。



「それに、このマスクマンのバンド

 なんか最初、日本語で歌ってるのよ。

 ほら聞いてみて」

そう言うと再生ボタンを押した。

そこには泥酔しながら叫ぶ鉄平の姿があった。

客の歓声に掻き消されながらも、

日本語の歌詞が少し聞こえる。



「最初はグダグダなんだけど、

 この女性がボーカルの中心になってから凄いの。

 ベースはグルーヴしてるし、ギターは歌ってる。

 演奏もそうだけど、めっちゃ楽しそうでしょ」

そこには飛びながらリズムを刻む僕の姿があった。

「そうよ、客の頭に隠れて見えないけど

 この声は確かにミシェルよ。

 海外の音楽サイトでは、あの伝説の歌姫の

 再始動だって大騒ぎになってるんだから。

 このマスクバンドも

 世界中のレコード会社が探してるって話よ。

 見たことなかった、この動画?」



メキシコから帰って来て2週間、

就職探しや新しい仕事の勉強、

何よりバンドへの未練を断ち切るために

音楽からは距離を置いていた。



僕は背筋を正して、マリエさんの目を見つめた。

「もし、このバンドと契約出来るなら

 音楽レーベルとか立ち上げたりしますか?」

その言葉にマリエさんは爆笑した。

「あったり前じゃない。

 あのミシェルと渡り合ったバンドよ。

 それに世界中の音楽ファンが注目してるんだから。

 絶対に売れるの間違いなしよ、

 なんだったら会社だって立ち上げるわよ」

マリエさんはテキーラを飲み干しながら言った。



「その言葉に二言はないっすよね。

 契約してくれるんすよね」

テーブルを叩くと立ち上がった。

「するに決まってんじゃない。

 なに急に興奮してんのよ。

 だったら今すぐ連れて来なさいよ」



僕はスマホを取り出すと、あのライブの帰り

夜明けを告げるメキシコの朝日をバックに

マスク姿で撮り合った写真を見せた。

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